さいきょう?何それ美味しいの?

@utagekotobuki

第1話


「もう嫌だァァァ!」


俺、村山樹むらやまいつきは【最強】とは程遠い異世界生活を送っていた…


現実世界____


「おい村山!この企画書のここ!間違えてるじゃねぇか!今すぐ直してこい!」

「え…いや…でもまだ山本さんのプレゼン用のレポートも…」

「うるせぇ!口答えすんな!俺はもう定時だから帰るが明日までに今日の分の仕事全部終わらせておけよ!」

「ですから…」

「うるさいって言ってんだろ!早くやれ!」

「はい…」

俺は村山樹。32歳。このように朝から晩まで働き詰めのサラリーマンだ。

そんな俺の日課は…

「はぁ…今日も残業かぁ…もう20時だし。これ終わるのもあと3時間後くらいだろうし…皆、自分の仕事俺に押付けてきて…。はぁ、仕方ない、今日もやるかぁ…設定は…っと」

そう。もし、異世界転生をしたらという妄想をすることだ。なんでこんな意味不明な日課が生まれたかというとそれは、まず、小学生の頃に遡る…

小学生の頃、俺は特に異世界転生の漫画にハマりまくっていた。異世界というのはやはりロマンがある。

可愛い女の子に囲まれてハーレム状態、とか「勇者様」と称えられ王国の超絶美少女な姫を嫁に貰う、とか。男のロマンであり理想だ。その頃から俺は何かと疲れるとつい異世界転生したらという妄想をしてしまうようになった。だが、これが意外と楽しい。妄想している間はその世界に入り込めるし。現実に戻された時の気分は最悪だが…

今日は最強とは程遠い状態で転生したが後々出会う女の子に勇者の剣を貰い最強になる。という設定にしよう…

そんなことを考えながらデスクの引き出しに入っているアイマスクを取ろうと手を伸ばした時だ。

「何だ?!眩しっ…」

PCの画面が急にひかりはじめた。

俺はその画面に吸い込まれるように意識を失った。

「おーい。大丈夫か?」

「ん…んん…」

重たい瞼を気合いで上げるとそこには会社の天井…ではなくThe農家ですって感じのおっちゃんがいた。

「は?!ここどこ?!」

「うおっ、大丈夫か?こんな暑い中こんなとこで寝てたら熱中症になっちまうぞ」

「え?は?会社は?俺の知らない間に世界が1回滅んだりした?なんで周りにこんななんもないの?」

目の前に広がる景色は元々あったビルの代わりに大きな木々、広大な大地と小さな村と綺麗な川と橋。

ほんとにどここれ

「お前、何言ってんだ?世界が滅んだ?大丈夫か?ちなみにここはグリーン地方の最南端、ハイライ村だ。お前村の外のやつか?こんなとこに居たら死んじまうからおれの家に来い。豪華なもてなしは出来ないがそれなりのもてなしぐらいなら出来るぞ」

「え…あ、え、」

知らない人について行くなと小さい頃よく言われたがこんな所で放置されたらそれこそ野垂れ死んでしまう。ならば、お家にお邪魔させていただく方がいいだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

「おう!おれも、家に反抗期の息子しかいなくて寂しかったんだ!歓迎するぜ!」

「ありがとうございます…」

道中、おっちゃんはおっちゃんの家の事、この辺りで最近噂になっている魔物のことなどを教えてくれた。そして、それと同時に俺はこの世界が俺の想像していた世界と酷似していることに気づいた。最強とは程遠い状態で転生した主人公(自分)が質素な村で目覚めそこで暮らすことになる。という妄想。まぁ、とにかく俺はなんか知らないがPCの光に吸い込まれたかと思ったら自分の妄想していた世界に来てしまっていたというわけだ。…どうしようか。現実は確かにクソみたいだった。付き合っていた女には他にいい人が見つかったからと捨てられ、クソみたいな上司の下で奴隷みたいに働いて、同僚からは仕事を押し付けられる。本当にクソみたいな人生だった。けど、一応、悪くない人生でもあったのだ。毎週週末に仲のいい男友達と集まって深夜まで飲んだりゲームしたり駄弁ったり。普通に楽しかった。まぁ、戻りたいとは思わないけど。

おっちゃんの家は元々、奥さんと息子さんのアクトさん。そして、お姉さんのリレイヤさんとの4人暮らしだったらしいが奥さんが5年前に病死してしまい、リレイヤさんはグリーン地方の都市部、ライオット魔法専門学校で寮生活をしているので、今はアクトさんと2人暮らしらしい。

話をしながら隣に立ち並ぶ民家をちらりと見ると何故か家の中から俺らを見張っているように見える。そういえば、ここに来てからというものこのおっちゃん以外人を見ていない…あれ、もしかしてこれやばい?

