悪役令嬢は腐女子の趣味がバレて婚約破棄されました!

月歌

第1話 悪役令嬢は腐女子の趣味がバレて婚約破棄されました!

◆◆◆◆◆◆



「クルエル嬢、私は貴女との婚約を解消したい。承知してくれるね?」


予想と違う。

プロポーズじゃなかったの!?


「婚約解消…って、あの、えっ?」


婚約者のヴィクトール・エルンストが我が家にやって来て、私と二人きりになりたいと言った。


だから、私はお気に入りの温室でお茶を振る舞いながら、ゆっくりと彼の話を聞くつもりだった…だったのに。


婚約破棄の話だった!!!!


花々が美しく咲き誇る温室で、メルディシア侯爵家の一人娘が振られるとか…ありえない。き、聞き間違いかしら?


「ヴィクトール様、もしや流行り病に罹り熱でもあるのでは?すぐに薬師を呼びますわね」


私はテーブルから立ち上がり、温室の端に控えた使用人に向かい合図を出そうとした。だが、ヴィクトールはその動きを制する。


「私は熱などないよ、クルエル嬢」

「そうかしら?」

「そうだよ。さあ、座ってくれ」

「………」


私は黙って椅子に座ると、目の前のヴィクトールを見つめた。ヴィクトールはエルンスト伯爵家の次男で、王国騎士団の副団長である。王位継承者のレオンドール・ヴァルフォールとも親しい。


侯爵家の一人娘の婿として申し分ない。それは、ヴィクトールとて同じはず。私と結婚すれば侯爵家次期当主の座が得られる…その私を振るってどういうことなの!?


「ヴィクトール様、私は今年20歳になります。婚姻をするには少し薹が立っていますが、それは…貴方が騎士団の副団長になるまで待って欲しいと仰ったからです」


「確かに…そう頼んだね」


「待たせた末にこの扱いとは…貴方はメルディシア侯爵家に何か恨みでもあるのかしら?それとも、婚約解消はエルンスト伯爵家の意向ですか、ヴィクトール様?」


ティータイムが台無しだ。


紅茶を飲もうとティーカップの取っ手に触れたが、手が震えてカチャリと音が鳴る。これ以上無様な姿を見せたくなくて、両手を膝に置いてぎゅっと握った。


「クルエル嬢、私が婚約解消を望むのは個人的な願いでエルンスト伯爵家は関係ないんだ」


「では、婚約解消を望む理由は何ですか?お好きな方でもできたのかしら?もしそうなら、私に紹介していただきたいわ…ヴィクトール様」


侯爵家の一人娘がどんな女に負けるって言うの?王女?王女様くらいよね?でも、我が国の王女様はまだ5歳!無理よね。無理でしょ!


「っ!」


まって、まさか…前世でよく流行った乙女ゲームの展開なんてことはないよね?


「男爵令嬢なの!?」

「え?」


「お相手は男爵令嬢なんてことはありませんよね、ヴィクトール様!もしも、そうなら私は貴方とその令嬢をっ!」


ヴィクトール様と男爵令嬢を…私はどうするつもりなの?身分を活かして潰しにかかる?駄目だ!このままじゃ、私は乙女ゲームの悪役令嬢じゃないの!


「私が想っている方は貴女だけです、クルエル嬢」


「そうよね。貴方がお好きなのはクルエル…ん、それって私なんですけど?え、男爵令嬢はどうしたの?」


「私は浮気などしません」

「そうなの?」

「そうです」

「なのに婚約解消したいの?」


私が問うとヴィクトールは困った表情を浮かべて言葉を紡ぐ。


「もしも貴女の夫になれば…私は貴女を邸に幽閉しなければなりません。愛しい人が異端審問に掛けられるなど、私には耐えられないのです、クルエル嬢」


ヴィクトールは切々と想いを告げるが…ちょっと待って!異端審問ってなに?


え、まさか?

あの秘密がバレたんじゃ…?


