人の感情はDNAから来ているらしい

ちびまるフォイ

人のカタチを成していない人間

「大統領! ご報告が!!」


「なんだ騒がしいな。今、国民でモノポリーやってる途中だ」


「実は科学研究部から報告があり、

 どうやら人間のDNAには意思決定の傾向があるとわかりました」


「……で?」


「人間に心なんてないんですよ、大統領。

 すべてはDNAの塩基配列によって

 そういう行動をしがちと決定づけられてるんです!」


「ああ、そう。じゃ人生ゲーム続きやるから」


「このすごさがわかってないんですか!?」


秘書がいくら伝えても大統領はわかってもらえない。

もっと簡単かつ世俗的な表現で伝えることにする。


「つまり、DNAによっては従順な下僕だけの国家が作れるんですよ!」


「なんだって!? そんなにすごいことなのか!」


「やっとわかってもらえましたか!」


「最初からそう言ってくれ。

 私が大統領になったのは自分の国を作りたいからだ」


「まあでも今は支持率が虚数まで落ちてますけどね」


「だがそれも今日までだ。

 おい、警察総統をここに呼べ」


「警察の長を呼びつけるなんて、何をする気です?」


「人間の感情や意思はDNAによって決まるんだろう?

 なら、DNA的に反乱しそうな人間をこの国から追い出すのさ」


呼びつけられた警察総統に、なにやら耳打ちをした。

最初こそ驚いたが大統領に逆らうことなどできない。


「わ、わかりました。すぐに実施いたします」


「うむ。この国を浄化しようじゃないか」


かくして警察主導による秋の一斉検挙キャンペーンが始まった。


10人とっつかまえた人には白いお皿がもらえると聞き、

下々の警察官たちはやっきになって逮捕を行った。


その手元には大統領じきじきに回されたブラックリストがある。


あくどい犯罪をしたもののリストではない。

DNA的に反乱意思があったりする人間のリストだ。


「横断歩道を手をあげて歩かなかった罪で逮捕する!!」


「そんな! どうしてそんなことで!」


「罪に大きいも小さいもあるか!!」


キャンペーン開始から1ヶ月後。

反乱DNAをもつ人間はすっかり街から淘汰された。


「大統領、これからどうするんです?

 一時的に都合の悪いDNAを持つ人間は逮捕したものの

 いずれ釈放されるので戻るのでは?」


「嫌がらせだよ」


「は?」


「逮捕して釈放されたら前科持ちとなる。

 再就職も難しい。前のような生活には戻れないだろう。

 また罪をでっちあげて逮捕すればいい。

 そうすれば次第にこの国にいられなくなり出ていくだろう」


「追い出し部屋みたいなことを……」


「この国に必要なのは税金を収めてくれる家畜だ。

 自分の意思などという幻想をふりかざし、

 DNAの命令どおり反乱してくるのはいらないんだ」


「虐殺という手段を取らなかっただけまだ人道的と考えるべきか……」


「殺すなんてもったいないだろう。

 反乱意思のDNAを国外に放てるんなら、

 それこそ他の国の足を引っ張って一石二鳥だ」


「どうやって当選できたんですかあなたは」


「この国はお金があれば大統領になれるからね」


裏ですすめられていた意思DNAによる人間の間引きは成功。


残された国民のDNAによる意思傾向は「従順」「寡黙」「勤勉」と、

言われたことを素直に受け取りひたむきにがんばる。


そんなステキな人間ばかりが残った。


大統領はすっかりごきげんだった。


「いやぁ、人間を間引いてからというもの

 SNSも荒れなくなったぞ。快適快適♪」


「たいへんです! 大統領!!」


「いったいなんだ騒がしい」


「実は……DNAによる意思傾向に新たな発見がありまして」


「おおそうか。教えろ」


「大統領が残した意思傾向のある人間を覚えてますか?」


「従順で我慢強く反論しない、という意思DNAの人間だな」


「そうです。しかしDNAというのは二重らせん構造。

 その裏には別のDNAの傾向があったんです」


「もったいつけるな。はやく教えろ」


「自殺願望DNAです」


「え」


「重巡で我慢強く反論しないDNAには、

 その裏に強い自殺願望を持つというDNA意思があるんです」


「おいおいおい……そりゃ困ったぞ」


「事実、ここ最近で国民の数は激減しています。

 その多くの理由が自殺によるものです。

 このままではこの国は終わりです」


「国民に死なれたら、私の生活費はどの税で払ってもらえばいいんだ!」


「大総統! 国外に追い出した国民を戻しましょう!

