追放付与師は名を売りたい

桐条 京介

第1話 追放(1)

 代々魔法付与師を務める家に生まれた僕が、初めてさせてもらえた魔法付与で完成したのは呪いの武器だった。


「なんだ、これは……」


 一族特有の青みがかった黒髪を短く刈り揃えている父が、厳めしい顔を不快そうに歪め、手に取るのも汚らわしいとばかりに、完成したばかりのショートソードから一歩を離れた。


 貴族ではないながらも、名家と呼ばれる家の長だけに身なりはかなりよく、僕も同程度の衣服を身に着けている。


「ええと、もしかしたら、緊張のせいだったのではないでしょうか」


 レイーシャが、呆然自失中の僕を擁護してくれる。


 僕と同い年で十六歳になったばかりの彼女は、いわゆる幼馴染で将来は僕と結婚する予定の女性でもある。


 祖先もこの地の出身らしく、淡い赤色の髪を背中まで伸ばしている。他の住民も同じ髪の色が多いので、僕たち一家が特殊な部類に入る。


 ふわっとした白いローブ姿でも、上半身のふくらみが目立つくらいに肉付きがいいが、決して太っているわけではない。


 本人は身長が低いのを気にしているが、やや幼い顔立ちなのもあって、美少女という表現がもっともしっくりくる。実際に町ではトップレベルに可愛い。


「かもしれぬ。ロイドよ、もう一度やってみるがいい」


 四十代後半の父に顎をしゃくられ、僕はもう一度魔法台と向かい合う。


 額を隠そうとしていた前髪を左右に寄せて視界をクリアにすると、先ほどと同じように我が家と契約する鍛冶師が鍛えた鉄の短剣を乗せ、両手を掲げて魔力を少しずつ込めていく。


