第7話 リュードン男爵(1)
あれよあれよという間に、僕はアルメイヤ嬢ともども領主の館へ連行された。
同行を求める形をとってはいたが、有無を言わせぬ態度で迫り、押し込むように迎えにこさせた馬車へ乗せたのだから、そう表現してもいいだろう。
普通の領主は威厳を見せつけるためにわざと格下の相手を待たせたりするが、アルメイヤ嬢の言ったとおり、リュードン男爵は実力重視なのかすぐに姿を現した。
兜は脱いでいるが、淡く青色に光るプレートアーマーやガントレット、グリーブなどを装備している。先ほどまで魔狼との戦闘があったためだろう。
「アルメイヤ殿、このたびの活躍まことに感服いたしましたぞ」
精悍な顔付きの二十代後半の男性。短髪でニッと笑えば、出入口付近に立ち並ぶ侍女たちがイケメンぶりに息を呑んだ。
「いえ、すべては隣にいるロイド殿の短剣のおかげです」
淡々と答えているのと男爵の気の遣い方を見れば、アルメイヤ嬢の生家は結構な位の貴族だったのではないか。
発言の許可も得ずに平民の僕が口を挟むのは失礼なので、アルメイヤ嬢の斜め後ろで片膝をついて恐縮し続ける。
もの凄く居心地が悪い。
「どこかで見た顔のような気もするが……そこの平民、名を名乗るといい」
「はっ。私はロイドと申します」
顔を上げると、男爵様がジッとこちらを見ていた。歴戦の勇士というか、戦いに生きる者的な、アルメイヤ嬢とは違った迫力に動悸がしてくる。
「その名は聞き覚えがある。確かクレベール家の次期……いや、そういえば廃嫡されたのだったな。理由は呪いしか付与できぬとあったが?」
男爵様の視線が鋭くなる。周囲を欺いたのかと疑っている。
それにしても、やはり動きが早い。昨日の今日でもう話が通ってるのか。
「その通りでございます」
「だが、アルメイヤ嬢は貴様の短剣が魔狼の群れを単独で討伐する要因になったと言っている。どういうことか説明してくれぬか?」
怖くておしっこちびりそうなんだけど。
「男爵閣下。そのように追い詰めては、ロイド殿も臆してしまいます。ましてや事情が事情、素直に話せぬこともありましょう」
アルメイヤ嬢が、実にありがたい擁護をしてくれた。
「そうか。だが私はこの地の領主として真偽を見定めねばならぬ。有用な者をでたらめな理由で追放したとなれば、クレベール家についても考える必要がある」
なるほど。僕と家の両方を疑ってるのか。
って、よく見れば侍女たちに混ざって父とベッケさんの姿もあるぞ。
最初から僕がどこの誰だかわかってたんじゃないか。なんというかこういうやりとり、実に貴族っぽい。
「いいえ、男爵様。僕は確かに呪われた武具しか作れません。これは道端に落ちていたものを拾い、魔狼の襲撃を受けて慌てて付与した際にできた偶然の産物でございます」
そういうことにしておこう。
アルメイヤ嬢の言ったとおり、呪いではなく恩寵品を量産可能な能力だとしたら、とんでもない騒動になりかねない。
そういえば、僕自身の鑑定結果にも呪われ子と誤解を受けたとあったような。
「ならば、まずは件の短剣を見せてもらおうか」
謁見へ望むにあたって武器は没収されている。
その中にあった短剣を、執事と思わしき服装の老齢の男性が、白い布が敷かれた台に乗せて恭しく差しだした。
「鑑定の結果は?」
「はい。確かに魔狼殺しの短剣と銘がありました。しかしながら、称号を得るというのはどこにも見当たらないと」
男爵様と執事が、僕をぎろりと睨んだ。
「嘘偽りの類ではありません。実際に私は戦場にて、その効果をこの身で体験しております。家を出された身なので、信用していただけないかもしれませんが」
またしてもアルメイヤ嬢の援護が飛んだ。
それを受けて、男爵様が短剣を手に取る。
「私を鑑定してみろ」
執事の後ろに控えていた、こちらも老齢の男性が男爵様を見据え、鑑定魔法の詠唱を行う。
緑色のローブ姿ともさもさの白いひげ姿は、どちらかといえば魔法使いという感じだが。
「なんと……!」
その魔法使いみたいな鑑定士が、あ然とする。
執務室が喧騒に包まれ、何故かアルメイヤ嬢が得意げに胸を張った。
「確かに、男爵様に魔狼殺しの称号が付与されております」
「ほう……つまりロイドは真実を告げていたということか」
貴様呼ばわりから名前呼びに変わったぞ。どうやら僕への評価が多少なりとも改善したみたいだ。
一方で父……というか元父の顔色がずんずん悪くなっていく。
「急場での偶然によるものかもしれぬが、特定の魔物に対する強力な武器は切り札になりうる。しかも我が領は魔狼の被害も少なくない」
ここで男爵様の表情が柔らかくなり、アルメイヤ嬢へのと同じような優しげな視線を向けてきた。
「少し前に亡くなった父が、そなたを優秀な資質の持ち主だと褒めていたのを思いだした。クレベール家の先代もかなりの期待をかけていたな」
「はっ。先代の男爵様には恐れ多くも激励の言葉をいただき、祖父には付与の技術を一から教えてもらいました」
「うむ。当時の謁見は覚えている。同行したそなたの父が、やたらと自慢げだったのでな。その神童が追放と聞いて、どうしたことかと思っていたのだ」
男爵様がここで、置物になりかけていた父を一瞥。
「よもや我が子の資質を読み違え、追放に至ったのではあるまいな」
一緒に連れてこられたらしいベッケさんも、元父の横で胃が痛そうにしている。
「そんなことはありません! 確かに息子は呪いが付与された武具しか作れませんでした!」
「貴様の報告書は読んだ。それならばと私も廃嫡を認めたが、そのせいで有能な者を取り逃がしたとなれば、責任は軽くないぞ」
貴族特有の迫力に、元父が悲鳴を上げた。
こんなに情けない姿を見るのは、生まれて初めてだった。
「それに呪いしか付与できぬわりに、ロイドは自分で付与を施したと思われるネックレスをしているではないか」
男爵様が着の身着のままで追放したはずだとも付け加える。
その言い方から察するに、家を出されたあとの僕を監視していたようだ。
まあ、本当に呪いを振りまく付与師であれば、領地にとって危険極まりないし、追放を恨みに思って短絡的な行動にでるのを警戒したのかもしれない。
「ロイドよ、そのネックレスも鑑定させてくれないか?」
「え? これもですか?」
背中に冷たい汗がだらだら流れる。
魔狼殺しの短剣でこの騒ぎなのだ。それ以上の価値を持つと思われるネックレスの詳細が知られたら、軟禁されての付与しまくり生活になるのでは……。
だからといって男爵様相手に強硬に拒否すれば、不敬罪だと処分されかねない。それでなくとも、権力にものをいわせて没収したりもできるのだ。
唯一の希望はアルメイヤ嬢だが、彼女は彼女で興味津々といった様子でこちらを見ている。
詰んだ。
これは間違いなく詰んだ。
観念してネックレスを外すと、執事が短剣が置かれていた台を持ってやってきた。
その上に乗せて待つこと少し。
鑑定士が眼前に届けられたネックレスの鑑定を始めた。
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