第1話
僕は今、変わった扉の前に立っている。この先には依頼先の世界が広がっているらしい。どこかの建物の中に通じているのか、それとも、宙に浮いた扉だけがぽつんと存在しているのか。
慣れない冒険者風の服が気になって、つい裾を引っ張ってしまう。まだ数十分しか着ていないのに、何度目だろう。この服は、防刃性能が高い特注品らしいけど、どうにもコスプレ感が拭えない。僕がそうやってもぞもぞしている間、他のメンバー――係長、リラ姉さん、フテラ、ランフォス――は落ち着いている。いや、ランフォスだけは少し緊張しているみたいだ。でも、その瞳は好奇心で輝いている。
「ほら、開けてみなよ。東くんの門出なんだから。」
係長が眼鏡越しに軽くウインクをしてくる。その仕草に勇気づけられた僕は、大きく深呼吸をしてドアノブに手を伸ばした――と、その瞬間、背中を軽く叩かれる。
「そんなにとろとろしてると、早々に死ぬぞ。」
その軽口を叩いたランフォスに、すかさずリラ姉さんの拳骨が飛ぶ。
「東の初仕事なんだから、少しは見守りなさいよ。それに緊張してるのはあんたも……いや、なんでもないわ。」
僕は自分の考えを振り払うように深呼吸をし、「よし」と口に出してドアノブを掴む。そして、ひねると、重い音が響いた。その音はどこか現実味がなくて、それが緊張のせいなのか、それとも好奇心のせいなのか、自分でもよく分からなかった。
扉の先に広がっていたのは、まるで絵画のような景色だった。見晴らしのいい崖の上。周囲をぐるりと囲む深い森。そして、その下には緑豊かな平原が広がり、遠くには高い壁に囲まれた城と、その城下町が見える。もしこれがオープンワールド系ゲームの世界なら、「撮影ポイント」が必ず設置されるような場所だ。僕はしばらくその光景に目を奪われた。
「異世界って感じがすごいですね。ここ、本当にすごい……」
僕がそう呟くと、係長が崖の端まで歩き、スーツの裾をなびかせながら振り返る。
「どう?東くん。初めての異世界の空気は。」
風が吹き抜けて、係長の髪が揺れる。彼の表情には余裕と自信が溢れていて、僕はただ「慣れてるな」と思うばかりだった。
「これが当たり前になっていくのかと思うと、不思議です。でも……わくわくします。これから頑張らなきゃって。」
僕の言葉に、係長は満足そうに頷いて見せる。
「いい意気だね。でもさ、もっと肩の力を抜いていいんだよ。アットホームな感じで行こう。もちろん、リュカくんほど馴れ馴れしくする必要はないけどさ。ほら、家族みたいに。」
係長がそう言った時、ふと「家族」という言葉から様々な記憶が頭の中をよぎった。
僕には家族がいない。僕が死んだせいでいないんじゃない。中学生の頃、僕の家族は事件で殺されてしまったんだ。それも、僕の家出のせいだった。僕が返ってきたときのために玄関の鍵を開けておいた母の優しさが、僕から家族を永遠に奪ってしまった――。
そんな思考が心を覆い始めた時、係長が僕の顔を覗き込んで言った。
「なーに?もしかして、自分が家族を持つ資格なんてないって思ってる?」
その言葉に、僕は何も言えなかった。係長は構わず続ける。
「大丈夫大丈夫。ゆっくりでいいよ。ただ、困ったら僕らを頼ってよね。」
親指を立てて見せる係長の姿に、胸の奥が少しだけ温かくなったような気がした。その時、上空から声がした。
「いい感じのとこ、悪いけど――」
羽ばたき音と共に現れたのは、グリフォン姿のリラ姉さんだった。彼女は軽やかに地上に降り立つと、光の粒子が舞い、茶色の羽が溶け込むように消える。次の瞬間、そこにはいつもの人間の姿のリラ姉さんが立っていた。
「付近を偵察してきたわ。いい知らせが二つ、悪い知らせが一つある。」
指で1つ、2つと数字を示しながら、彼女の眉間に皺が寄る。
「せかい」は誰が救うのか 鹿山紅葉 @sika_to_momiji
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