第66話

66


「孝也…手首…こっちに…」

俺は瑞季に言われるままに手首を瑞季の口元に寄せた。

瑞季が俺の手首にキツく吸い付いてキスマークを残した。

『瑞季…』

俺の戸惑った顔に瑞季は鼻で笑いながら

「嫌か?」

と首を傾げる。

『…そんなわけ…』

俺が本心を語るより先に瑞季が話の流れを変えた。

「死ねなかった…どうしてか、ずっと考えてたんだ」

手首に頰を寄せながら俺を見上げてくる。

『答え…出たのかよ』

「おまえを…道連れにしてないからだよ」

瑞季の綺麗な顔が苦笑いを浮かべた。



その瞬間…ストンと…


腑に落ちたんだよ


あぁ…


そうだ


おまえが一人で

俺を置いて行かなかった、たった一つの理由。



『フフ…ハハ…アハハ!違いない…おまえは一人でなんて死ねないし….俺だって同じだ…俺達が終わりたいと思うなら…』


「思うなら…」

『一緒に死ぬんだよ』



初めて


心が安心していた。


俺達は、二人で一つだった。


あの林檎を齧った日から


もう決まった運命だったのに…


瑞季は囁いた。

泣きながら

小さな声で


「愛してる…愛して…る」

俺は瑞季の細い首に緩く両手を掛ける。

きゅうっと首を締め上げながら

『おまえを殺せるのは俺だけだよ。』

と見下ろしたら、瑞季は顎をそらせながら短い息を吐いて…

笑った。

「フフ…逆もまた然りなわけだ…」

『そうだ…だから…暫く、二人で生きてみようぜ…』

口づけて、首を締める手を頰に移動させ、両手で優しく包み込んだ。


「孝也…」

『下らない事言うなよ…』

「……」

『愛してる…20歳になったら…結婚しよう』



瑞季がギュッと目を閉じて顔を逸らした。

唇をキツく噛み締めて、聞こえないような声で呟く。

「本気…かよ…」

『ちゃんとプロポーズだって済んでる。だろ?』

額同士を合わせて鼻先にキスをする。

「あれは…脅迫じゃなかったっけ?」

クスっと笑う瑞季。


『なぁ…返事は?』



返事は…


「俺は…一生…おまえのモノだよ」


あぁ…

なんて愛しい


愛しいんだろう。



俺は瑞季がしたように手首にキスマークをつけ返して…


指輪のように印を交換した。


季節は巡っていく。

成長のない愛情を抱えて。


赤く熟れた林檎の香りは



この先も俺達を

罪人だと言うだろうか…。


例えばそうだとしたら


道は決まっているんだから

恐れる事は何も無かった。


二人で生きるか

二人で死ぬか


俺達にはどちらかで…


そのどちらもが正解だから。


イブはアダムを誘い、道連れにする。

赤い林檎を齧った二人は神の怒りをかい、楽園を追放される。そして、地上に落とされ、二人で生きていく。

運命の通り。

俺と瑞季は

運命の通り。


数年後


この学校へ来た時のように…

桜舞い散る季節に、俺達はひっそりと式をあげる。


立会人に松岡が寮長を連れて出席すると良い。


それくらいのサプライズは、神様だって許してくれる。



桜吹雪

臙脂色のネクタイ

難しい絵画

美術準備室


俺とおまえが過ごした齧った林檎の転がるシーツ。


青春に耳を澄ましながら、二度と戻らないあの頃を抱いて


今、教会の鐘が鳴り響いているのを口づけながら


聞いていた。

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          END

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