「ロイド君、落ち着いてやれば大丈夫だよ」


 レイーシャが豊かな胸の前で手を組み、祈るように作業を見つめている。


 彼女は彼女で鑑定士の家系に生まれ、今日が初めての実践となる。そのすぐうしろにはやはりローブ姿の父親もおり、鑑定結果に間違いはないと断言していた。


 なので鑑定の失敗ではなく、僕が呪いの短剣を作りだしたことになる。


 今度こそ。


 今度こそ。


 剣先から根元まで、隅々に魔力を行き渡らせる。


 キインと頭の中で甲高い金属音みたいなのが響き渡り、完成したのを受けて、僕は新しく魔力を付与した鉄の短剣をレイーシャへ差し出す。


 彼女は家に代々受け継がれているという鑑定の魔法を、誰にも聞こえないように詠唱する。


 十秒もしないうちに、彼女の左目が透きとおるような青色に変わった。


「鍛冶師はブライマル・ドンゴ。付与師はロイド・クレベール……」


 最初に告げるべき銘を口にしない。いやな予感がしてくる。


「銘は……呪われた鉄の短剣。攻撃力は220。ただし、振るう際には所有者の生命力を攻撃力の三倍ほど消費します……」


「レイーシャ・ナイグの鑑定に間違いがないのを、ベッケ・ナイグの名において保証する」


 一回目と同じやりとりが繰り返され、僕は肩を落とした。


「それでは武器の意味がないではないか!」


「振るう前に660もの生命力を消費するのでは、まともに扱える者もおるまいな」


 父のガリューが激昂し、ベッケが嘆息する。


「おい、ロイド。お前の生命力はいくつだったっけな」


 青に近い髪を一本に結っている兄のズークが、口角を吊り上げた。


 お披露目と称した、僕の魔力付与が行われるまでは苦虫を噛み潰したような顔をしていたのでえらい違いだ。


「20です。兄上」


「俺も似たようなものだ。一流の騎士や冒険者でも300くらいらしいぞ。一体誰が使えるんだ、そんな武器」


 父はまぶたを閉じて押し黙っていたが、目をゆっくり開けると、僕に防具や装飾具への魔力付与を命じた。


「おいおい、どれも呪い付きってどうなってんだよ。お前自身が呪われてるんじゃないのか」


 兄の喜びを隠さない指摘に周囲がザワめく。


 今朝までならこういった状況になれば、父が必ず諫めてくれたが今はなにも言わない。組んだ腕を崩さず、ジッとこちらを見つめている。


 およそ人としての情を感じさせない目だ。


 怖い。なんでこんなことに……。


「あの、父上……」


「ロイドよ。今をもって貴様をクレベール家より廃嫡する」


 いきなりの宣言に背筋が冷えた。


 周囲も息を呑む中、兄ひとりが笑っている。


「仕方ありませんよ、父上。いくら魔力が200と宮廷魔術師並みにあっても、呪いの装備品しか作れないのであれば、なんの役にも立ちません」


 兄の言葉に、父が重々しく頷いた。


「そんな……廃嫡だなんて……」


「黙れ! クレベール家の面汚しが! 呪いの付与師が一族にいるなど、他に知られたらどうなると思うか! 貴様は家を潰したいのか!」


 翻意を願って近寄ったら、腹をおもいきり蹴られた。


 これまで暴力とは無縁に過ごしてきたのもあり、痛みより戸惑いと悲しさを覚えて涙が止まらなくなる。


「父上の言うとおりだ。わかったらさっさと出ていけ! 呪い子め!」


 兄がここぞとばかりに、うずくまりかけていた僕の頭を蹴る。


「やめて! やめてください、兄上!」


「黙れ! 魔力があるくらいでいい気になりやがって! まともな付与もできないクズが! お前がクレベール家を継ぐだなんてありえないんだよ!」


 父は止めない。期待された神童の初魔力付与ということで、集まっていた大勢も止めない。誰もが床で丸まる僕を冷たく見下ろしていた。


     ※


 もう夕方近かったというのに、僕の追放はその日のうちに行われた。


 次期当主用だと与えられた部屋は家具ごと兄の物になり、僕の私物であったはずの物までなにひとつ持ち出しは許されなかった。


 笑顔で僕の成長を見守ってくれていた使用人たちは、ゴミを見るような目を向けてくるようになって、さっさと出て行けとばかりに背中を蹴られる。


 けれど亡くなった母が、死ぬ間際にくれた手紙の存在を思いだし、せめてそれだけは貰おうと、使用人たちが止めるのも聞かずに自室へ戻った。


 扉を開けようとし、けれど中から聞こえた声に動きが止まった。


「お前はあのクズを好いてたんじゃなかったのか?」


「彼とは親が決めた許嫁だったってだけよ。今はズークが次期当主じゃない。それに下手に情を残されて、呪いをかけられたらどうするのよ」


 間違いなくレイーシャの声だった。


 使用人たちの話で僕との婚約が解消され、すぐに兄との結婚が決まったと知ったが、さすがにうそだろうと思っていた。


 そっか。事実だったんだ。


 なにもかも失ったのだと涙を流した時、使用人が追いついて僕を取り押さえた。

 その騒ぎで、兄が扉を開けた。


「おい、なんでこのクズがまだ家にいるんだ」


 顔面を蹴られ、鼻血が出る。


 けれど今はそれより大切なことがある。


「引き出しにしまってある、母上の手紙だけでも返してください」


「あん? 手紙?」


 兄が目で合図をすると、レイーシャがすでに妻になったかのごとく、僕が使っていた木製の机の引き出しから手紙を持ってきた。


「こいつか?」


「それです。お願いします、兄上、せめてそれくらいは」


「誰が兄だ! てめえはもうこの家の人間じゃねえんだよ!」


 目を血走らせた兄が、目の前で手紙をビリビリに破いた。


 降ってくる紙の切れ端を見つめ、僕は声にならない声を上げる。


「いいざまだ! 俺よりてめえを可愛がっていたあのクソ女も、今頃はあの世で後悔してるだろうぜ! 産まなきゃよかったってな!」


 最後に僕の顔面へもう一度蹴りを放ち、ズークは使用人たちへさっさと追いだせと命じた。


 レイーシャはそんな兄の隣で笑っていた。


 クスクスと楽しそうに笑っていた。

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