諫早高校硬式テニス部について。

硬式テニス部生徒

硬式テニス部について。

 思えば、私の人生は間違いばかりであった。

 幼稚園時代に粗相をしたこと、小学時代に先生をママと呼んだこと、中学時代の痛々しい愛の告白……

 ああ!思い出しただけで恥ずかしい。穴があったら入りたい。なければ自ら掘ってやる所存。だが、これらはほんの可愛らしい失敗の一例に過ぎない。私の真の『間違い』とはつまり、硬式テニス部に入部したことである。

 あれは私がまだ入学したてほやほやの一年生の時であった。地元の中学校から進学した私は――今となっては全く愚かしいことだが――友達を作れぬのではないかと不安であった。地元の中学から知り合いは一人も来ていないし、なぜかクラスでは既にグループが出来上がっているし、私はクラスから疎外されているという焦燥に駆られていた。

 そんな中、校内にて部活動紹介という催しが行われた。

 部活動紹介とは読んで字の如く各部の生徒がめいめい新入部員を勧誘する忌まわしき祭典のことである。

 狭苦しい体育館に押し込められた私は、さながら奴隷船内の奴隷であった。体育館座りとは元来、奴隷が強制され行ってきたものである。そのような、足腰をおばあちゃんのごとくひん曲げる姿勢を強要し、あまつさえ成長期である背骨にダメージを与えるとはなんたる狼藉か。これを奴隷貿易と呼ばずしてなんと呼ぶ。他に呼び名などない。これはまごうことなき奴隷貿易である。

 ともかく、そんな中で部活動紹介は開催された。

 実を言うと、内容はあまり覚えていない。というのも、ほとんどがありきたりでつまらない勧誘であったからである。館の前方のスペースで、テレビのコマーシャルのような劇や各部の成績を発表するのだが、時折、部活動と絡めたジョークがあるだけで、彼らの、まるで自身がキングオブコントの優勝者にでもなったような態度に私は侮蔑の念を覚えた。

 あ~~!つまらない、つまらない、つまらない!!

 もう眠ってしまおうか、そんな考えが頭を過った、その刹那であった。


「大きな~イチモツを下さ~い~。大きな~イチモツを下さ~い~」


 硬式テニス部である。


 男たちの唄声が体育館にこだまし、館内は静寂に包まれた。300人の生徒が、一斉に息を飲んだのだ。おそらくは、酸素濃度が著しく低下したことだろう。明鏡止水が如く静まり返った館内で、皆がぱちくり瞬きをした。「え?え?なに?」「???」「あはははっ!」誰か笑いだしたのが着火材となり、せきをきったように皆が笑い出した。正しく爆笑であった。

 一周回って、という言葉が世にはあるが、この奇怪な現象を表現するならば、一周回った、と言う他あるまい。大して似てもない物真似、部活動とはなんら関わりのないどぶろっくのネタ、ニヤついた顔、男たちの悪ノリ。本来忌み嫌われるそれらが闘値を超え、ある種、神がかり的な面白さを生んだのだ。

 彼らの言葉は眠気をうたかたが如く消え去り、私に頬を打ったかのような衝撃を与えた。彼らの、言わば"青春"に圧倒された。あれは青春の打擲であった。

 確かに、彼らはつまらない。決して彼ら自体が面白いというわけではないことを弁別しておきたい。むしろ、彼らは自分自身に酔うどころか酩酊していて、端から見ればひどく痛々しいものであろう。だがしかし、私は敢えて諸賢らに異議申したい。敢えて、敢えて言おう。良いではないか!と。自分に酔っている、痛々しい、それがどうしたというのだ。自分に酔うこと、それこそが学生の本分なり。痛々しさこそ青春なり。

 天真爛漫で純粋無垢――いや、ここでは敢えて阿呆であったと言おう――だった私は勘違い甚だしくも、彼らに憧れたのだった。その上、テニス部へ入部すれば、彼らの痛々しくも華々しい青春生活に、私も肖ることができるのではないかと愚考したのだった。

 婉曲表現を多用し、自己を韜晦したつもりになり、いたずらにこのような手記を弄する。私がどのような人間であるか、諸賢らにはお見通しであろう。認めよう、私は陰キャラだ。まごうことなき。だからこそ、私は私を変えたかった。人並みの青春というやつを送ってみたかった。

 後悔先に立たず。だが、先に立たなくても私はこの決断を一生涯後悔することであろう。

 私は彼らの唄を聞いて、半ば衝動的にテニス部への入部を決めたのだった。


×


 忘れもしない。できることなら忘れたい。件の集会から一週間が過ぎ、部活動へ初めて赴いた日のことである。

 私は、遂に念願の陽キャラになれるのだと、めくるめく日々を妄想し、意気揚々として初日の部活動へ臨んでいた。

 長調なステップを踏み、部室へと闊歩する私は裸の王様の様相を呈していた。

何も知らぬ愚かな一年生。今更ながらそう思う。

 部室では、新入部員歓迎会なる邪悪な行事が行われていた。

 その様子を見て、私は絶句した。何故か部内では既にグループが出来上がっていたのである。なんと、硬式テニス部は大半が内進生であったのだ!彼らは三年来の友情で固く結ばれている。私の入り込む隙などない。その間に入ろうものなら、押し潰され、すりつぶされ、挙げ句は「知り合いでもないのに馴れ馴れしいヤツ」というレッテルを貼られてしまうであろう。

 私は新入部員歓迎会を空気として乗り切った。存在を雲散霧消させ、一言も話すことなく歓迎会の終わりを待った。

 私は、陽キャラになる夢を潔く諦めることにした。


 かくして、純然たる我が野望はことごとく打ち砕かれたのだった。


 その後も、某顧問の執拗なテニス部いびりを筆頭に、硬式テニス部というだけで様々な迫害を受けたが、夜も遅くなってしまったため、書くつもりはない。


 全くもって、私の人生は、間違いばかりであった。

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