このことに気づくのを待っていたかのように奥の民家の角から薄紫色の髪をショートカットにした少女が出てきた。手には狩りをするような長い槍が握られている。

「あんた、どっから来たの?」

俺に向かって鋭い視線を向けながらその少女はそう聞いてきた。

「おぉ、リーラじゃないか。帰ってきてたのか」

「ライドじいちゃん、そいつなんか危ない気がする。離れて」

「いや、この人はたまたま迷い込んじゃっただけの…」

「いいから離れてって言ってんの!」

リーラと呼ばれた少女のピリピリとするような怒りのオーラがこちらにまで伝わってくる。おっちゃん、改めライドさんはそのオーラに気圧され俺からゆっくりと離れていく。この野郎。俺を見捨てやがったな。

なんて思っている間も槍をこちらに向けながら少女はゆっくりと近づいてくる。

「あんた、何者?名前は?」

「村山…樹」

「変な名前。村の外の住人だな?今度はなんだ?金を盗みにでも来たのか?」

冷たくそう言い放つリーラ。もう泣きそう。怖い。てか、『今度』ってなんだ。ここはそんなに何回も襲撃を受けてるのか?

「いや、違いますって。本当に俺はここに迷い込んじゃって…うぉっ?!」

リーラは槍の先を俺の喉に当たるか当たらないかぐらいのところで止めた。

「ムラヤマ…と言ったか。あんた、なんであんな所で倒れてたんだ?嘘を言えばこのまま喉を突き刺す。私が嘘と判断した時もこのまま喉を突き刺す。さぁ、答えろ」

もうそんなん何言っても殺されるじゃん。じゃあ、もういっその事本当のことを言うか…いや、内容がぶっ飛びすぎていて嘘と判断されるかも。なんて答えるのが正解なんだ…

俺は、悩んだ末こう答えた。

「俺もよく分かんなくて…」

「あ?」

「ちょ、最後まで聞いてください。俺今、自分の名前しか覚えていなくて…どこからここに来たのかもここがどこなのかも分からないんです」

「記憶障害って事か?」

「多分そんな感じです」

「そうか。なるほど……。…こいつは念の為管理下に置く。ライドじぃ、暫く、私とこいつを泊めてくれるか?」

「あ…あぁ…勿論いいけど…」

「助かる。さぁ、来い。決してお前を認めた訳では無い。ただ、記憶が戻るまでの間、監視をしたいだけだ。もしかしたら最近の急な魔物反乱に関係している人物かもしれないからな」

「魔物反乱…?」

「この辺りで、前まで人間と共に暮らしていた魔物たちが続々と反乱を起こし凶暴化しているんだ。あんたは何か知らないか?」

「ちょっとごめんなさい分からないです」

「そうか。……ここだな」

「え」

目の前にはお化け屋敷かよってくらい雑草ボーボーで不気味な大きな屋敷が建っていた。

「いつ見ても、これのどこがいいのか私にはよく分からないわ」

ん?なんか少しだけ口調が柔らかくなったような…気のせいか?

「さぁ、遠慮なく入ってくれ」

ライドさんは大きな扉をギギギと軋ませながら開いてそう言った。

「「お邪魔します」」

俺とリーラは口を揃えてそう言いながら屋敷内に入った。…やっぱり口調が優しい気がする。さっきまでの態度だったらきっと「邪魔する」とか言ってズカズカ入り込んでいきそうだし…

