第5話 魔狼(2)

 どうして女性だとわかったのかといえば、声が低めながら透きとおるようだったのと、胸部分がふくらみを考慮して丸く作られていたからだった。


「む!? 無事か少年!」


 騎士と思われる女性が、素早く僕の前に立つ。


 白いマントをつけていないことから、立派そうな装備で身を固めていても貴族ではないらしい。


「は、はい! あの、ありがとうございます!」


「なに、気にするな。しかし、結構な手傷を負わせているではないか。あれは君が?」


「そうです! あ、そうだ、ええと、よければこの短剣を使ってください」


「これは?」


「魔狼特効の武器です」


 女性が顔全体が隠れている兜の奥で息を呑んだ。


「専用の特効武器だと!? そんなものがどうしてここに……」


「信用できないかもしれませんが、一度でいいので試してみてください!」


 一回目の遠吠えはむなしく響いただけだったが、二回目もそうであるとは限らない。


 こちらにも助っ人がきてくれたとはいえ、魔狼の一番の脅威とされるのは群れの数だ。囲まれれば屈強な戦士でも、なすすべなく生命力を削られていく。


「よかろう。剣が折れてしまい、この短槍しかなかったのだ。ありがたくお借りする」


 その状態でも、魔狼の遠吠えを聞いて、襲われている人がいるかもしれないと助けにきてくれたのだろう。


 さすがは騎士様だ。


 といっても騎士なら基本は貴族様しかなれないので、一体どういう人なのかは不明なままなのだけど。


 とにもかくにも、女騎士は受け取った短剣を手に森を疾走する。


 躊躇のない突撃に魔狼も慌て、兜に爪を放つがガキンと弾かれて終わる。どうやらかなりの強度らしい。


 女騎士は防ぐそぶりも見せず、攻撃の際にがら空きになった魔狼の腹を一刺しする。相当量の血が降り注ぐが、やはり彼女は気にも留めない。


「これは……とんでもない短剣だな。魔狼特効というのも頷ける」


 力尽きた魔狼を邪魔だとばかりに蹴り飛ばす。


 魔狼の亡骸が大地を転がり、茂みの奥へ消えた。


「助けにきたつもりが、助けられたようなものだな。これほど魔狼に威力を発揮する武器など見たことがない」


「あはは……偶然できちゃったみたいで……」


 どう説明すればいいかわからないので、後頭部に右手を当てつつ、適当に笑ってみたりする。


 女性は気を悪くした様子もなく、逆に僕を褒めてくれる。


「すると君は……いや、貴殿は付与師なのか? この先にあるリュードンではクレベール家が有名だが、もしや……」


 そうですと言いかけたのを、ギリギリで堪える。


 僕はすでにあの家の人間でなくなっている。なのにクレベール家の者だと告げれば、偽証罪で捕縛されてしまうかもしれない。


「いえ、ただの……付与師です」


「ふむ? まあ、貴殿にも事情があるのだろう。深くは問うまい。ところで、ものは相談なのだが……」


 女性がそこまで言ったところで、茂みがガサガサ鳴りだした。


「先ほどの魔狼を漁りに別の魔物でもやってきたか?」


 柔らかくなっていた雰囲気が一変し、女騎士が戦闘態勢に入る。


「そういえば、騎士様が助けてくださる前、さっきの魔狼が遠吠えをしてました。あれはもしかすると……」


「助けを呼んだか。普通なら貴殿みたいな……その、弱そうな人間には考えられないのだが、この短剣を持っていたのであれば話も変わるか……」


 だいぶ言いにくそうに弱そうと評したが、実際にそのとおりなので反論もできない。そもそも腹も立ててはいないのだけど。


 数秒もしないうちに、ぞろぞろと魔狼の群れが現れる。その数は二桁に近いかもしれない。


「遠吠えと血のにおいで引き寄せられたか。付与師殿はそこの大木を背にして、身を守るのを優先してほしい。決して私のうしろから離れぬように」


「は、はいッ!」


 男前な女騎士の指示に従い、背中を大木に張り付ける。


 きょろきょろと周囲を確認すると、僕を狙おうにも立ち塞がる彼女が邪魔で、できずにいる魔狼たちが見えた。


 弱そうな敵から狙うのは鉄則だ。それは魔物側にも当てはまるらしい。


 僕は幸運を高めてくれるネックレスを握り締め、ひたすら無事を祈る。


 そもそも騎士然とした女性が、僕が窮地に陥るのを見抜いていたかのように助けにくるなんて都合がよすぎる。


「やっぱり、このネックレスの力なのかな……」


 視線を一度落とし、再び上げた時には三頭の魔狼が、女騎士へ同時に飛びかかっていた。


 彼女は左手を盾代わり使い、ガントレットで一匹の牙を防ぎ、胴体を狙って頭突きしてきたのを放置した上で、右から攻めてきたのを短剣で仕留めた。


 少しばかり痛そうにしながらも、左手に噛みついていた魔狼の腹へ短剣を突き刺す。これで二匹が絶命した。


「付与師殿、この短剣には他にもなにか付与されているのだろうか? 魔狼の動きも攻撃力も本来のより低い気がするのだが……」


「あ! だとしたら魔狼殺しの効果かもしれません。その短剣は魔狼殺しの銘のとおり、装備する者に魔狼殺しの称号を与えます!」


「なんと! もはや宝物レベルの短剣ではないか!」


 あまりの反応にこちらがビックリする。


 生まれ育った港町を出ることなく過ごしてきたので、外の情報に疎いとはいえ、僕が作った短剣がそれほどのものとは思わなかった。


 いや、正確にはたいした性能だとは感じていたんだけど、上には上がいると考えていたので、正直相手のリアクションは予想外だった。


「で、ですが、他の魔物にはダメージを与えられないんです」


「なるほど」


 頷きつつも、女騎士は軽やかな動きで敵の数を一匹また一匹と減らしていく。


 しかしこの人、防御というか避けることを一切しないな。


「強大な効果が見込めるがゆえに、装備や使用に条件があるのだな。ふむ。そこだけ聞くと、まるで恩寵品のようではないか」


「それって、あの、稀に迷宮や遺跡から手に入るという伝説級の武具……でしたよね?」


「うむ。この短剣とてそれに匹敵すると私は思うぞ。なにせこれさえあれば、多少腕に覚えがある者なら、魔狼の群れ相手にも立ち向かえるのだ」


 一般的な村落であれば、魔狼の群れに狙われると自警団ではどうにもならず、騎士や依頼を受けた冒険者が到着する前に滅びているのも珍しくないらしい。


「討伐隊の隊長にこの短剣を持たせても、任務の成功率は格段に上がる。貴殿が本当に付与したというのであれば、この地の領主に献上すればさぞかし喜んでもらえるぞ。取り立ててもらえるかもしれん」


 和やかに会話をしているようでいて、魔狼側は本気で攻めているので、僕の目の前では今も血生臭い戦いが繰り広げられている。


「さて、これで最後だな。ふむ。睨むだけで威嚇になるか。称号の効果は耳にしていたが、実際に体験すると凄いものだな」


 女騎士が魔狼の群れを全滅させ、短剣についた血を払う。


「戦闘時ゆえ、名乗りが遅れた非礼を許されよ。私はアルメイヤ。騎士のような格好をしてはいるが、実際には騎士ではない」


 そう言って兜を脱いだ女性は、金色の美しい髪を三つ編みにして、まるで冠でも被っているみたいに頭頂部でまとめているのが目を惹いた。


 そんな彼女は、見た瞬間に言葉を失うほどに美しかった。

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