第10話 君は大切な……

 朝の騒動はあったものの、その後、午前の授業は順調に進み、時刻は正午。昼休みである。


 実質初日だから、まだ決まったグループなども存在しない。学食組は、混まないうちに席を確保しようと早々に走っていったが、教室に残ったメンバー間では、きょろきょろと周りを伺っている姿が見られる。


 そんな中、夏月が目の前にやって来た。


「高科君、昼食はどうするの?」


「教室で食べるよ。お弁当持ってきたんだ」


「そう。じゃあ一緒に食べない?」


「ああ、大歓迎だよ」


 あんなことがあって以降、ずっとボッチ飯だった俺にとって、クラスメートと食べる昼食っていうのは、あこがれのシチュエーション。


 夏月の申し出に感動したけど、あまり表に出しすぎると引かれてしまうかもしれない。極力冷静に努めながら了承したのだった。


 夏月は、俺の前にある机をひっくり返してくっつけると、目の前に座る。それに合わせて俺も鞄から取り出した弁当箱を机の上に置いた。


 花柄があしらわれた少し可愛い弁当箱。


 それを見ながら、夏月が口を開いた。


「そのお弁当、りっちゃんが作ったの?」


「そうなんだ。わざわざ早起きして作ってくれたんだよ」


 昨日、お弁当を作ってあげると言われたときは驚いたけど、梨沙姉の好意が嬉しくて、甘えることにした。


 それに、お弁当を作る時間を確保するため、トレーニングの時間が夕方になったのも大きい。その分、俺は惰眠をむさぼることができる。いつもと変わらない時間に起きてお弁当作ってくれている梨沙姉には悪いけど。


 さて、それでは梨沙姉の心のこもったお弁当をいただきます、と弁当箱のふたを開けた俺は、固まっていた。


 別に美少女の料理が壊滅的で、みたいなお約束展開ではない。ハンバーグや唐揚げなど高校生男子が喜ぶ素材を詰め、色とりどりの野菜サラダがあしらわれた、完成度の高いお弁当。


 問題はご飯の方だ。白米の上に桜でんぶで描かれた巨大なハートマーク。圧が強い……。


 一目見た夏月も一瞬言葉を失っていたが、ニヤリと笑った。


「愛だね」


「やめて」


 せっかく誤解を解こうと努力してるのに、こんなの、他の人にはとても見せられない。


「そういえば、朝大変だったね」


 同じことを考えていたのか、夏月が朝の一件について言及してくる。


「そうだな。梨沙姉、ちょっと距離感バグってるところあるから」


「高科君にだけだって」


「え?」


 梨沙姉はいつも明るくて、どんな人にも優しいって印象があるんだけど。


「私も直接は知らないんだけどさ。昨日会ってから知り合いの先輩に聞いてみたの。そうしたら彼女、陰では『群雲の撃墜女王』とか呼ばれてるみたいなんだよね」


「……」


「りっちゃん、あんな美人でしょ。もう告白されまくりなんだけど、ぜーんぶ断ってるらしいんだよね。表面的には明るいし、優しいけど、一定以上の範囲には他人を寄せ付けない感じ。だから、あんなに近い距離感でいられるのは高科君くらいなんじゃ無い?」