「なに?なんでこっち見てるの?」

「いや、なんか雰囲気変わりましたね…?」

「は?なに?出会って数分で彼氏面?」

怖い。やっぱりこの威圧感は変わってなかった…

「いや…さっきとちょっと雰囲気が違うなと…」

「ふふw冗談だよ。さっきのはレイラちゃん。私がリーラだよ」

「へ?」

何を言ってるんだ?姿かたちは変わってないけど…双子とか?そんなわけないか…

「私、人格がふたつあるんだ」

「えっと…」

ちょっと急展開過ぎて頭がこんがらがつてきた。

「え?!ちょ、ムラヤマ?!」

気づいたら俺は地面に倒れ意識を失っていた…


「ん…」

「起きた?大丈夫?」

「うわ?!」

「なによ。起きて早々魔物でも見たみたいな顔して…」

いや、目を開けて目の前に女の子がいたら普通に驚くだろ…まだこっちの世界に慣れてないんだから

「顔色は悪くないように見えるけど…念の為魔鏡を持ってくるわ」

「まきょう?」

「魔鏡も知らないの?あー、記憶ないんだっけ。まぁ、見たらわかるわよ」

百聞は一見にしかずって事ですかい…そういえばこの世界でことわざとか言っても通じるんだろうか?俺の妄想からできた世界だから通じるかも…いや、魔鏡とか出てきてる時点で通じないかもな

そんなどうでもいいことを考えていると部屋の奥に消えていったリーラが魔鏡とやらを持って帰ってきた。

「はい。これが魔鏡。この鏡に映るだけで病とか魔法によって降り掛かっちゃった不利な効果とか呪いとか全部名前が分かっちゃうの。神アイテムでしょ?もちろん、体調だって調べられるわ。その過程で名前がわかるんだから」

こんなのがあったら医者の職業無くなっちゃうじゃん。すごすぎるじゃん

「よし、魔鏡をオンにするわね…」

リーラがスイッチと思われるボタンを押すと曇っていた鏡が一気に綺麗な鏡に変わっていく。そして…

「だれ?」

鏡の中には髪の毛をニュアンスパーマにしている濃い青色の髪の少年がいた。

「ちょっと待ってこれ誰?」

「は?何言ってんの?記憶障害って自分の容姿さえ忘れちゃうわけ?」

「え、これ俺?」

「それ以外に何があるのよ。そんなインチキなやつじゃないわよ魔鏡は」

「いや…え…」

なんか普通にイケメンじゃね…?え、嬉しい。

「あー、そうだったかも…?記憶障害って容姿も忘れちゃうんだな…ははは」

わざとらしく笑うとリーラは

「頭大丈夫?」

すごい煽ってきた。さっきから思ってたがやっぱりこいつメスガキ気質があるな…

「とりあえず、魔鏡には特に何も異常がないって出たからひとまずは安心ね。少し安静にしてなさい」

リーラにそう言われたので俺はもう一度目を閉じて眠りについた…


「ん…んん」

唸り声を上げながら俺は目を覚ました。

…何時間眠ったのだろう、周りを見ると昨日までのことが夢じゃなかったということを実感する。

隣のリーラの部屋からは何一つ物音がしない。寝ているのだろうか?俺の部屋の下のライドさんの部屋からは大きないびきが聞こえてくる。外を見ると空は真っ暗だ。寝たのが日本時間で例えると昼の12時だったとして今は体感朝の3時くらいな気がする。つまり約15時間寝てたわけだ。疲れてたんだな。俺も。まぁ、合ってるかは分からないけど。

「もう結構寝たし寝れないな…何しよっかな」

そう独り言を呟いて、そういえばこの世界には魔法とかあるのだろうかとふと疑問に思った。でも、魔法学校とかあるくらいだからあるよな。

……魔法使ってみたい…!

そんなことを思った俺はこっそり下に降りて家を案内してもらった時に教えてもらった書斎に潜り込んだ。

「おぉ…昼間はあんまり見てなかったけど結構本の数も多くて綺麗に整頓されてるんだな。でも、最近入ってないのか?ホコリが被ってる…」

本にはホコリ、机にもホコリ、ハシゴには蜘蛛の巣。なんか…秘密基地感あっていいな…!

俺は手近の本を手に取り題名が見えないほど被っているホコリをはらってみた。

「禁忌魔法陣について…?なんか危なっかしそう…もうちょっと初歩的な魔法を…」

そこから体感20分くらい初歩的な魔法が書いてありそうな本を探した。結果見つかったのは…

『魔法使いの少女』『魔法使いの少女②~魔女狩り~』『魔法使いの少女~死の魔法~』という絵本だった。いや、重いよ。なんでこんなポップな絵でこんな重たそうな内容なんだよ。でも気になるから読んじゃお。

そうして本を開こうとした時だ。…本が開かない。なんで?

