【短編】優しいクマ~野生のクマにも優しい心がある~
虹凛ラノレア
第1話 優しいクマ
色鮮やかな花に蝶は舞い、木の実を拾いモグモグと食べるリス。鳥の鳴き声に鹿は木陰で休み、緑に埋め尽くされた山奥には子供と父、母である熊の家族が住んでいた。
「父ちゃん!母ちゃん!」
子供のクマは両親に向い大きな声を出す。黒色の毛並みに首元には珍しい三つ葉のクローバーの形をした模様。両親は毛並み色のクロと三つ葉を掛け合わせクロ
「クロ
「あんまりはしゃぐなよー?」
クロ三の両親は出来るだけ人間と出会わないよう山奥から動こうとはしなかった。
理由は簡単だった。人に近づいても良い事は何一つ無いからだ。
これは両親から口酸っぱく言われ続けられた教えだった。
人から距離を離し生活するクロ三だったが、食材を調達していると山に銃声が鳴り響く。
花に舞う蝶や鳥は一目散に空へ目掛け散らばっていく。地上に住まうリスはかじっていた木の実を捨て、鹿達も銃声とは反対の方角へ逃げる。
一方、熊の家族はまだ小さい我が子を先に逃そうとクロ三の背後から逃げる。
クロ三は逃げる鹿達の後を追うが、段々と人間達との距離が徐々に縮まっていく。
「逃げて!クロ三!」
「俺達の事は気にせず逃げろ!振り返るな!」
人間達の不気味に笑う声と、両親の痛い気な悲鳴が山奥に響くがクロ三は父が残した言葉を守り抜き無我夢中で走り続ける。
(父ちゃん、母ちゃん!!オイラ…オイラ…!!)
クロ三は息を切らしながら全力で逃げ帰り振り向くと———両親の姿は無くあっけも無く人間に殺された。
———【2年後】
両親が亡くなり2年の時が経った。体格は大きく逞しく育ったクロ三だが、時が経っても未だに消えない憎悪が心の中に黒いわだかまりとなって残っていた。
(人間が憎い…オイラたちは何も悪い事してないのに!)
クロ三はそう呟くと父から人間には近づかないようにと教えを破り山のふもとを散策する。
(人間と出くわしたらあの時の怨みを…)
ウロウロしていると小さな子供を連れた3人の親子がリュックを背負い歩いている所を見つける。
(人間に…人間に復讐してオイラの気持ちを晴らすんだ!)
意を決すると猛スピードで四足歩行で走り、家族の元へ迫ると仁王立ちする。
「グワァァ!!」
「イヤァァァ!!」
「怖いよおおお!パパー!ママー!」
「や、やめろ!俺を置いて逃げるんだ!」
クロ三が家族を守る父親の前で仁王立ちし爪を立てた瞬間だった。
忘れもしない過去の記憶が蘇る。
「へへっ。クマを狩るのが楽しいんだよなぁ!」
「クマを殺しても誰も文句言わないしな」
人間は不気味に笑いながらそう呟くとクロ三の父、母を射殺したのだった。
振り向かず無我夢中に走ってても、耳にあの日の言葉が繊細に残っていた。
(オイラはあんな人間みたいな事をしようとしているのか…?)
辛い過去の出来事が蘇るとクロ三は自問自答をする。
(ち、違う!!オイラはオイラは…あんな醜い生き物になりたくないっ!!)
