第2話 追放(2)

 魔力量によって長男である自分を差し置き、次男の僕が後継者に決まったのを、兄がずっと恨みに思っていたのは知っている。


 だが、いくらなんでもあんまりだ。


 ボロ雑巾みたいに門の外へ放り投げられた僕の上に、武具が投げつけられた。


「次期ご当主様からの選別だそうだ。役立たずにはお似合いじゃないか!」


 いつか僕が魔力付与した槍を使いたい。そう言っていた若い男の門番が、嘲笑とともに唾を吐きかけてきた。


 あの態度は次期当主へ対して媚びていただけで、僕のことなどどうとも思っていなかったのだろう。


 優しかったレイーシャも……。


 のろのろと立ち上がり、それでも楽しい思い出もある家に一礼し、僕は鉄の短剣と革の鎧、革の小手、革のブーツと翡翠のネックレスを持って歩きだした。


 行く当てはどこにもない。すでに夕日も沈み、周囲はかなり薄暗い。


 近隣でもっとも栄えている港町では、誰もがクレベール家の次期当主交代の話を知っているみたいで、落ちぶれた僕を見てヒソヒソと話していた。


 情けなくて。惨めで。


 おまけに一文無しの僕は宿に泊まることもできずに、居場所のなくなった町を出た。


 本来ならどこかでひと晩過ごし、翌朝に父へ改めて考え直してほしいとお願いするつもりだった。


 けれどクレベール家から話がいったのか、町の憲兵は舌打ちも隠さずにこちらを常に監視し、町を出るように圧力をかけてきた。


「仕方ないかもしれないな……呪いしか付与できない付与師なんて気味が悪いだけだもの」


 両手に持つ武器と防具がやけに重かった。


「きっと森の中あたりで、作った防具を装備して死ねってことなんだろうね」


 父が期待をかけてくれていたのも魔力量によるもの。


「ナイグ家の鑑定魔法のレベルが高ければ、もっと早く僕に呪いの付与能力があるとわかっていたのかな……」


 魔法にはレベルがあり、鑑定魔法であれば対象の能力をより詳しく知ることができる。


 過去の偉人には、対象そのものの情報を得られた者もいたという。


「そう思えば、今日まで安穏と過ごせたのは幸せだったのかな……」


 無理やりいい方に考えてみるが、やはり悲しいものは悲しい。


 どうせ誰も心配してくれる者はいないのだからと、森に入って街道が見えなくなったところで適当な木を背もたれにして座る。


 ただでさえ薄暗かったのが完全に真っ暗だ。虫の声や獣の声が聞こえるたび、恐怖でビクッとする。


「死ぬのはいやだなあ……」


 追いつめられる原因となった装備品を見つめる。


「どうして呪いが付与されてしまうのだろう」


 ほぼすべての武器防具に付与は行われているが、呪いが発生したなんて話は聞いたことがない。


 もっとも僕は生まれ故郷の港町しか知らず、すべては与えられた書物で得た知識内での話にすぎないけど。


「付与による効果は不規則なはずなのに……」


 だからこそ、より強力な効果を武器に与えられる者はちやほやされ、それが付与師の先駆けになったとも言われている。


「クレベール家は攻撃力増加が多いはずなんだけど……」


 父も兄も付与を行えば、武器の攻撃力を増加させる効果がほぼすべてを占める。父であれば平均で一割もプラスされる。


 直接的な威力増加は戦う者に求められ、この地の領主は周辺との争奪戦を制して、昔のクレベール家を呼び寄せるのに成功した。


「おかげでこの近辺ではクレベールの名前を知らない人間はいない。噂は広まるのが早いから、旅人や商人の口からそこかしこに伝わっていくんだろうな……」


 呪いしか付けられないクレベール家のできそこない。


「そう陰口を叩かれるんだろうね。まあ、もうクレベール家の人間でもないんだけど」


 父は領主の男爵と繋がりがあるので、遅くとも明日中には廃嫡したと伝え、僕の存在を家系図から消すだろう。


「付与師の名家から名前を消された呪われた付与師か。どこの町に行っても仕事はなさそうだね……」


 人間的な魅力が増加する代わりに、絶え間なく不幸に見舞われる呪いのネックレスを手に取り、魔力を流し込んでみる。


 魔力台があれば魔力の通りはグッとよくなるが、僕くらいに魔力が余っていると無理やりに突破できる。


 ただし、ひとつの装備に付与可能なのは一度限り。やり直しがきかないからこそ、これらの武具は僕とともに放り出されたのだ。


 なんの意味もない行為でも、魔力が空っぽになるまで注ぐ。


 ガンガンと頭痛がして、目の前が歪む。


 それでも魔力を注ぎ続ける。


「どうせ呪いなら、レベルが上がらない代わりに鑑定ができるようになるとか、そんな前向きなのがよかったよね」


 乾いた笑いを浮かべ、魔力が尽きるなり大の字に倒れる。


 頭がグルグルしてなにも考えられない。


「最後にこのネックレスを装備すれば……ハハ、冴えない人生だったなあ……」


 夜空も高い木々に遮られてまともに見えない中、僕は意識を手放した。


     ※


 寝ている間に野犬の餌にでもなっているかと思ったが、目を開けた僕は五体満足のままだった。


 すでに朝になっているようで、森の中であっても気絶した時よりは明るい。


「まさか生きてるとは……野犬に食べられるよりも不幸な目にあうってことなんだろうか……」


 自分で言ってゾッとする。


「ああ、お腹が空いたなあ……」


 大の字に転がったまま、無意識に食べ物を探して顔を動かす。


 目に映ったのは昨夜、背もたれ代わりに使った木の近くに転がる呪われた装備の数々だった。


「呪われた装備が変なオーラでも発して、獣を遠ざけたのかな」


 ジッと目を凝らしていると、不意に胸元が光った。


「ネックレス? なんだ? 不幸の前触れかな」


 ビクビクしながら見守っていると、頭の中に文字が浮かんできた。


『銘:至高のネックレス


 港町リューベルに住む鍛冶師ブライマル・ドンゴが鍛え、付与師ロイドが魔力調整したネックレス。装備者のレベルが一に固定され、個人のレベルの上昇がなくなる代わりに最大レベルの【鑑定】が使用できるようになり、装備者は運が著しく上昇する。


 幸運:+1000』


 数秒あ然としたあと「はあ!?」と叫んで飛び起き、もう一度頭に浮かんだ説明文を確認し、おもいきり吹いた。


「な、な、何が起こってんの!?」

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