「……まずいな」


「まずい?」


「朝も考えてたんだけどさ、逆恨みってことがあるだろ。俺が標的になるならまだいいけど、梨沙姉が標的になったらまずいなって」


 幸い、ファンクラブサイトの書き込みは、従姉弟同士という情報が浸透して鎮静化しつつあるが、安心してはいけない状態なのかもしれない。






 その日の午後。授業が終わり、放課後。


 梨沙姉は一緒に帰ろうと言って来るだろうが、朝みたいに目立つことは避けたい。どこか目立たないところで待ち合わせした方がいいだろう。


 そう思い、スマホにメッセージを打ち込もうとしたところで、教室にひときわ大きな、明るい声が響いた。


「了君、一緒に帰ろーっ!!」


 脱力してしまう。誤解を受けないようにとの俺の努力が台無しだ。


 梨沙姉の手を取ると、周囲からの視線を浴びながら、逃げるように教室を飛び出す。


「ちょっと、了君?」


 戸惑う梨沙姉の手を引きながら、ズンズンと足早に校門を出ると、しばらく経ったところで乱暴に手を離した。


「了君、何か……怒ってる?」


 不安そうな梨沙姉の表情に、微かに罪悪感を覚えつつ、断言する。


「怒ってるよ! 梨沙姉は自分の影響力に無頓着すぎる!」


「ご、ごめんなさい。了君に迷惑かけてた……?」


 目の前には怯えたような彼女の瞳。違う、そうじゃ無い、そうじゃ無いんだ!


 ミス群雲、群雲高校一の美少女、そこまで持ち上げられる彼女に向けられる好意。それが容易に悪意へと向きを変えることを俺は知っている。


「俺のことなんかどうでもいい! だけど、梨沙姉に危害が及んだら! そうなったら取り返しがつかない!」


 戸惑う彼女をどう納得させればいい? 一瞬考え込んだが、その時、別の声がかけられた。


「春日さん、ちょっといいかな?」


 誰かと振り返ると、朝、学校で梨沙姉に声をかけてた先輩だ。確か中野先輩だったか。

 情けなく膝をついていた時と同じ人とは思えない、思いつめたような表情をしている。


 一気に警戒感が上がり、梨沙姉の前に立ちふさがるように位置を取った。


「何の用ですか、先輩? 今取り込み中です」


「高科君……と言うそうだね、君。春日さんと二人きりで話がしたい。先に帰ってもらえないか」


「何故?」


「君には関係ない話だからね。聞いたよ。君はただの従兄弟なんだろ? 口を挟まないでもらいたいな」


 ──それは、ある意味正論なのかもしれない。彼は梨沙姉に告白でもするつもりなのだろう。恋人でも無い俺に、それに口を差し挟む権利はない。


 ……でも。


 梨沙姉が俺の服の裾を掴んでいる。そこから伝わって来る微かな震えも。


「お断りします」


「なんだって?」


「先に帰ったりはしません。梨沙姉に話があるというなら一緒に聞きます」


「お邪魔虫は消えろと言ってるんだが」


「先輩、一つだけ訂正します。俺にとって梨沙姉は『ただの従姉妹』じゃない。『大切な従姉妹』です。彼女を大切に思う身内として、口を差し挟む権利はある!」


 しばらく睨み合っていたが、チッという舌打ちと共に中野先輩は去っていった。流石に第三者同席のもとで告白は無かったか。


 振り向くと、梨沙姉が下を向いていた。


「ごめんなさい」


「どうしたの、梨沙姉。中野先輩のことなら梨沙姉に落ち度は無いよ」


 勝手に告白して来ようとする人たちのことまで責任なんて負えない。だけど梨沙姉は首を横に振った。


「だって、了君が恨まれたかも……」


「俺なら慣れてる。それにそんな大したことにはならないって」


 また、針の筵を味わいたいわけじゃ無い。でも、それを恐れて、やるべきことから目を背け続けることはもう止めにしよう。他ならぬ梨沙姉が俺に自信を取り戻せと言ってくれたのだから。


「だから梨沙姉、俺なら大丈夫。……ただ、まあ、あんまりベタベタされると、いらない誤解や敵意を招きかねないから、それは止めて欲しいかな」


 梨沙姉が従姉弟同士の気安さで接してくれてるのはわかってる。でも、周りの皆が皆、同じように見てくれるわけでは無い。そうした誤解を招かないための距離感が必要なんだ。


「……わかった。了君に迷惑かけることはしない」


 俯きながらも同意してくれた梨沙姉に安堵する。その後、俺と梨沙姉は、登下校は一緒にするけど密着したり、手を繋いだりはしない、お弁当にハートマークは入れない、教室に乱入してきたりしない、などの取決めをして、一安心となったのだった。



========

<後書き>

次回は11月15日(金)20:00頃更新。

第11話「君を守りたい」。お楽しみに。

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