往復70年

【これからメアド晒すから連絡してくれ】

【できる限り会いに行く】

[合言葉決めとこうぜ]

[いいじゃん]

[フォーエバースタイルみたいなやつ]

[一番ダサいこと言った奴が優勝な]



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


七月二日


 退職は一か月前に済ませてある。少し時間をかけてやらなければならないことがあった。

 まず家を片づけなければならなかった。引っ越しをすると周りには話してあるが実際には違うことを知る人は少ない。受け取ってくれる相手も運ぶ先も無いので少しずつ不要な物をリサイクルショップに売りに出したり処分をしたりと進めていた。もともと持ち物は少なかったのでそれほど大変なこともなかったのだけれど。


[PCは持って行かないで当時のを使った方がいいよ。ムカつくから]

[スマホの充電器は持って行け。電波が無いって言ってたやつもいるけどカメラに使えるし音楽も聴けるぞ]

[ボイスレコーダーにもなるな]

[あんまり酷使しないようにな、機種変できないから]

【ニキ達ありがとう!】

【参考になるよ】

[プレステは持って行け。通信できなくても使える]

【持って行く!ありがとう】

 

 高校を卒業してから二十五歳になる現在まで地元の企業で働いていた。事務用品を扱う会社で、取引先に出向いてコピー機を直したり受注した文房具を届けたりしてもう7年目になる。入社した時にはこんなに続くとは思っていなかった。人と組んで何かをしなければならないと言われたら続かなかったかもしれない。良い人が多いけれど合わない人だって勿論いる。最初の頃は仕事を教えてもらうのに先輩や社長と同行することが多かったけれど、慣れれば車を運転して自分の仕事をするだけになった。移動するのは気分転換になるし自由な時間が多い。七十歳を過ぎた社長が現役どころか先頭に立っているのも「自分も頑張らなければ」と思わせた。大きな会社ではないが働きやすい環境だったと思う。車の免許も入社前に取得させてもらった。社長のことは本当に尊敬しているし、言葉では言い尽くせないほど感謝している。



「長い間お世話になりました」


 深く頭を下げた。よく見えなかったけれど社長も同じように下げてくれていたようだ。


「また働きたくなったら戻っておいでよ。35年前にはもう会社やってるから」

「あ、そうですね」


 社長は鳥海社長から話を聞いていたんだそうだ。なんなら僕よりも早く知っていたかと思われる。


「ヘッドハンテングって言うんだろ?」

「言うんですかね?」


 少し違うような気もするが、おかげで円満に退社できることになったことには間違いない。これまで生きていて会社を辞めたことも辞めようと思ったことも無かったから、こんな日が来るとも当然思っていなかった。


「寂しいです」

「寂しいなあ。でも夏海くんは若い頃の俺に会えるんだぞ」


 言われてみればそうなのだ。それはつまり、僕が去ったこの時代には僕はなくて、居るのは35歳年を取った僕が現れるということになる。


「お母さんのことは上手く誤魔化しておくから心配しないで」

「言い方が最悪ですけど、よろしくお願いします」

「はいはい、了解した!頑張って行ってこい!」


 母さんには仕事で僻地へ行くことになったと伝えてある。予想外に真に受けてくれたのだが、それにより少し不安になる部分もあった。後は社長達がしなにしてくれるだろう。



********************


 週末の駅前で、僕を見つけて友人が片手を上げた。僕も同じようにして返した。


「どうしたんだよ、話がしたいなんて」

「そのまんまの意味だよ」


 現代で過ごす最後の一ヶ月、土曜日に高校時代の友人を何人か呼び出していた。本当のことなんて言えないけれど別れの挨拶はしておきたかったのだ。ぽつりぽつりと集まって四人で予約していた焼き鳥屋に入った。僕たちが焼き鳥屋と呼んでいるだけで本当は鍋のお店なのだが、七月に鍋は厳しい。焼き鳥が美味しいのと個室で喫煙者にも優しいので四人で飲もうということになった時には利用することが多かった。


「仕事どうだ?」

「まあまあ」

「改まって話なんかしようとしたそうなるよな」

「的確なことを言う」

「改まった話なんて知らない人とするもんだよな」


 ハッとした。この同級生は昔から鋭く、本当に的確なことを言う。


「俺ら知り合いだろ、夏海」

「・・・実はさ、来月から仕事で遠くに行くことになったんだ」

「何フラグだよ、やめろよ」

「遠くって何処だよ?」

「色んなとこに行くみたい。九州とか東北とか、その時によって」

 

 これは嘘ではない。仕事であることを強調してしまえば余計心配をかける気がしたのでそれ以上は言わないでおくことにした。うっかり口を滑らさないとも限らない。僕は酔っ払った自分が信用できなかった。



「ふうん」

「会っておきたかったんだ」

「嬉しいじゃん」

「唐辛子ちょうだい」


 彼らはバカではないから、きっと概ねが嘘だということはバレていると思う。それでも騙されたふりをしてくれているのが解る。騙しているのも申し訳ないが今は優しさに甘えようと決めている。


「あいつの彼女見たかよ?キラーリカントだったぜ?」

「強そうすぎるんだよ」

「言い切ったらダメだろ、せめて“みたいだった”って言おうぜ」

「大サソリくらいかと思ってたのにな」

「ちゃんと帰って来いよ」

「うん」


 嘘を重ねてしまって更に申し訳なくなった。さりげない優しさにも弱いのだと自分でも忘れていた。


「おい、泣くなよ!」

「だって」

「ナッツかわいい」


 最後の再会は楽しかった。このメンバーが集まると知った時の「今日は死ぬほど笑うだろうな」という予感は毎回的中する。だから最後だとわかっている今日の別れ際は寂しくて堪らなくなった。また泣いてしまいそうになってしまって、かといって僕は鳥海社長の依頼を受けたことに後悔なんて微塵みじんもしていない。


「またな」

「―――じゃあね」


 もう嘘はつきたくなくて「またな」とは言えなかった。僕は駅とデパートを繋ぐ橋の上に立ったまま三人が別々に歩いてゆくのを見送った。高校生の時に僕は進学しないことが決まっていて、大学に進学する彼らとは疎遠になると思っていた。劣等感もあった。それでも変わらずに接してくれた愛しき友人たち。何一つ詳しくは話せなかったけれど僕は君たちの知らない世界へ旅立つんだ。もしまた会うことがあっても、それは君たちよりも三十五歳も年上の知らないおじさんだ。気付いてもらえることも、こちらから声をかけることもできなくなるだろう。最後まで僕と友達でいてくれてありがとう。さよなら、ありがとう、楽しかったよ。卒業式でもこんなに泣かなかったよな。路地裏にしゃがみ込んでしばらくそうしていた。きっと酔っ払いが飲みすぎて具合が悪くなっている、自業自得であると思われて通行人は誰も声をかけて来なかった。気が済むまで泣くことができたからそれでよかった。嘘を吐いた理由が「どうせもう会わないから」だと思われていないかだけが気がかりだ。35年前に戻って、また35年経った今日が来たら聞いてみようか。往復70年かかる長い旅だ。でももう動き始めている。


 鳥海社長のところの運び屋さんが買い物や病院までの送り迎えをしてくれる見守りサービスが先週から既に始まっている。電話で話しただけだが、母さんは親切にしてもらってとても喜んでいた。母さんには会わないで行こうと決めている。


 頼んでいた通りスレッドは落ちていなかった。頼みを聞いてもらったからには僕も応えなければなるまい。



[そのスレ見た時から思ってたんだけど、その時の1と俺知り合いだわ]

[マジかよw]

[どんな人?]

[詳しくは言えないけど、そういうことする人なんだよ]

[釣りだと思ってるやついるかもしれないけど、この>1はガチで35年前に行くぞ]

[そこを詳しく]

【Ⅽさんですか?】

[おい当てんなw]

[Cさん優しそう]

[知り合いwwwww]

[Cさん、ちぃーっす!]

[胸がアツイな]

【Cさんは優しいよ。内藤みたいにかっこよくてメチャクチャ強いんだ】


 

 さあ、これからおまえらに会いに行くからな。よろしくお願いします。

 













🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼


 ここまでお読みいただきありがとうございます。


“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。

 一番ダサいことを言った方が優勝です。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る