第17話 秘密漏洩
「那津、上手くやっているかなあ。」
2月、まだ寒い空の下。
花乃は遠回りしながらお目当ての店へと向かっていた。
なるべく時間をかけていこう。
そう思っていた。
「あれえ。花乃さんじゃないですかあ。」
間伸びした聞き覚えのある声が、花乃の名を呼ぶ。
花乃は声のする方を向いた。
「やっぱりい。何してるんですかあ。」
相川さんだ。
最初に会った時はオフィスカジュアルな服を着ていたが、私服は結構派手らしい。
寒いと言うのに露出の多い服を着ていた。
メガネもかけておらず、化粧もばっちりしている。
印象があまりにも違ったので、花乃は最初誰だかわからなかった。
「相川さん……。」
「ふふ。1ヶ月ぶりですねえ。」
「そうですね。」
「お一人なんですかあ?」
「あ。那津は向こうに……。」
「ふうん……。」
花乃が指さした方を相川は見た。見える場所に那津がいないことを確認すると、相川はゆっくり、ゆっくりと花乃の方へと歩み寄っていく。
「ねえ、花乃さん。」
相川はにっこりと穏やかに笑った。
その笑顔の裏が、全く読めない。
「お家にお邪魔した時、花乃さんと濱咲先輩ってば辿々しくて全然夫婦っぽくなかったんですけどお。」
相川の突き刺さるような視線が、痛い。
「お2人って本当に夫婦ですかあ?」
大きく鼓動が脈打つ。
汗が止まらない。
そんなにわかりやすかったのだろうか。
ふと思い返してみると、確かにあの時はちぐはぐで、夫婦らしくなかったと思う。
「あ。安心して下さい。多分私くらいしか気付いてないんでえ。」
そう言って、相川はくすくすと笑った。
どうも相川に揶揄われているようで、花乃は心をもやもやさせた。
「私、人間観察が趣味で、そこそこ人を見る目には自信あるんですよお。」
そう言えば小説家だと言っていた。
「だからお2人の様子がなんか違うなあ、て。思ったんですう。」
「それで。花乃さんは、濱咲先輩のこと、どう思ってるんですかあ。」
「え……と。」
「どうせ濱咲先輩のことですから、契約書とか作ってそこに恋愛感情は入れない、とか言う項目作ってるんでしょ。だから、花乃さんは、本当は濱咲先輩のこと、好きなのに言えないんでしょ。」
「私は……。」
言えない。
認めたくない。
そんな思いにぐるぐると取り憑かれて、身動き取れなくなっていく。
そんな花乃の様子を、相川はじっと観察していた。
そして、少し自慢げに話し始めた。
「私、濱咲先輩と付き合ってたんです。」
「え!」
衝撃の事実に、花乃は思わず大声で叫んだ。
葉月一筋の那津が別の人と付き合っている姿が全く想像できない。しかし、さっきも店の中で女性たちから熱い視線を送られていた。それを思い出した花乃は、自分が知らないだけで、那津にそういう相手がいてもおかしくないと気付く。
「元カノってやつですう」
ニヤニヤと勝ち誇ったように笑う相川。
ーーお姉ちゃんの次くらいには、那津に好かれていると思ってたのに。
黒く燻る心の中のもやを一生懸命取り払って、笑顔を作る。
「そう、なんですね。」
しかし、上手く笑顔を作れなかった。
きっと引き立った笑顔になっているに違いない。
「でも私、まだ濱咲先輩のこと、好きです。」
相川ははっきりと宣言した。
その真っ直ぐな言葉は、花乃の心を突き刺した。
ーー私も、このくらい真っ直ぐに伝えられたらいいのに。
葉月のことを知っているからこそ、
那津の想いを知っているからこそ、
花乃は積極的になれなかった。
ーーいや。違うなあ。
花乃はただ、積極的になる勇気がないだけなのだ。
何かと言い訳して、尻込みしているだけ。
ーーああ。なんて自分は臆病なんだろう。
花乃はそんな自分が嫌になって自己嫌悪になっていく。
「濱咲先輩もお、なんで契約結婚を元カノじゃなくて幼なじみに言っちゃうんですかねえ。私の方が怪しまれないと思いません?」
「そうかも……ね。」
確かに、と花乃は思った。
きっとお酒の勢いでここまで来ただけで、それがなければ花乃は那津と結婚することなんてなかったと思う。
「だからあ、私は花乃さんと濱咲先輩のその契約、早く終わって欲しいな、て思うんですう。次は私が、濱咲先輩とその契約結びたいんです。」
「……。」
花乃は、たまたま那津の幼馴染みで、たまたまお酒の勢いとタイミングで結婚することになっただけ。
たまたま那津の気が向いて、契約書を作ったことから始まったこのままごとのような結婚は、相手が花乃である必要はないのだ。
「変更契約ってやつですよ。私、書類作って濱咲先輩に提案しちゃおうかな?」
やめて。
たった一言だけれど、それを言う権利は花乃にはなかった。
第三条二項
恋愛感情による独占はしない。
その契約内容が、花乃の首をどんどんとしめていくのだった。
私と彼の結婚4箇条 友斗さと @tomotosato
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