「私は異端審問に掛けられるような事はしていないわ。でも、ヴィクトール様が何を疑っているのかは興味がある…仰って」


ヴィクトールは真剣な表情で私を見てきた。美しい翠色の瞳が私の秘密を暴こうと射抜く。


「クルエル嬢の禁書庫を見ました」

「ん~~っ!?」


「禁書庫の中には…決して世には出せない禁書がぎっしりと」


「待って!!」


私は立ち上がって叫んでいた。温室の端に控える使用人に合図を送り人払いする。温室の中でヴィクトールとふたりきりになると、私は彼の横に歩みより耳元で囁いた。


「禁書を読みましたか?」

「…読みました」


「一応確認しますが…内容を教えて下さいますか?」


不意にヴィクトールが目を閉じる。長い睫毛が僅かに震えたあと、決意を込めて目を開く。そして、言葉を紡いだ。


「男同士が愛を囁きあい情を交わしていました」


「ふふふ、腐っ…」


「男性同士の色恋は神により禁じられています。貴女は…なんと罪深い禁書をお持ちなのですか。それもあれほど沢山の書物を」


ヴィクトールに身を寄せた私は呟いていた。


「前世からの趣味ですの」

「!」


「ヴィクトール様には分かっていただきたいわ。前世を懐かしむ心があの禁書庫を望んだのですっ、ん!」


ヴィクトールは突然立ち上がると私を抱きしめた。いやいや、どうなってるの?婚約解消を求めてきた貴方がなぜ私を抱きしめてるのよ?


「貴女は悪魔に取り憑かれているのです!知り合いの司教に大金を積み秘密裏に悪魔祓いをしましょう、クルエル嬢!」


ヴィクトールは私の頰を両手で包み込むと、翠色の瞳で見つめてくる。なんて整った顔なのかしら。素晴らしい「攻め」顔だ。


「ヴィクトール様、私に悪魔などついていませんわ。前世ではごくありふれた趣味だったのです。BLやボーイズラブと呼ばれて本屋には沢山のエロいBL書籍が山のようにありまして、腐女子はよだれを垂らすばかりの」


BLの素晴らしさをヴィクトールに説明するが、BLが素晴らしすぎて想いが伝わらない。説明にはせめて1日は欲しい。


「前世などありません!それは邪教の考え方ですよ、クルエル嬢。人は死ぬば神の導きにより天に赴くのです。万一前世があったとしても、男性同士が睦み合う書物が氾濫する世の中など…そこは地獄です」


ほら~、やっぱりBLの素晴らしさは1日掛けないと伝わらないのよ。専属筆師のセラフィム・ド・カリエラの様に柔軟な思考の人間はいないのね。


「私の趣味については話し合いで解決しましょう。それよりも、ヴィクトール様はどうして私の禁書庫をご覧になったのですか?あそこは邸の者も知らないのに…どうして?」


不意にヴィクトールが苦々しそうに唇を噛む。そして、苦しそうに言葉を漏らした。


「セラフィム・ド・カリエラに」

「あの者が漏らしたのですか!」


「あの者の喉元に剣をあてがい聞き出しました。貴女と彼の関係を」


「えっ!?脅したんですか?」


ヴィクトールは王立騎士団の副団長だが、乱暴な人間ではなく紳士的だ。その彼がセラフィムに剣を向けるとは…。


「嫉妬したのです」

「え?」


「貴女は元囚人であるセラフィム殿を従者として雇い親しく接している。その様なことを婚約者の私が許せると思いますか、クルエル嬢?」


「…ヴィクトール様は私を愛しておいでなの?婚約解消を望みながら」


不意にヴィクトールにキスをされた。唇が触れ合い頬が熱くなる。ヴィクトールに初めてキスされた…現世での初めてのキス。


「んっ…」


腰から力が抜けそうになると、ヴィクトールが体を支えてくれた。温室の花々の花弁が舞い散って頭上から降ってくる。なんて甘美なキスなの。


「もっと花弁を散らそうか、お嬢様?」


背後から聞こえた声にびっくりして、私はヴィクトールから身を離そうとした。唇は離れたが重なった身は離れない。


「ヴィクトール様」

「離しません、クルエル嬢」


独占欲!

これぞ、男の独占欲!


「い、いけませんわ」

「いいえ、このままで」


ヴィクトールがかっこいい。こんなに強引だったなんて!でも、でも!


