第3話 フマエ山の洞窟
ティムとアルマの生活する修道院は北と西の方角をフマエ山という巨大な山脈に囲まれており、山の麓には天然の洞窟の入口が幾つも口を開けている。トマの案内で修道院から西へと向かった二人は、蔓草や雑草の生い茂った森を掻き分けて山肌に開いた一つの洞窟の前に辿り着いた。
「ここで間違いないんだな」
トマに訊ねると少年はティムに抱き上げられたまま頷く。「うん。絶対にここだよ」
「草を踏みしめた跡もあったし間違いないんじゃないかしら」
ティムはトマを地面に下ろすと目線を会わせて頭を撫でた。
「よし、お前はもう村へ帰れ。大丈夫だとは思うが気をつけて帰るんだぞ」
「……わかった。兄ちゃん達も気をつけてね」
ひょこひょこと忙しない足取りで戻っていくトマを見送ると、二人は洞窟の中に入っていった。
「『
魔法を唱えるとティムの手に持った松明に明かりが灯った。洞窟内の闇に淡い光が広がり、灰色のごつごつした岩壁が視界に映った。
「どのくらい奥まで行ったのかしら」アルマが周囲の様子を見渡しながら訊ねてくる。
「子供の足じゃそう深くまではいけないはずだ。ただ、
二人は暗闇の中を慎重に歩を進めていく。時折岩の影が魔物の姿に見えて身構えることはあったが、それ以外は順調に進むことができた。
やがて、微かに水の流れる音が聞こえ始めた。しばらく歩き続けると小さな水の流れが姿を現し、二人は飛び石を足場にして水路を越えていった。
「まだいないのかしら?もう歩き始めて十五分は経とうとしてると思うけど」
「無意識の内に遠くまできてしまったのかもしれないな。子供は距離感があるわけでもないし」
「あれ?」
二人は通路の途中で違和感を感じて立ち止まった。前方の穴の形が妙にいびつで奥に向かって狭まっているように見える。「何かーー」
そのとき、穴の輪郭の闇がゆらりと揺らめいた。あっ、とアルマが声を出そうとしたときにはもう遅かった。
「伏せろ!」
ティムの声と同時に闇が束となって二人に襲いかかってきた。二人にぶつかってくる直前、松明の明かりに照らされて闇の正体がはっきりした。それはコウモリだった。コウモリの大群は洪水のように二人の体に次々と激突していく。
「ティム!それ!」
革鎧を身にまとって防御していたアルマが声を上げる。見ると、ティムの防御している両腕にコウモリが鋭い牙を突き立てている。ジュー、ジューと血を吸い上げる不快な音が闇の中に響き渡る。
「ちっ。
ティムは両腕を力任せに洞窟の壁に叩きつけた。ピギャッ、という鳴き声を上げてコウモリ達はティムの腕から口を離した。
「壁際に寄って、ティム!」
アルマは腰の鞘から
そのときだった。斬り損ねたコウモリのうちの一匹がもの凄い勢いで覆い被さるようにしてアルマの顔面に飛びかかってきた。
「え、嘘っ?いやあああっ!」
アルマは思わず悲鳴を上げると両目を固く瞑った。それは戦いの場においては致命的な行為だった。
しかし、いつまでだってもコウモリがアルマの顔に到達することはなかった。恐る恐る目を開くと、ティムが懸命に左腕を伸ばしてアルマを庇っていた。コウモリはティムの前腕辺りに取りつくと旨そうに血を啜っていた。コウモリの腹が見る間に膨れていく。
「は、早いとこ取ってくれると嬉しいんだが」
我に返ったアルマは腰の鞘から短剣を抜くとコウモリの背中に突き刺した。コウモリは悲鳴を上げることなく地面に落下すると赤黒い血溜まりを作っていった。二人が前方に向き直るとまだコウモリの残党達が闇の中を旋回していた。
「しょうがねぇな」
ティムが両手を見合わせるようにしてかざすとたちまち魔力の球がその間に生じた。淡い緑色に輝く光球は、ティムの魔力を媒介にして渦巻くようにして周囲の
「『
ティムの手から放たれた光球は無数の魔法の刃となってコウモリ達に襲いかかっていった。刃はコウモリの数と同数に分裂していくと一匹残らず精確に斬り刻んでいく。
「……ふぅっ」
ティムが一息つくと、通路には無数のコウモリの死体が残された。
「相変わらず凄いわね」
アルマの言葉に答えることなくティムは詰め寄ってくると、アルマの目と鼻の先まで顔を近づけた。アルマは思わず身を固くする。
「よかった。顔に傷はついてないみたいだな」
「な、な、なーー」
アルマは顔を真っ赤にして言葉に詰まる。お互いの息がかかりそうなほどの至近距離にアルマは緊張で全身が震え始める。どうしていいかわからずにそのまま硬直しているとそれに気がついたティムは「あ、すまんすまん」と軽い口調で距離を取る。
荒い息をつきながら自分の体を抱き締めているアルマを尻目に、ティムは手早く自分の傷を治療すると「ほら、どうした?さっさと行くぞ」と彼女をせかした。
好色の修道士、冒険者となる @thrice
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