首を横に振るとクロ三はカタカタと震えながらも両腕を大きく広げ家族を守る父に背を向けて山奥へとひたすら走り続ける。
昔、家族と住んでいた住処に辿り着くと木を背もたれにし鳥が自由に駆け巡る青い空を見つめる。
「もう人間の前に姿を出すのはやめてここら辺の物を食べてよう…」
クロ三は父の教えの通りに山のふもとに近づく事をやめると、山奥に籠る事にした。
だがある日のことだった。人間達は山奥まで姿を現し油断していたクロ三は不意に麻酔銃を撃たれ気を失う。
目を覚ますと頑丈な檻に入っていた。辺りを見渡すと同じ大きな茶色い熊がヨダレをダラダラと零し檻を破壊しようと暴れていた。
(そうか…オイラも人間に捕まったんだ…)
檻を破壊しようと激しい音が鳴る中、クロ三は茶色い熊の行動を哀れに思いあっさりと観念し暴れる事は無かった。
とある日、真っ暗な部屋にライトを持ち人が歩く靴の音が聞こえムクっと起き上がる。
「ほら。残りモンだけど食え」
男性は器をクロ三の前へ出す。平べったい器の上にはステーキの切れ端と荒く切った梨が乗っかっていたがクロ三は困惑すると同時に男性に対し警戒する。
「毒なんて入ってない。じゃあ俺が食べて見せるよ」
そう話すと男性はステーキに手を伸ばし口の中へ運びムシャムシャと食べる。
「うん!上手い!」
男性は微笑みそう答えるとクロ三はようやく食事に手を伸ばす。
(美味しい……)
食べた事の無い料理にクロ三は複雑な気持ちながらも、味に感動すると男性は笑う。
「美味しそうに食べるな!お前、本当は人を襲う気無いだろ?そこのクマはヨダレをダラダラ垂れ流して檻を破壊しようと暴れてるんだがお前だけ違う」
男性はちらりと暴れ続ける茶色い熊を見つめる。
(あんな醜い生き物と同じになりたくないだけだよ…)
苦笑しながら話す男性だが、クロ三が人間に対し答える方法は無く無言のまま食事を食べ終える。
「首元にある三つ葉のクローバーの模様。お前はあの時、俺たち家族を見逃してくれたのにこんな仕打ちさせてしまって…」
見覚えのある話にクロ三は男性の顔を見つめる。以前、憎悪に満ちて人間を殺めたくてしょうがない時に出会した家族の父親だった。
「娘が三つ葉のクローバーの模様のクマさんは元気かな?ってさ」
(あの時の子供か。オイラみたいに1人にならなくて良かった…)
クロ三はお腹が膨れあがると横に寝ころび男性の瞳を真っすぐ見つめる。
「名前は黒い毛並みに三つ葉のクローバー…クロ三かな!って、娘が言うんだ。ははは!」
(父ちゃんと母ちゃんがつけてくれた名前と一緒だ)
無茶に笑う男性だが徐々に瞳がうるうるとし涙を零す。
「ごめんな。助けられなくてよぉ。人間にとってクマは凶器なんだ。犬だったらすぐにでも連れて帰って恩を返すんだけどな…」
(助ける?オイラを?そんな風に思ってくれる優しい人間もいるんだな…)
男性は立ち上がると、肩を落としながら背中を見せ去っていった。
(父ちゃん、母ちゃん。オイラこの人を救って正解だったよね?こんなにも優しい生き物なんだ。きっと誰かを幸せにするために生きているんだよね?)
心の中で問うと愛しい両親の微笑む顔が浮かび、クロ三は殺処分され短い人生を終えた。
あたり一面が白くなると猛スピードで場面が薄らと切り替わり騒つく声が聞こえ目を覚ます。
(ん…?オイラ、殺されたハズじゃ?それより人?)
ガラス越しにこちらを見つめる大勢の人間達。透明なガラスに薄らと自分の容姿が見え直視する。
(なんか身体に違和感があるぞ)
黒い毛並みに首元には三つ葉クローバー。頭にはとんがった耳にお尻辺りには長い尻尾がついている。
(い、い、い、犬!?)
クロ三は犬に生まれ変わり動揺しているとガラス越しで見慣れた男性と目が合う。
(あの時、優しくしてくれた人間だ!)
クロ三はガラスにしがみつきワンワンと吠えると男性と目が合う。
男性は目を大きく見開くと、その場から消え去る。飼育係がきてクロ三は抱き抱えられたまま移動する。
「こちらのワンちゃんですか?」
「はい!抱っこして見てもいいですか?」
男性はクロ三を抱き抱えると涙をポツリと流す。
「黒い毛並み、そして…」
首元の模様を確認する。
「やっぱり!三つ葉のクローバーだ!お前あの時の優しいクマ…クロ三なんだろ?」
「わんわんっ!」
男性の問いに答えるようにクロ三は吠えると涙を拭うようにペロペロと舐める。
「わっ!くすぐったい!」
拭っても拭っても男性の瞳から次から次へとポロポロと大粒の涙が零れる。
「今度は絶対に…絶対に幸せにするからな!クロ三!」
涙を流しながら微笑む男性の姿に、クロ三が前世で抱えていた黒いわだかまりがスッと消えていく。
(やっぱりオイラの行動は———間違っていなかったんだ!この人は誰かを幸せにする生き物なんだ!)
クロ三は尻尾を振り、男性の溢れる涙をペロペロと舐め続ける。
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始めは蜂を駆逐するクマの案が浮かんでいたのですが、こんなクマもいたら良いなぁ~なんて思い浮かべながら執筆しました。
読んで頂きありがとうございました。
【短編】優しいクマ~野生のクマにも優しい心がある~ 虹凛ラノレア @lully0813
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