第2話 初めてのデート?

 そんなこんなで3週間ほど経った。高校の入学式まで後2日である。


 梨沙姉の特訓はあれから毎日続いていた。流石に筋トレは一日おきだったけど。今日もランニングの後、いつものベンチで一休みしているところだ。


 僅か3週間、それだけで季節はまた一歩、歩を進めた。桜の花は今を盛りと咲き誇り、肌を撫でる風は優しさを湛えている。


 ひらりひらりと風に舞う花弁はなびらは、隣に佇む少女を彩り、その頬に宿る桜色と溶け合う。その美しき花の精に見惚れていると、視線に気づいたのか、彼女がニコリと柔らかな笑みを向けた。


「疲れてない?」


「大丈夫。何ならまだ走れるよ」


 さすがに3週間で劇的に体形が変わるわけじゃ無い。余分な肉は落ちて来てるけど、筋肉が付いてくるのはこれからだ。それでも、最初はついていくのがやっとだった毎朝のランニングも苦にならない程度には体力もついて来てる。


 梨沙姉はニコニコと春の陽だまりのような笑顔を浮かべて俺を見つめていたが、続いてとんでもないことを言い出した。


「良かった。それじゃあ、了君。今日は私とデートしよう!」


「デ、デート?」


「そ。デート♡」


 そう言うと、それまでの天使のような笑顔から、ニンマリと、まるで小悪魔のような笑みを浮かべたのだった。





 時刻は午前10時を15分くらい回った頃。待合せ時刻は10時半だけど、女の子を待たせてはいけないから、少しだけ早く駅に着いた。場所は家から電車で数駅行ったところにあるターミナル駅。ここの改札で梨沙姉と待ち合わせなのだ。


 一緒に住んでるんだから、家から一緒に行けばいいようなもんだけど、「それだとデートっぽさが無いでしょ!」と言うことらしい。


 もっとも、俺にここらの土地感がまるで無いため、洒落た待合せ場所を指定することなどできず、何のひねりも無く改札で待ち合わせなんだけど。


 故郷の街とは比較にならない程の人の波に圧倒されながら、改札に急ぐ。周りの人達は周囲に気も留めず、ある人はただ前を見て、ある人はスマホに視線を落とし、みんな無言で歩いていく。響くのは雑踏の踏みしめる靴の音と、時折流れる駅のアナウンスのみ。


 そんな中、ひときわ大きな女の子の声が響いた。


「ですから、結構です!」


 見るとひとりの女の子の前を塞ぐように男が二人立ちはだかっている。金髪にピアスと、いかにもチャラ男然とした姿。


「そんなこと言ってないで、俺らとお茶しに行こうよ」


「友達と待ち合わせしてますので!」


「じゃあ、その友達も一緒にさあ」


 いや、こんないかにもなナンパ風景に出くわすなんて想定外だけど、そんなこと言ってられない。何しろ絡まれている女の子は梨沙姉だ。


 すぐさま助けに入らないといけないけど、なんて言えばいいんだ? 「俺の女に手を出すな」か? 違うよな。


 やっぱりここは穏便に、男たちに気づかないふりして「梨沙姉、待った?」って割って入るのがいいかな? よし、それで行こう。


 ───待てよ。「梨沙姉」って呼びかけだと、「こいつ弟か」って舐められるだけなんじゃね? やっぱり形だけでも彼氏の振りをしないと……。


 俺は心を決めた。


「お待たせ、梨沙。悪い、遅くなった」


 俺の呼びかけに男たちはすぐに「ああ?」と不機嫌そうな視線を向けてきた。それだけで無く、なんか梨沙姉まで驚いた顔をしてる。何で?


 男たちは今にも絡んで来そうな雰囲気。こいつはやばいかと思ったが、一瞬の後、「ち、男連れかよ」と言って去って行った。どうも周囲の人達がスマホで動画を撮り始めたのが効いたようだ。


 はーーー、怖かった。睨まれてる間中、足震えっぱなしだったなと、若干自己嫌悪に襲われながら梨沙姉に向き直る。彼女もやっぱり怖かったのか、少し呆けたような顔をしている。


「ごめん、梨沙姉。もっと早く来るべきだった」


「……もう一回言って」


「は? え、と……ごめん、梨沙姉……」


「そうじゃ無くて。さっき、呼び捨てで呼んでくれたでしょ、梨沙って。もう一回呼んで!」


「え? そこ?」


 謝ったら、斜め上の反応が返ってきた。しかし梨沙姉を呼び捨て? いやいやダメだろ。デートって言っても、俺、梨沙姉の彼氏でも何でも無いし、目上の人を呼び捨てにしていいわけが無い。でも、梨沙姉が頬を赤らめながら上目遣いで睨んでくる。


「ダメなの?」


 うおおお、梨沙姉、その視線は反則だろ!


「り、梨沙……」


 は、ハズい! 穴があったら入りたい。


 梨沙姉は、と見ると、彼女の顔も朱に茹で上がってる。───と、いきなり胸ぐらを掴んで、引き寄せてきた。ぐりぐりと額を胸に押し付けてくる。


「ちょ、梨沙姉?」


「見ないで! 恥ずかしいから!」


 いや、俺も恥ずかしいんだけど!


 二人して顔真っ赤にして下向いてたら、周囲からクスクスと笑い声がする。何事かと思って見ると周り中人だかりがしていて、何か微笑ましいものを見る目を向けられていた。「初々しい~」「青春だなあ」なんて声まで聞こえてくる。


 そこで気づいた。ここ、ターミナル駅の改札前で、人がいっぱいいるところで───そんなところで俺たちこんな恥ずかしい会話を繰り広げてたの……?


 俺たちは逃げるようにその場を後にしたのだった。周囲には気をつけないといけないね、うん。



========

<後書き>

次回は第3話「了君イケメン化計画!」。お楽しみに。

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