 このままじゃこの国は滅びます!」


「バカ言うな! あんな爆弾を国に戻したらそれこそ危険だ!

 なんとかこう自動で人間を増やせないのか!?」


「できるわけないでしょう!?」


みるみる減っていく家畜こくみんカウンターの数に冷や汗を流す大統領。


国民を増やすこともできない。

かといって国民を戻すこともできない。


ではどうするか。



「国民を……作り変えよう」



「なんですって?」


「意思のDNAに従順の要素がある構造の裏には、

 自殺願望の傾向がニコイチでくっついていると言ったな?」


「ええ、まあ」


「それを裏だけ変えるんだよ。DNA配列を書き換えるんだ」


「どうやってそんなことするんですか。

 国民ひとりひとり手術なんてできませんよ?」


「先日、軍事技術班から報告されたプロトタイプの兵器があったな」


「だ、大統領! まさかあの放射線装置を使うんですか!?」


「あくまで指定のDNAを買い替えるだけの放射線を

 国全体に放出するだけだ。手術よりも早く安いだろう」


「臨床実験もまだなのにそんなこと……」


「なら臨床実験も兼ねられて一石二鳥じゃないか。ワハハ」


プロトタイプの放射線発生装置はついに日の目を見ることとなる。

ただし兵器としての運用ではないの、放射線量は細かく調整された。


「よいか。自殺願望DNAを書き換えるだけだ。

 それ以外のDNAを買い替えてはならんぞ」


「ええわかってますよ大統領閣下」


「従順な国民はキープしつつ、自殺願望だけを消すのだ。

 これはあくまでも治療だ。放射線治療と考えろ」


「もちろんです。心なんて痛みません」


「心が痛みで苦しくなったら、

 そのDNAも書き換えて鈍感にしてやるからいつでも言ってくれ」


「さすが大統領閣下」


大統領と軍部トップやら首脳陣は、

けして放射線が届かない地下シェルターにもぐったのち、

放射線発生装置のスイッチを押した。


空高く上がった放射線装置が起動し、

地表に向けてDNA配列を買い替えるほどの放射線を発生させた。


国民の意思DNAは強制的に書き換えられ、自殺願望DNAは一層された。


「大成功です、大統領閣下!」


「やったな! これで最高の国民を作ることができた!」


「我が国も安泰ですな」


「ワハハハハ!!」


大統領はシェルターの乗降ボタンを押し、

久しぶりに大統領ハウスから外に出た。


外にはDNAを書き換えられた国民たちがいた。

そのあまりの惨状に軍部トップは言葉を失った。


「な、なんてことだ……」


そこに人間の姿を保っているものは何もいなかった。

すべてがスライムのように溶け出していた。


それでも意思はあるらしい。


親スライムにかけより同化してしまう親子。

何度もガラスに映る自分を確かめて涙を流すもの。

人体を失い事故を起こしてしまう車。

心が壊れてしまい、ただ笑い続けるもの。


地獄絵図が広がっていた。


「や、やっぱり無茶があったんだ……。

 強制的にDNAを書き換えるなんて……」


悪魔兵器を使ってしまったと深い後悔をする軍部トップ。

救いを求めるように大統領へと目をうつした。


大統領はただ困っているだけだった。


「だ……大統領……?」


問いかけに大統領はいつもの調子で答えた。



「困ったな。これじゃもう税金を回収できないなぁ」




その後、大統領のDNAには人間性というものがないことがわかった。

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