第69話
『新しい物語ができた。』――南の魔女クロエから連絡を受けた旧知の大魔法使いたちは、実に百年ぶりに顔を合わせることになった。
偉大なる大魔法使いは基本的に孤高で孤独な存在だ。しかし長く生きていると退屈になってくるもので、面白いことを求めて最低限の付き合いが生まれた。
そういうわけで、気まぐれなクロエにも親交のある魔女がいる。面白い話が入ると連絡を取り合う仲で、茶飲み友達のようなもの。そんな西の魔女サルマンと北の魔女ゲランはさっそくクロエの館を訪れていた。
「してクロエ。今回はどのような話なのだ?」
まず口を開いたのは北の魔女ゲラン。真っ白い肌に真っ白な髪。瞳と唇だけが鮮血のように真っ赤で、底冷えするような美しさのなかに猛毒のような恐ろしさをも感じさせる風貌だ。
「……今日もセレンはおらぬのか」
クロエが問うと、ゲランは頷いた。
「男だろう。まったく、百年に一度の日くらい身体を休めてもよかろうに。ほんとうに好きものだ。ほれ、今回も水晶玉を預かっている」
東の魔女セレン――別名色欲のセレンは欠席だ。淫魔の大魔法使いのもとで修業を積んだ彼女は、精力を魔力に変換して力を蓄える。――という理由をつけて、年がら年中男性を侍らせてお楽しみである。
ゲランがどこからともなく水晶玉を取り出す。玉のなかには煙のようなゆらめきが発生し、それはやがて鮮明な像を結んだ。
場違いに明るい声が響き渡る。
『はーい! セレンちゃんだよ! 今日は行けなくてごめんね。でも、クロエちゃんのお話すっごく楽しみにしてたの! だからここから聞かせてもらうね~。……んっ、ちょっと! 今大事な話をしてるんだから、そこ触らないでっ。もう、少しの間も我慢できないの? いけない子ねえ』
映っているのは、ほとんど裸に近い恰好の美女と、彼女に群がるたくましい男性陣。
常人であれば「見てはいけないものを見てしまった」と目を逸らす光景だが、厳しい鍛錬を積み、数えきれないくらいの修羅場をくぐり抜けてきた大魔法使いに最早そういった感情はない。
会合に顔を出すのは面倒だが、面白い話に興味はある。そういうわけで、セレンは遠隔で会合に参加できる水晶玉をゲランに頼んだというわけだった。
クロエは興味ないといった様子で水晶玉から視線を外す。
「西は……まあいつも通りか」
クロエの視線を受けて、西の魔女サルマンは無言で頷く。
サルマンは決して声を発さない。いついかなる時も無言で、頷くか首を振るしかしないのだ。なんの感情も浮かばない銀色の瞳に、ぼさぼさの赤毛。ついでにローブもつぎはぎだらけでみずぼらしい。子どものような幼い見た目もあって、街なかにいれば貧乏な孤児だと哀れに思われるだろう。
「では始めよう。わしが今回作ったのは、『ゴミ屋敷令嬢と追放王子』という物語じゃ」
クロエが手のひらを横にふると、きらきらと光が飛んで一冊の本が現れた。
「……ゴミ屋敷令嬢? 聞かぬ言葉だ」
『ねえねえ、追放王子ってどんな人なの~? 無能でも、いい身体をしていれば別にいいじゃない! ……ひゃんっ!! ちょっとアスラ、妬いてるの? んっ……! あっ……!』
……水晶玉の音声が乱れているようだ。
構わずクロエとゲランは会話を続ける。
「ゴミ屋敷に住む令嬢と、類まれなる能力を持った王子との恋愛物語じゃな。なかなか愉快であったぞい。お主らもきっと楽しめると思う」
「どれ。見せてもらおうか」
ゲランは本を手に取り、西の魔女サルマンと共に目を落とす。
魔法を使って内容を把握するので、ものの数分で二人は分厚い本を読み終えた。
「これは……なるほど。人間にしては波乱万丈。ゴミ屋敷令嬢は滑稽だが、生命力は目を見張るものがあるな。なかなか見ることのできない、痛快な物語だ」
ゲランは満足そうに頬を緩めた。サルマンは無表情であるが、やや口角が上がっている。二人とも楽しめたようだ。
「しかしクロエ。おまえも性根が悪いな。弟子はともかく、人間の令嬢を利用して物語を作るとは」
ゲランの言葉にクロエはふんと鼻を鳴らす。
「この世の森羅万象を前にして、弟子も人間も関係あるまい。最も重要なのは、何をして生きるかということ。結果的にグラディウスは何百年も栄華を誇ったし、二人もそれなりに幸福な人生を送ったのだからよいではないか」
「まあ怒るなクロエ。別にそなたを咎めたわけではない。まったく、芸術家肌の者は気難しくて困る」
――もはや水晶玉の向こうの魔女は、違うことに夢中になっていて話に入ってこない。時折高い嬌声と水のような音が部屋に響くのみだ。
「……クロエの新作はサルマンも気に入ったようだな。持ち帰るのか?」
ゲランの問いかけにサルマンは頷いた。そして本をぎゅっと胸に抱きしめる。
その様子を見てクロエは満足気に微笑んだ。
「よい。また面白い物語ができたらお主らに読ませようぞ。楽しみに待て」
「うむ。では、我らはこれにて」
ゲランとサルマンは立ち上がる。大魔法使いたちはいたずらに世間話をしたり、慣れ合うことはしない。
そして各々魔法を使い、あっという間に姿をくらました――――。
◇
南の魔女クロエ――別名運命の魔女。
彼女の右目は未来を、そして左目は過去を見ることができる。見たものの運命を把握し、干渉することができる。大魔法使いの中でも非常に大きな力を持っている。
彼女は長い時を生きる中で一つの趣味を見出した。それは「面白い物語を作ること」。つまり、自分の頭に浮かんだアイデアやシナリオを実際の人間の人生を使って完成させるということだった。
ベアトリクスとルシファーの一生も、つまりはそういうことだったのだ。
「さすがにルシファーは途中で気が付いていたようだったがの」
弟子のルシファーは大魔法使いになった。だからこの計画を見抜いていたようだったが、特に何も言ってこなかった。言ったとて、どうになるものでもないと聡い弟子は理解していたのだろう。
それはもちろん、クロエがハッピーエンドのシナリオを用意していたということが前提にある。ベアトリクスに危機が迫れば、きっと烈火のように怒って全力で立ち向かってきたに違いない。
ときには悲しい物語を書くこともあるが、いちおう弟子が絡んでいるので今回は幸せな話にしてやった。そんな自分を、クロエはお人よしだと思う。
ゲランが忘れていった水晶玉からは、相変わらず男女の盛り上がる艶っぽい声が流れ続けている。会合が終わったことに気が付いていないようだ。
「……さて。次はどんな物語を作ろうか」
クロエはゆっくりと物入を開き、埃をかぶった箒を手に取る。世界を見て回り、新しい物語のインスピレーションを求めるために。面白そうな人物を発見するために。
偉大なる大魔法使いは新しい旅に出た。
番外編(了)
【WEB版】ゴミ屋敷令嬢ですが、追放王子を拾ったら懐かれています! AkaneYuzuki @kogetsusayaka
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