第4話 梨沙の想い

 結局それから小一時間、俺は梨沙姉に付き合って着せ替え人形になりきった。


 ジャケットからシャツからパンツ、果ては靴まで新調し、何ならその場で着替えさせて、ようやく梨沙姉は満足したようだ。


 そうして、やっと今、昼食にありついている。


 別に洒落たレストランに入ったわけじゃ無い。チェーン店のファミレス。高校生がデートで入れる店なんて、これくらいだ。でも、目の前に座る梨沙姉がすごく上機嫌だから、まあこういうのでいいんだろう。


 互いの注文をした後、ドリンクバーで二人分の飲み物を注ぐと、一つを向かいの席に座る梨沙姉の前に置く。


「ありがと」


 ニコニコと輝く彼女の笑顔はすごく眩しい。何なら周り中の人たちまで直撃を受けている。


「すごいね。みんな梨沙姉を見てるよ」


「んー、私だけじゃ無いって」


 チラチラと梨沙姉に注がれる視線に感心していたら、思いもかけないことを言われた。それって俺も見られてるってこと? いやいや、それは梨沙姉のおまけとしてだろう。


 梨沙姉は昔から俺への評価がやたら高いけど、だからと言って勘違いしちゃダメだ。それで昔失敗してしまったことを忘れるな。


 運ばれてきた注文の品を食べながら、話題を変えようと、気になっていたことを切り出す。


「梨沙姉、今日の支払いなんだけど。カットに服に靴に、かなりかかってるよね?」


「気にしなくていいよ。パパから十分もらってるから」


「それってたけし叔父さんが支払ってくれたってこと?」


「大丈夫。パパ言ってたよ。了君のご両親から生活費は十分もらってるって。何なら入学祝と思ってくれればいいからって」


 要はもらってる生活費以上に出してるってことじゃないか。うーん、それでいいのだろうか。しかし、高校入学前の子供に返せるあてがあるわけでは無いし、ここはご厚意に甘えるべきなんだろう。ちゃんとお礼は言って、いずれ違う形でお返しするしか無い。


 なんて、グダグダ考えていたが、目の前の梨沙姉は、さらに笑みを輝かせ、パチンと手を打ち鳴らした。


「入学祝と言えば、私も用意したんだよ!」


 そう言って、ラッピングされた箱を手渡してくる。


「了君、高校入学おめでとう!」


「あ、ありがとう、梨沙姉。開けていい?」


「もちろん! あ、こっちは私のお小遣いで買ったものだから、そんな上等なものじゃないけど」


 ちょっと心配そうな顔になった梨沙姉の前で包装を解き、箱を開ける。その中には──


「シャーペン?」


 出てきたのはシャープペンシルだった。


 木製の軸の落ち着いたデザイン。梨沙姉は謙遜してたけど、樹脂製の安いシャープペンシルとは一目見て作りが違うことがわかる。その軸には文字が彫られていた。


 ” Ryo Takashina "


 言うまでも無く、俺の名前だ。特注して彫ってもらったのだろう。最近はレーザー刻印とかあるから、確かにそれほど高価と言うことは無いけど、それでもひと手間かけてくれてる、その心遣いが嬉しい。


「な、何にしようか迷ったんだけどね。そういう日常使い出来るものの方がいいかなあって……」


 しばらく無言で、その心のこもった贈り物を見ていたら、反応の無さに不安になったのだろう。梨沙姉があたふたと言葉を重ねてくる。その姿が限りなく可愛い。


「ううん、すごく嬉しいよ。ありがとう、梨沙姉。大事に使わせてもらうね」


「う、うん。大事に使ってね」


 ホッとしたような梨沙姉の笑顔に、心まで満腹になって俺たちはお店を後にしたのだった。




 ❖ ❖ ❖




「……かっこよかったなあ」


 ボスンとベッドに倒れこみながら呟く。


 デートから帰ってきて、シャワーを浴びてきたところ。今は入れ替わりで了君が浴室にいるだろう。


 机の上に置かれたラッピングされていない箱を見ながら、今日のことを思い出す。


 これまでもナンパとかされたことは何回もあるけど、みんな通りすがりに声をかけてくるだけだったから無視して通り過ぎていれば何とかなった。今日みたいに、逃げ道を塞がれるような形で迫られたのは初めて。あのままだったら、どうなっていたかわからない。


