第9話



 ―――ああ。なるほどね。そういうことか。



 つい冷ややかに目を細める。

 けれどもすぐ、私も似合わない笑顔を作ってみせた。




「あら、あなた。喜代美のお知り合い?」




 すると彼女ははにかんだ。

 うっすら染まる桃色の頬が、愛らしさをいっそう引き立てる。




「まあ……そうでしたわね!今は喜代美さまとおっしゃるんですよね!


 はい、私の家は喜代美さまのお実家さとととなり同士でございまして、私は幼い頃 喜代美さまによく遊んでいただきました」




 ほほう。幼なじみという訳ですな?

 それはそれは結構なことで。




「けれど喜代美さまがご養子に出られてからは、お実家にもまるで帰っておられないご様子。


 もしや体調でもお崩しになって、なかなかお実家にお戻りになられないのではと、それだけがずっと気がかりでして……」




 それで喜代美の姿見たさに、この裁縫所まで通うことにして、私に探りを入れてきた、と。




(……ふーん)




「心配には及ばないわ。喜代美は全っ然!元気だから。きっと実家に戻らないのも、津川の両親をおもんぱかってのことでしょう。


 両親は何度も実家行きを勧めているのよ。なのにあの子は、なかなか首を縦に振らないの」




 余裕たっぷりの笑みを見せつけてやる。

 けれど腹では、別の感情が沸きあがっていた。


 彼女には悟られたくない。せめてもの年上の威厳だ。




「さようでしたか……お元気ならそれで安心いたしました。

 あの、さよりさま。今度 お宅へお伺いしてもよろしゅうございますか?」




 早苗さんは心底ホッとした様子を見せたあと、媚びるような上目使いでそう申し出る。


 それにも私は余裕の笑みで答えた。




「ええ どうぞ。いつでもいらっしゃい。きっと喜代美も喜ぶわあ」




『喜代美も喜ぶ』と聞いて、彼女は今までの中で一番うれしそうな笑顔になった。






おもんぱかる……周囲の状況に目を向けて、深く考える。


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この空を羽ばたく鳥のように。 ていじろう @teijirou

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