第3話 了君イケメン化計画!
人目を逃れて駅に直結するデッキまでやってきた。別にたいして走ったわけでも無いのに、二人ともゼイゼイと肩で息している。
「やっちゃったね、梨沙姉」
「うん、ちょっと失敗だったね」
いやあ、ちょっとじゃ無いやらかしだったような気もするが、まあいいか。別に知ってる人もいないだろうし。
それより、デートだ。いきなり当日に持ち出されたから、デートプランなんか全く考えてない。そもそもこの街にどんな店があるかなんて知らないぞ、俺。
スマホで調べりゃいいだろうと思って、家を出る前にちょっとだけ検索してみたけど、逆に情報量多すぎて、早々に諦めた。
まあ梨沙姉ならどんなところでも喜んでもらえるだろうけど。
───と思ったところで気がついた。別に自分で無い知恵絞らなくても、梨沙姉にどこに行きたいか聞けばいいじゃ無いか。さすがに丸投げは良くないだろうけど、好みを聞いて、それからスマホで調べれば……。
そう思って、どこか行きたいところがあるか聞いたら、何故か梨沙姉の機嫌が良くない。あれ? 何かまずった?
「了君、今はデートなんだよ。目の前に可愛い女の子がいるんだよ。まず言うことがあるんじゃ無い?」
自分で自分を「可愛い女の子」と言っても客観的事実だから嫌味にならないのが梨沙姉の凄いところだが、それはさておき、今は何を言うのが正解なのだろう?
梨沙姉は腰に手を当てて、モデルみたいな立ち姿でこっちを見てる。……これはやっぱり、服を褒めろと言うことなのだろうか?
梨沙姉の今日のスタイルは、オーバーサイズのタートルニットに、ミニスカート? ショートパンツ? いや、あれはスカショーパンと言うのか? それにサイドジップのショートブーツ。
端的に言って可愛い。いや、すごく可愛い。……ああ、俺の語彙力よ。
しかし、そんな何のひねりも無い感想を言ったところで満足してくれるだろうか? やっぱり服のセンスとかきちんと褒めるべきだろうか?
「……その、すごく……似合ってるよ」
結局あんまりひねりの無い感想になってしまった。
梨沙姉は、と言うと、ため息ついてる。やっぱりもうちょっと洒落た言葉の一つもかけるべきだったか。
「まあ、いいか。そんなところが了君のいいところだもんね」
ええ? クスっと笑いながらつぶやかれた言葉の真意がわからない。女の子の心理、わからなすぎるよ。
そんな俺の戸惑いを他所に、梨沙姉の方はもう意識を切り替えたみたいだ。
「どこに行くかってことだけど、実はもう、行くとこ決まってるの。今日は、了君イケメン化計画、高校入学前の最後の仕上げだよ!」
パチリ!とウィンクしてくる梨沙姉に、俺は「はあ?」と言う言葉を飲み込んだのだった。
10分後、俺達はおしゃれなブティックやセレクトショップが立ち並ぶ一角に来ていた。
「ヘアサロン?」
「そう! 了君、髪型変えたら絶対イケメンになると思うんだ!」
そう言いながら、俺の前髪を手でかき上げて覗き込んでくる。顔が、顔が近いよ、梨沙姉。
「ここのトップスタイリストの麗奈さんってすごいんだよ。私もいつもお願いしてるの」
もう殆ど連行といった体で店の中に引きずられていく俺。応対してくれたのは、長身でベリーショートのお姉さん。ぱっと見、宝塚の男役かという感じのかっこいい人だ。
彼女は俺を見るなり、ニッコリと一言。
「これはカットのし甲斐があるね!」
好みの髪形を聞かれたけど、2、3か月に1回、前髪が鬱陶しくなってきたら1000円カットで切ってもらってたような俺には、ヘアスタイルとかわかるわけも無い。おとなしく麗奈さんにお任せすることにした。
「うん、君の場合、前髪下ろしてると重苦しい感じになっちゃうから、むしろ上げた方がいいね。前髪を立ち上げた2ブロックにしよう」
うん、何言われてるかわからないけど、それでお願いします。
シャワーで髪を湿らせた後、カットを始めた麗奈さんは、待合室で雑誌を読みながら待っている梨沙姉をチラリと見ると話しだす。
「本当は今日、梨沙ちゃんのカットの予定だったんだよ」
「そうなんですか?」
「それを、ぜひ君の髪をカットしてくれって。新規の予約なんて2か月先くらいまで入れられないって言ったら自分の予定と交代してくれって言ってさ」
「え、と、それじゃ梨沙姉は……」
「ああ、心配しなくてもそれは必死に調整して1週間後に予定入れ直したから大丈夫。あれだけ熱心に頼まれたんだから、ちゃんと応えないとね」
そう言うと麗奈さんはカットに専念する。髪だけでなく、眉のカットも行い、シャワーの後のドライヤーの際には、ドライヤーのコツなんかも教えてくれた。
何でもドライヤーのやり方ひとつで髪を立体的にできるらしい。もっとも、俺がそれを実践できるか、はなはだ心許ないが。だけど麗奈さんはニヤッと笑うと一言。
「大丈夫、梨沙ちゃんがやってくれるよ」
いや、まあ梨沙姉なら頼めば喜んでやってくれるだろうけど、何でもかんでも彼女に頼ってばかりも良くないしなあ。やっぱり自分でやれるようにならないと。
などと思ってるうちに、ワックスしてスプレーかけて……
「ほい、出来上がり!」
───鏡の中に別人がいた。誰、こいつ……?
待合室に戻されて、梨沙姉と対面する。一目見た彼女は硬直していた。頬に朱が差し、瞳が見開かれ、その唇がぎこちなく開く。
「……かっこいい」
……いや、そんなストレートに言われると、こっちが恥ずかしいんだけど。
照れて何も言えなくなってしまった俺の横では、梨沙姉と麗奈さんが盛り上がっていた。
「麗奈さん、凄いです! ありがとうございます!」
「まあ、この子の場合、元の素材が良かったからね」
「そうなんです! 麗奈さんもそう思うでしょ!」
「うんうん。ねえ、梨沙ちゃん、この子、お姉さんに頂戴」
「絶対ダメ!」
「……ねえ、二人とも何言ってるのかな?」
当人の意図とは関係ない譲渡契約交渉は無事破談。俺たちは麗奈さんにお礼を言って店を出た。
さて、時刻は12時を回ったところ。デートにふさわしい洒落たレストランとか知らないけど、どこか入らねば。──そう思ったが、梨沙姉はそんな俺の思いも知らぬかのように、陽気に声を上げた。
「よし、了君、次はお洋服を買いに行こう!」
「えぇ……」
いや、お腹すいてるんだけど……という抗議は、喉元から出してもらえなかった。そのまま俺はずるずると梨沙姉に引きずられていくのだった。
========
<後書き>
次回は第4話「梨沙の想い」。お楽しみに。
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