 そんな恐怖も了君が助けてくれた。その頼もしい姿を思い出す。


「『梨沙』って言ってくれたの、嬉しかったな」


 彼氏のふりをしてくれただけだというのはわかってる。それでも、そんな彼を頼もしく思う。そう、了君は頼りがいのある、かっこいい人なのだ。あの時もそうだった──





 私が小3、彼はまだ小2だったころ。私と彼は今よりずっと家が近くて、しょっちゅう一緒に遊んでいた。了君はいつも「梨沙姉、梨沙姉」って言いながら、私の後をついてきてたっけ。


 そんなある日のこと、子供ならではの浅はかな思い付き。お姉さんぶって見せたくて、彼を連れ出して、子供だけで少し遠くに冒険に出たのだ。そしてものの見事に道に迷ってしまった。


 お姉さんらしく彼を守らなければと思っていたのに、心細くなって、私は泣いてしまった。そんな私に、彼はずっと優しく声をかけてくれた。「泣かないで梨沙姉」、「大丈夫だよ、僕がいるから」って。


 そうして、わずか小2の彼は、泣きじゃくる私の手を引いて、一生懸命、帰る道を探してくれた。思わずたじろいでしまいそうになる見知らぬ大人の人に道を尋ねながら。最後は、どこかのおばさんが心配して交番に連れて行ってくれて、やむなきを得たのだったか。


 今となっては他愛もない、幼さゆえの良くある失敗の一コマ。了君はもう、覚えていないかもしれない。でも、あの日から彼は私のヒーローになったのだ。


 了君とは彼が小4終わるくらいまで一緒に遊んでいたけど、それまでの彼は、まぎれも無くヒーローにふさわしかった。


 令香伯母さん譲りの恵まれたルックス。勉強も運動も得意で、クラスの人気者だったと聞いている。


 その後、パパの海外赴任に伴ってアメリカに行って、彼とは会えなくなってしまったけれど、そんな彼がうちに住むことになったと聞いたときは心躍った。


 それが、現れた了君は、まるで別人だった。自信を無くして下を向いて、髪はぼさぼさ。身なりになんか気を使っていないのが明らかだった。


 どうしてこんなことになってしまったのか。別れた後、何かあったのだろうけど、彼は話してくれないからわからない。


 だけど、もしも彼が苦しんでいるのなら、私が力になってあげたい。かつて彼が私を助けてくれたように。





 机の前に座りなおし、包装のされていない箱を開ける。


 そこにはシャープペンシルが入っていた。今日、了君に贈ったものと同じ。ただ、軸に刻まれた文字のみが違う。


 " R & L "


 最初はこのシャーペンをプレゼントしようと思ってた。でも、" Ryo & Lisa "の頭文字を刻んだシャーペンなんか贈られたら、彼が引いてしまうかもしれない。


 だから、後からもう一本、別のシャーペンを用意した。当たり障りの無い、彼の名前だけを刻んだもの。


 残されたこのシャーペンは、彼に知られないよう、私が持っていよう。私だけが知っている、密やかな彼との共有物ペア


 そのシャーペンと共に胸に掻き抱いた彼への想いが呟きとなって表に溢れた。


「……了君、大好き」



========

<後書き>

第4話「梨沙の想い」、いかがでしたでしょうか。

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なお、次回以降、毎週1回金曜日更新となります。

次回は10月4日(金)20時頃更新予定。

第5話「夏月」。お楽しみに。

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