好色の修道士、冒険者となる

@thrice

第1話 葬列

 静謐な静けさが礼拝堂を支配していた。御歳百四才の天寿を全うしたナンナ婆の葬列には国中から子や孫が集い、故人との生前の思い出を思い浮かべながら部屋の中央に鎮座している棺に向かって黙祷を捧げていた。


 南方部族との戦いで武勲を挙げて騎士となった長男のオニキスの目には涙が浮かび、王都で豪商に成り上がった次男のマデルは年甲斐もなくしゃくり上げるようにして泣いている。幼い曾孫達はまだ人の死を理解していないのか、きょとんとした顔で周囲に視線を巡らしていた。


 聖堂騎士のアルマはその全ての光景を慈しみの心を持って壇上の傍らから眺めていた。生きとし生けるものはいつかすべからく土に還り、無形の魂となって全能の神エルダーンの懐に抱かれることとなる。そこには人間の、そして人生における尊厳や美しさが集約されているようで、人の死に立ち会うたび、アルマはいつもそのことを再認識させられるのだった。


「それでは、前列の方から死者への最後のお別れの挨拶をしていって下さい」


 神父に促されると参列者達は列を成して棺に近づいていく。色とりどりの花に敷き詰められた棺の中には、穏やかな顔をしたナンナ婆が胸の前で手を組んで横たわっている。皺くちゃで黄土色をした顔はぽかんと口を開けたままで、死蝋化した体からは生気は感じられない。


「おふくろっ。おふくろーっ」

「母さん、今までありがとうございました」


 棺の傍らに膝まづいて言葉を投げかける親族達の姿はアルマの胸を打った。アルマは涙ぐむと人差し指の先を目の淵に滑らせて涙を拭う。こうやって命は受け継がれていくのね、と思うとアルマは鼻を一つ啜った。


 そのとき、天井の方から微かに物音が聞こえた気がしてアルマは視線を上に向けた。ずしん。もう一度音と振動が起こる。怪訝な顔をした参列者達が同様に視線を上に向ける。棺の傍の人達も思わず声が止んでいた。


 ずしん。ずしん。ずしん。ずしん。


 やがて振動はリズミカルに繰り返され始め、周囲の者達は顔を見合わせる。

「何だ何だ?」

「まさか地震か?」

 様々な声が飛び交う中、音は止む気配を見せない。


 アルマは嫌な予感がして神父に近寄った。「デクスター様。これってまさかーー」

 デクスター神父は首を振った。

「……だろうな」


「何だか、女の人みたいな声が聞こえる」

 少年のうちの一人の言葉に参列者達は耳を潜めた。……っ。……っ。……っ。微かな吐息のような声が聞こえ、それは確かに女性の声のように思えた。


 やばい。アルマは顔色を変えると急いで壇上から飛び降り、参列者達に大声で呼びかけた。「そ、それでは皆さん。少し予定よりも早いですがこのまま墓地の方へと向かいましょう!」


 しかし別れの挨拶の済んでいない者達は次々と不服そうな顔をする。

「えーっ。急にどうしてよ」

「田舎からはるばるやってきたってのに」


 周囲から次々と挙がる不満の声をなだめるようにしながら、アルマは出棺の準備を進めようとする。「えー、それでは打ち合わせの通り、男性陣で棺を担いで頂いてーー」そうしている間も天井からの音は続き、だんだんと音は激しさを増していった。


 アルマは泣きそうになりながら周囲に訴えかけるが、足を止めたまま誰も動こうとしない。

「神父っ。神父からもどうかーー」

 アルマは壇上を振り替えって神父に助けを求めるが、神父は額に手をやると既に諦めたような表情を浮かべていた。


「もう遅いわい」


 次の瞬間、天井からもの凄い音量の女性の声が聞こえてきた。

「あっ!あっ!あっ!ああっ!!」


 子供達がもの珍しそうな顔をして天井を見つめる中、事の次第に気づいた母親達は急いで我が子に駆け寄り、目と耳を塞いだまま抱えるようにして礼拝堂から次々と退出していく。辺りに嬌声が響き渡る中、大人達は苦笑しながら天井を眺めている。


 だめだ、もう滅茶苦茶だーーアルマは赤絨毯の上に膝をつくと、放心した顔で成り行きを見守っていた。肩に手を置かれる感触を感じて振り向くと、そこには神父が立っていた。

「ここはわしに任せて、お前はあのバカモンを止めて来てくれ」


 アルマはため息をつきながら立ち上がると、重い腰を上げて天井裏の部屋へと向かった。


 


 

 

 

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