「セラフィム・ド・カリエラ!」

「はい、クルエル様」


「ヴィクトール様に禁書庫の秘密を話したのは貴方の失態です。今すぐに我が婚約者を制圧して拘束しなさい」


「なっ!」


ヴィクトールは驚きの表情を浮かべたが、私はにやりと笑って彼に抱きつき動きを制する。紳士の彼は愛する人をぶん投げたりはしないはず!


「おやめください、クルエル嬢」


「ごめんなさい、ヴィクトール様。私の趣味を知った以上、このまま帰せませんわ。」


「クルエル嬢!」


「私の夫には是非とも腐女子の趣味を理解して頂かねばなりません。洗脳してでも。セラフィム!」


BL書きの専属筆師セラフィムが軽やかな動きでヴィクトールの背後に回る。ヴィクトールは不意に私を抱き上げると前方にジャンプしてセラフィムの攻撃を避けた。


「はい、油断大敵!」

「え?」


ヴィクトールの警戒はセラフィムに向けられ、私の動きを把握していなかった。彼の口元にナイトシェードリリィの花粉を忍ばせたハンカチをあてがう。


「うっ…クルエル嬢」


「おやすみなさい、ヴィクトール様。次に目覚める時は禁書庫の中ですわ。そこで何日でもBLの素晴らしさをお話します。私の未来の旦那様」


「うっ…」


ヴィクトールは温室の床に倒れ込みながらも、私を抱き込み衝撃から守ってくれた。床に倒れたヴィクトールの胸に耳をあてがい心音を確認する。温かく柔らかい鼓動が耳を打つ。


「心音に異常なしね」

「クルエル様は容赦ないなぁ」


セラフィムは床にしゃがむ私に手を伸ばしたが、その手を取らずに問い返す。


「だって、このまま婚約解消なんて嫌だもの。なんとか私の趣味を理解して貰うわ。それより、貴方はどうして禁書庫から出てきたの?今は執筆の時間のはずでしょ?」


セラフィムは僅かに瞳を揺らしすると、にやりと笑って口を開いた。


「専属筆師は奴隷じゃないだろ?自由に執筆の時間を選ばせろよ」


「それもそうね」


「それに、雇い主のクルエル様がいよいよプロポーズされるなら…貴女の為に書き上げるBL小説のワンシーンに、温室の告白場面を書き加えようと思ってね」


私はセラフィムの手を掴むと床から立ち上がった。そして、彼に身を寄せて迫る。


「温室の告白!いいわね!気になる~!どんな話?早くBL小説を書き上げて。私が製本して仕上げるから。また一冊コレクションが増えるわ。」


「禁書がまた増えるねぇ~」


「禁書じゃないけどね…禁書って呼び方は好きだけど。さて、セラフィム。私の将来の夫を禁書庫に連れ込むわよ。洗脳するのが楽しみ!」


「うわぁ、ヴィクトール様…可哀想。すごく可哀想。洗脳に失敗して死ねばいいのに。あー、可哀想」


私は眉を潜めてセラフィムの肩を叩く。


「ちょっと、私の夫を勝手に殺さないでよ。洗脳に失敗するわけないでしょ。腐女子の洗脳能力を舐めないで。さ、運ぶわよ。貴方は足を持ちなさい」


「馬鹿ですか?俺が担いでいくから、あんたは手を出さない」


黒い瞳で顔を覗かれてドキリとして視線をそらす。


「わ、わかったわよ」

「よろしい」


セラフィムは自分よりもガタイの良いヴィクトールを軽々と肩に抱き上げる。ヴィクトールの綺麗な金髪が少し乱れてたので、手で梳いて整える。


婚約解消騒動からとんでもない方向に事態は転がったけど…まあ、前向きに考えよう。


私は温室の奥に進み、隠し扉がある床に座り込んだ。禁書庫は温室の隠し扉の地下に広がっている。


先々代の当主が某国と内通して反乱の計画を企てた地下室だったが、その某国も隣国に攻められて「亡国」となり地下室の使い道がなくなった。


なので、今は平和なBL本を収納する私だけの地下室になっている。


「ふふふ、ヴィクトール様に読ませるファーストBL本はどれにしようかな~」


「…妄想してないで早く扉を開けてくれる、お嬢様?」


セラフィムに急かされて、私は禁書庫の扉に鍵を差し込んだ。



秘密の部屋にようこそ!




End

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