「ふんぬぬ…」

力を込めても開かない…もっと筋トレしとくんだったか…いや、今は少年の体だし結局か…

「はぁ…」

諦めて部屋から出ようと部屋の扉に向かおうとした時だ。

「誰かいるの…?」

リーラが怯えながら扉を開いて片目を覗かせた

「わっ!なんだ…ムラヤマか…この部屋は危ないから入っちゃダメだよ」

そのまま扉を開きゆっくりとこちらへ歩いてくる。

「あ、ごめんなさい…」

「なんでこんな所にいるの?」

「魔法…使い方忘れちゃって。使ってたような記憶がモヤモヤしながらも残ってるので本か何か見たら記憶が蘇るかと思って…」

我ながら即興と言えどいい言い訳ができたと思う

「なるほどね。じゃあ、私の部屋に魔法の基礎を学べる本があるから後であげるわ。とにかく、今すぐこの部屋から出て。お願い」

「なんで、そんなに…」

「いいから!」

リーラが血相を変えて叫んだ。そんなに大切な部屋だったのか…?

「ごめん。分かった…」

「うん。いいよ。ただ、もうこの部屋には入らないで」

優しく微笑みながらも冷たい眼差しで言い捨てるリーラが少し悲しげに見えた

「あ…あぁ…」

「さ、行こっか…。ムラヤマ?もしかして…それは…!」

「なに?」

「それ!今すぐ手放して!」

「へ?!え?!」

俺が焦って本から手を離し本が下に落ちる。

「はぁ…良かった…」

「え、なに?」

「あなた、魔力がないのね。道理で…」

リーラはブツブツと何かを言い始めた

「え?どゆこと?」

「魔力がない人なんて初めて見たけど…本当にいるのね。伝説の中だけの話かと思ってたのに」

「え、あのよく分かんないんですけど…」

「その本はね魔力がない人が触ると本が開かない代わりにその人をその本の中に引きずり込もうとするの。まぁ、私もそんなの信じてなかったのだけどさっきその本からいつもは感じない膨大な呪力を感じたから」

「なる…ほど?」

「まぁ、簡単に言うと、この世界では誰しもが微々たる量でも確実に魔力を持っているのにあなたにはその魔力が少しもなくてその本は魔力がない人には危険な代物ってこと。分かった?」

「なんとなく」

「でも、そんな伝説の人だったなんて…一応、この世界ではあなたみたいな魔力がない人は希少だから周りに私の魔力を纏わせておくわ。ん?でも、さっきあなた記憶が無くなる前は魔法を使っていたって…」

「あ、えーと…」

「もしかして、記憶と魔力を魔物に吸われてしまったのかしら」

「んー」と考え込んでいるリーラを横目に俺はさっきのリーラの慌てようが気になっていた。どうしてあんなに焦っていたんだ…?

「あのさ、なんでさっきあんなに焦ってたわけ?」

「え?」

「ほら、俺がこの部屋にいたことに焦ってたから」

「あぁ…んーとね、分かんない」

「は?」

「さっきのは実はレイラちゃんなの。この部屋にはどうしても部外者を入れたくないらしくて…今も私に早くそいつを追い出せって訴えかけてきてるの」

「…そうなのか…分かった。この部屋からとっとと出よう」

俺はさっきのレイラの悲しげな表情を思い出した。

「いいの?…………ふん、それが正しい判断だムラヤマ。ここは危険だからな」

長い沈黙を挟み口調が変わったリーラ。きっとレイラに変わったのだろう

「なぁ、レイラ、どうしてお前はこの部屋に部外者を入れたくないんだ?」

「そんな事お前に教える義理はない」

相変わらず冷たいな…

「そうですかい。…ま、いいや。とりあえず、この本、気になるから読んでくんね?」

「は?私は無理だリーラ変われ。…おい、リーラ?何笑ってんだ早く変わってくれ」

「あの…」

「うるさい。ちょっと黙っててくれ」

理不尽…

結局この後はレイラとリーラの攻防がお互い激しく読み聞かせはしてくれなかった。



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