第8話
夏の強い日差しが一年ぶりに帰ってきて数日。海辺の街で教会の鐘が騒々しく鳴り響く中を歩く、着古した黒いスラックスに白いカッターシャツ姿の男。男は鬱陶しそうに教会の方を見ると、丁度出てきた新郎新婦の姿を食い入るように見つめた。
フラフラとした足取りのまま教会の方に歩を進めると、参列者たちの後方にある植え込みの陰からこっそりと二人の姿を覗き込んだ。
新郎の胸元に刺された一輪の御空色の花、そして新婦が持つ同じ花で作られたウエディングブーケを目にした男は静かに目を閉じた。
植え込みの前に立つ三人の気位の高そうな婦人たちも、新郎新婦を祝うというよりは端で噂話に盛り上がっているだけのようで、誰もこちらには目を向けたがらない。
「相変わらず美男美女ですこと」
濃い紫のスパンコール付きのタイトドレスに紫ベースの化粧が無駄に濃い婦人は嫌味ったらしく、笑いを含んだ物言いをする。しかし隣の緑色のチュールドレスを纏ったふくよかな婦人はそんな様子を気にすることなく微笑んだ。
「お似合いの夫婦ですわね」
「でも、政略結婚なんでしょう?」
ラベンダー色の大人しいチュールドレスを着た巻き髪の清楚そうな、しかし目には人を小馬鹿にするような色を見せる婦人が表情は笑ったまま、紫の婦人に問いかける。
濃い紫の婦人は満足そうに笑って羽のついた扇子で口元を覆った。
「そりゃあね。でもいいじゃない。城ヶ崎さんは親子揃って社長でお金持ちですし、久世ホテルもこの結婚のおかげで財政的な立て直しができたんですから。ただまあここだけの話、お二人とも本命がいたらしいですけど」
「そうなんですの?」
「ええ。なんでも、城ヶ崎さんは高校からの同級生だった方で、ずっと支援をしていたと聞きますわ。沙霧さんの方はいわゆるひと夏の恋ってやつらしいですけれど、半年くらいはその方を探し回っていらっしゃったとか」
濃い紫の婦人とラベンダーの婦人が扇子の影でニヤニヤ笑いながら、新郎新婦をチラチラと伺う。
「まあ、お二人とも一途ですのね」
やっぱりそんな様子には我関せず、緑の婦人はのんびりとした口調のまま新郎新婦に拍手を送る。
「でも、婚約発表をしてもなお探していたなんて、ねえ?」
「嫌だわぁ」
小さいとはいえ、嫌な笑い声を上げる二人を一瞥した緑の婦人は静かに二人の傍を離れ、夫であろう男の隣に肩を寄せた。
婦人たちの会話の一部始終が聞こえていたであろう男は、静かにその場を離れた。
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