第6話 魔狼(3)
「あ、あのッ! 僕は、ロイドでありますッ!」
平静を保とう。情けない姿を見せないようにしよう。
美貌を拝見した十数秒後にそう思い、慌てて自己紹介を返したが、その声は途中で裏返り、言葉遣いも普段とは違う変なものになっていた。
「フッ、そのように緊張しなくてもいい。先ほども言ったが、私は騎士ではない。正確にはその身分を剥奪されたと言ったところか……」
陰りが見られる横顔も美しいのはずるいと思います。
僕も容姿が整っていないわけではないが、精緻な人形を思わせるような美人とは初めて会った。
レイーシャも町で有数の美少女ではあったけど、その上をいっている。
人間を外見で評価するのは愚か極まりないとわかっているのに、気付けば誰かと比較していたりする。
自己嫌悪に陥りそうなのを、アルメイヤ嬢の声が引き止めた。
「察するに、ロイド殿も同じような身の上なのだろう。貴殿のような年齢で、魔物が出てもおかしくない森にひとりで入るなどありえぬからな」
アルメイヤ嬢が少しばかり勿体なさそうに、短剣を返してくれる。
「それとも魔狼の襲撃を知り、この短剣でどうにかしようと……いや、ないな。あのへっぴり腰では宝の持ち腐れだ」
「ですね」
「ふむ。ロイド殿ははっきりとした物言いをされても、わりあい平然とされているのだな」
「事実ですので。あと、僕に殿は不要です。家名を失った付与師ですし」
その発言が、彼女の疑念に対する答えとなるだろう。
幸い思考が鈍いタイプではなく、こちらの言いたいことを理解してくれたみたいだった。
「それならば私も同じだ。だからこそ思う。家名を失ったのであれば、自ら新しい家名を得ればよいとな」
「アルメイヤ様はお強いのですね」
「様付けはやめてくれ。それと丁寧な言葉も不要だ。現在の私は貴族でもない。家からかっぱらって……ゴホン、借用してきた鎧しか持たぬ身だしな」
んん? なんだか変な言葉が聞こえた気が……いや、空耳だよね、きっと。
「では、アルメイヤ……さん。ええと、町が魔狼に襲われたとのことでしたが、そちらは大丈夫なのですか?」
質問はしても、実際にはさほど心配をしていなかった。
リュードンには領主の館も存在する。
周辺では発展していても領都とも呼ばれぬ港町なので、規模も絢爛さも貴族の家とは思えない感じだが。
「うむ。すぐに領主の軍が動いた。私もクレベール家が付与を施した剣を借りて参戦したのだが……二本ともをだめにしてしまったのだ」
露骨に肩を落とすアルメイヤ嬢。
年齢は二十代前半くらいで、男女とも十五歳で成人を迎えるこの世界では結婚の適齢期を過ぎ、行き遅れと評される年齢だ。
特に貴族は家と家の関係を大事にするため、成人を迎える前から婚約者が決まっているケースが大半だ。
そしてアルメイヤ嬢の美貌があって、家名を奪われて放逐されたとなれば……。
「結婚関係でなにか問題が……」
考えに没頭しすぎたせいで、ついうっかり言葉が漏れてしまった。
目の前に立つ彼女に聞こえないはずもなく、相当に気を悪くさせたかと反射的に謝るが、アルメイヤ嬢は苦笑を浮かべて顔を横に振った。
「事情を知らずとも、誰でも察せられる話だ。それに元の領地周辺では有名な話でもある。騎士として身を立てようにも雇用してすらもらえない」
大仰にため息をつき、アルメイヤ嬢が木々で遮られた空を見上げた。
「たまに士官先が見つかったかと思えば、愛妾になれだのなんだのと……私が心から認め、なおかつ私より強い者でなけれが身を委ねることなどできぬ!」
憤りも露わに、アルメイヤ嬢が拳を握る。
今の発言で大体、起こした問題の内容も予想がつく。
この人、あれだ。脳みそまで筋肉でできてる系の人だ。
「ゆえに実力主義で知られるリュードン男爵の治めるこの地まで足を運び、なんとか士官をと思った矢先の襲撃であった」
プシュウと音でも聞こえそうに、彼女の怒りがみるみる失われていく。
代わりに表へ出てきたのは落胆だ。
「だというのに、借り物の剣をだめにしてしまうとは……」
領主様に納められていた剣となれば、お抱えの鍛冶師が鍛え、クレベール家の当主が魔力付与を行い、攻撃力を強化させたロングソードだろう。
「付与がなくても、かなりの強度だと思うのですけど」
「先ほども言ったが、丁寧な言葉遣いはやめてほしい。なんだか妙に背中がくすぐったくなる。それと武器についてだが、その……」
なんとも妙齢の女性らしからぬ態度で対等な口のききかたを要求したあと、アルメイヤ嬢はひどく言いにくそうする。
「私はロイド殿も見たとおり、防御より攻撃に重きを置くタイプでな」
重きを置くというより全振りだったような……。
「盾を持つよりも剣を二本持って敵陣へ突っ込み、倒されるよりも先に倒すべく腕を振るうのだが、その際に剣で敵の攻撃を受ける事もある」
「噛まれたりしてるうちに折れた?」
「う、うむ。折ったのは二本で、ひびがはいったのも、その……」
常に堂々としている感じの女性が、ここまで縮こまるということはかなりの本数をだめにしてしまったに違いない。
知らずにジト目にでもなっていたのか、アルメイヤ嬢が言い訳を並べ始める。
「違うのだ。私は民の安全を思い、一刻も早く敵を殲滅しようとしたのだ。その結果、敵を倒すたびに剣を壊すと叱責され、町の防衛から外されてしまったが……しかし! そのおかげで貴殿という人物に巡り会えたというわけだ!」
強引にでも前向きになろうとするところは好感が持てる。
「そうですね。僕もアルメイヤさんに会えたので、森で魔狼に襲われたかいもありました」
「そのように言ってもらえると助かる。それで、その……」
「僕にとりなしを頼んでも無駄だと思いますよ?」
「いや、そうではなく、討伐した魔狼の報告をしなければならないので、領主の館までご同行願いたいのだ。私ひとりであれば、武器もなしにどうやって倒したとなるに決まっている。事情を説明してくれる者が欲しい」
「そう言われましても……」
僕には僕で、領主というか父や家の者に会いたくない理由がある。
それを告げると、アルメイヤ嬢は「だろうな」と再び項垂れた。
「仕方あるまい。なんとか私ひとりで……む?」
アルメイヤ嬢が警戒を向けるなり、人の気配がした。
数人のレザーアーマーをまとった兵士が槍を構え、おっかなびっくり近付いてくる。
「あの、こちらで魔狼を見たという報告があったんですが……」
隊長らしき三十代前半と思われる彫りが深い顔立ちの男が、アルメイヤ嬢のみを視界に入れながら尋ねた。
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