第2話 修道士ティム
「ティムっ!」
大きな足音が向かってきたかと思うと、部屋の入り口のドアが開いて目を吊り上げたアルマがそこに立っていた。修道士のティムと若いシスターのジュディはベッドの上で目を丸くしてアルマを見つめた。
「いきなり何すんだよ」
「何すんだじゃないわよ!下の礼拝堂まで全部丸聞こえよっ!」
ティムとジュディは目を見合わせると、やれやれといった具合でため息をついた。
「おい、そんなとこで俺達の着替えをずっと眺めてるつもりか?」
「せっかくいいとこだったってのに。なぁ」
ティムが靴下を履きながら同意を求めると、ジュディは苦笑しながら頷く。
「ホント馬鹿なんじゃないの。あなた達のせいで厳粛な葬列が台無しじゃない」
「ナンナ婆だって湿っぽいよりは賑やかに送り出される方がいいだろうよ」
アルマは目を剥き出すようにして怒っているが何も言い返せないでいた。まただ。私の方が正しいはずなのに、気がつけばティムの屁理屈に言いくるめられそうになっている。
「とにかく!二時に礼拝堂に来るように。これは私だけじゃなくて、神父からの命令よ」
そう言うとアルマは強くドアを閉めて部屋から出ていった。
ティムとジュディは再び目を合わせると首を捻った。
「生理かなぁ」
「欲求不満なんじゃないの、彼女。禁欲的な生活してそうだもの」
礼拝堂の扉を開くと祭壇の前に神父とアルマの姿があった。アルマは腕組みをして明らかに怒っている様子だったが、神父は怒っているというよりかは呆れているような表情をしていた。
「ティムよ。お前はもう少し行動を慎むことはできんか」
「そうよ。神聖な修道院の場所を何だと思ってるのよっ!」
ティムは参拝客用の席に足を組んで腰かけると、小指の先で耳の穴をほじりながら話を聞いている。
「確かに我等が教義では異性との交遊は禁じられてはおらんが……限度というものがあるだろう」
「あなたは仮にも修行中の身よ。恥を知りなさい」
黙って聞いていたティムだったが、耳穴から抜いた指先に息を吹きかけると悪びれずに言う。
「何で修道院でヤったらダメなんだよ。お前、まさか自分がどうやって生まれてきたか知らないわけ?」
「そういう問題じゃないでしょう」
「食堂のおばちゃんも、シスター長も、神父も、みんなヤることヤって子供作ってんだ。今さらとやかく言われる筋合いなんか俺にはないね」
神父は両目を閉じて天を仰ぐ。アルマは両手を握りしめると歯噛みしながら何とか反論しようとする。「けどーー」
「神父様っ!」
そのとき、入り口の扉が開いて一人の少年が姿を現した。三人の視線が一気に集中する。
「お前……ミェーザ村のトマか?」
トマは返事せず、目を擦ってしゃくり上げながらとぼとぼとこちらに歩いてくる。アルマは心配そうに駆け寄ると、絨毯の上に膝をついてトマの頭を撫でた。
「トマ、いったいどうしたの?」
「み、みんなとはぐれて……それで……化物が……」
"化物" という言葉を聞いて三人の表情が一気にこわばる。「トマ、お願い。何があったかゆっくりでいいから聞かせて」
六歳のトマの証言はなかなか要領を得なかったが、断片的に出てきた単語を繋ぎ合わせると段々と状況が掴めてきた。要するに、トマは友達三人とフマエ山の麓にある洞窟に行き、中を探検している最中に怪物に襲われ、一人、命からがら逃げてきたというのだ。
「お願い……助けて……みんな死んじゃう…………」
消え入りそうな声で懇願するトマの言葉を聞き終えたティムは急いで礼拝堂から出ていこうとする。
「待って!どこ行くつもり?」
ティムは振り返ると簡潔に言った。「時間がかかるほど生存確率は下がる。早く助けに行かないと間に合わん」
アルマは歯噛みした。他の聖堂騎士や神官達は北のオース砦付近のモンスター掃討のため、そして修道僧達は先日の雨で氾濫した東のイネイラ川の復旧のためにほとんどの者が出払っている。
アルマは神父を見た。神父は真っ直ぐにアルマの目を見つめると静かに頷いた。
「待って、私も行く!」
アルマは再びしゃがみこむとトマに訊いた。「トマ、怖いと思うけどその洞窟まで案内してくれる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます