第11話 君を守りたい

 授業が始まって3日程が経った。


 同級生の顔と名前は少しずつ憶えてきたけど、まだ積極的に話しかけることはできていない。


 女子からは結構話しかけられるんだけど、小学校で女子全員を敵に回してしまった経験から、どうも同年代の女子と話すのは緊張してしまう。


 梨沙姉や夏月みたいに、それより前から友達だった女の子には、全然そんなこと無いんだけど。


 さて、群雲高校では入学後一週間は部活勧誘期間だ。

 部室も解放されているし、何なら有力者の元にはスカウトも来る。


 だが、困惑してしまうのは、やたらスカウトが来るのだ。俺のところに。

 しかも体育会系、文科系問わずである。


 中学校で何か部活やって華々しい成績を上げていたとかなら、その分野のスカウトが来るのはわかる。


 だけど、絶賛帰宅部だった俺のところにスカウトが来るのは、どう考えてもおかしいだろう。


 首をかしげていたら、後ろから笑い声と共に声を掛けられた。


「大人気だな」


「ええと、君は芳澤……君?」


「ああ、芳澤拓海だ。よろしくな」


 そう言いながら、いたずらっぽい仕草でウィンクして見せる。


 無造作なショートヘアが精悍さを醸し出す、かなりの爽やか系イケメン。

 均整の取れた身体は、何かスポーツをしてきたんだろうと感じさせる。


「芳澤君は、何かスポーツやってるの?」


「サッカーをやってる。小学生の時からな」


「じゃあ、サッカー部に?」


「ああ、もう入学初日に入部届を出しているよ」


 そう言えば自己紹介の時にそんなこと言ってたなと思いつつ、話しかけてきた意図を図りかねて聞いてみると、苦笑していた。


「あのスカウト連中には気をつけろと言いたくてな」


「気をつけろ?」


「あいつら、お前を入部させれば、春日先輩とお近づきになれるって思ってるんだよ」


「はぁ?」


「いや、部活に参加してたら、近くの別の部の奴が話しているのが聞こえてきてな。お前が入部したら春日先輩がマネージャーになってくれるんじゃないかとか、聞くに堪えなくてな」


「……」


「春日先輩って、部活どこも入ってないだろう? 告白する奴は全滅だし。だから何とかして伝手が欲しいってことだろうな」


「……『将を射んと欲すれば』にしても回りくどすぎるだろ」


「まったくだな」


 スカウトが俺のところに来る、あまりの下らない理由に呆れつつ、では、自分は何か部活をやるべきなのだろうかと考える。


 中学の時は孤立して部活に入るどころでは無かった。


 しかし、高校ではそんな過去は忘れて、部活で青春を謳歌してもよいのではないか? スポーツで汗を流すでも良し、文科系の部でみんなとわいわい語り合うのも良し。


 学園物の漫画やラノベなどでは、部活に入ってライバルと高め合い、同じ部の女の子と仲良くなって、合宿でドキドキ……なんて、王道の展開では無いか。


 だけど、じゃあ自分が入部してまで打ち込みたい何か、があるかと言えば、何も思いつかない。


「ねえ、芳澤君」


「拓海でいいよ」


「え?」


「芳澤君なんて呼ばれるの、くすぐったいからよ。俺も了って呼んでいいか?」


「え、あ、うん、それはもちろん」


「決まりだな、了!」


 ニカっと笑って親指を立ててくる。


 ああ、いいなあと思う。また、みんなとこういう関係を築けるようになったんだ、という思いと共に、親指を立てて返事を返した。


「それでさ、拓海」


「何?」


「拓海はどうしてサッカー部に入ろうと思ったの?」


「いきなりだな。そもそも考えたことも無いぞ。小学校のころからやってるし。……まあ、あえて言えば、かっこいいから、かな?」


「かっこいい? それだけ?」


「部活に入る理由なんて、そんなもんでいいんだって。小難しく考える必要なんかねえよ」


 そうなのか。


 まあ、確かに高校の部活に青春の全てをかけるという人も、ただエンジョイしたいという人も、どちらもあっていいのだろう。どちらが正解と言う話では無い。


 ふと向けた視線の先では、夏月がちょうど教室に入ってきたところ。視線が合ったので聞いてみる。


「なあ、彩名さん」


「何、高科君」


「彩名さんは部活入るの?」


「ええ、文芸部に入るつもり」


「そうか。彩名さん、詩とか小説とか得意だったもんね。今度また見せてよ」


「え、ええ、また今度ね」


 ん? 何となくはぐらかされた感じがしないでも無いが、まあいいだろう。


 と、思ってたら、後ろから拓海がガシッと組みついて来た。


「仲いいんだな。そう言や、初日に声かけられてたし、付き合ってんのか?」


 ニヤニヤ笑いながら聞いてくる。

 茶化す感じでは無い。純粋に友達としてのじゃれ合いだろう。


「そんなんじゃ無いよ。彩名さんとは小学校の時、一緒だったんだよ」


「そうか」


「何? 拓海の方こそ彩名さんを狙ってるとか?」


 お返しとばかりに、冷やかすように聞いてみる。

 しかし、その問いに拓海は一瞬、顔を歪めた。本当に一瞬で、すぐに元に戻ったけど。


「ちげーよ。今は恋愛とかするつもりは無いしな」


 そうなのか、と思いつつ、では「かっこいいから」という入部理由は何なのだろう。


「さっき、かっこいいからサッカー部に入ったって言ってたけど、それって女の子にもてたいと言うのとは違うの?」


「あー、ちょっと違うな。かっこいいからってのは、自分で自分をかっこいいと思えるかって話だし」


 なるほどなあ。その考えはちょっと理解できるかも。


 ──と、思ったところで、近くの席で雑談していた女子二人組が声をかけてきた。


「何々、恋バナ?」

「芳澤君、彼女いないの?」


 いきなりの問いに、拓海も苦笑している。


「今は恋愛するつもりは無いって言ってただろ」


「えー、もったいない」

「ねー、芳澤君かっこいいのに」


 重ねられる黄色い声に、拓海の方は苦笑いしている。いや、イケメンも大変だな。


「それじゃあ、高科君はどうなの?」

「高科君は彼女いないの?」


「え、俺?」


 いきなりの被弾にしどろもどろになってしまうが、そんなことお構いなしに、彼女たちは興味津々といった様子で聞いてくる。


「実はやっぱり春日先輩と付き合ってたり?」


「は?」


 困惑してしまう。あれだけ従姉妹だって説明しているのに、まだ誤解されてるのか?


「違うよ。前にも言ったように梨沙姉は従姉妹だ。だいたい俺に彼女なんかいないよ」


「「そうなんだ!」」


 ──いや、俺に彼女いなかったら何でお前らが嬉しそうなんだよ。


 彼女たちは更に踏み込んできそうな勢いだったが、それは教室に入って来たナナ先生の声で遮られた。


「おい、お前ら、授業始まるぞ。おしゃべりは止めてさっさと席に戻れ!」


 その声に女子二人組が「やっば、ナナ先だ」と言って急いで席に戻る。俺は拓海と頷き合うと、教科書に視線を落とすのだった。






 放課後、校門へと急ぐ。

 そこに待つのは美しい少女。


 門柱に背を預け、スマホに目を落としている。

 ただ、それだけなのに、そこは、まるで別の世界。静謐が形をとって現実に相を重ねている、そんな錯覚を覚える。

 家路を急ぐ生徒たちも皆、チラチラと視線を向けていた。


 見惚れていると、こちらに気づいたのか、ふわりと柔らかな笑みを浮かべて手を振って来る。周り中に、その笑顔に中てられた被害者が続出してるけど。


「梨沙姉、待った?」


「ううん、大丈夫。帰ろ、了君」


 二人並んで歩きだす。誤解を招かないよう、近過ぎず、離れ過ぎず、一定の距離を保って。

 桜色から緑へと色を変えつつあるアーチの下を。


「ねえ、梨沙姉」


「なあに、了君」


 遊歩道の中ほどまで来たところで話しかける。

 梨沙姉には聞きたいことがあったのだ。


「梨沙姉は部活何処にも入ってないよね。何で?」


 拓海との会話の中で、梨沙姉は何処の部活にも入ってないという話があった。それ自体は前から知っているが、彼女みたいにスポーツ万能でアクティブな人なら、体育会系の部活動に入っていてもおかしくないのに、というのが、ふと沸いた疑問だった。


 その問いに、梨沙姉はちょっと困ったような顔をしたが、話し出す。


「私もね、1年の時にお試しで入ったことはあったんだよ。でも、すぐに先輩に告白されて気まずくなったり、何もしてないのに女の先輩に『彼氏取った』ってサークルクラッシャーみたいに言われたり……。だから、もういいかなって」


 ああ、やっぱりそういうことなのか。梨沙姉は詳しくは言わないけど、当時は相当にやっかみや妬み嫉みを向けられたに違いない。


 ……いや、「当時は」では無い。今だって望まない好意や悪意を一方的に向けられているのだろう。ついこの間だって、中野先輩にいきなり告白されそうになっていたじゃ無いか。


「……今は、大丈夫なの?」


 その問いに梨沙姉は一瞬目を伏せて、だが、すぐに顔を上げて笑顔を見せた。


「大丈夫だよ、今は」


「本当に? 中野先輩から何か言われたりとか無い?」


「本当に大丈夫。中野君にもちゃんと断ったし」


 ……そうか。やっぱり、あの後、告白されてたのか。


「梨沙姉、何かあったら言ってね」


「大丈夫だって。心配性だなあ、了君は。それに……」


 一瞬の沈黙。すいっ……と、梨沙姉の手が俺の頬に添えられた。


「今は了君が一緒だから。怖くないよ」


 ……向けられる蒼い瞳を見ながら思う。彼女を守りたい。四六時中守ることなんて出来はしない。でも、せめて登下校の時くらい一緒にいて、ボディガードの真似事でもしよう。


 やっぱり部活動は無しだ。入部したら梨沙姉と一緒に帰れない。


 高校デビューみたいなことをして、帰宅部継続かよと思わないでは無いけれど、それでも、打ち込むことを見つけられない部活動に無理やり入るより、今の俺には、もっと大切なことがあるのだから。



========

<後書き>

次回は11月22日(金)20:00頃更新。

第12話「夏月ちゃんも乙女だねえ」。お楽しみに。

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