第9話


 男はまっすぐ家に帰ると廊下の中ほどでしゃがみこみ、古い家屋の柱に残された二人兄妹の背比べの傷跡を懐かしむようにそっと撫でた。


 そして男自身の全財産を詰めた黒いリュックと、母と妹の遺品を全て詰め込んだ小ぶりのグレーのボストンバッグを肩にかけて家を出た。鍵を不動産会社に渡すとその足で最寄り駅に向かった。


 男はICカードで改札をくぐってすぐ、人混みに紛れて一年前と同じように姿を消した。


 その顔には大粒の涙と、笑顔が溢れていた。

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ニゲラ こーの新 @Arata-K

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