隣の彼はまさかの

 集合時間二時間前に私は毬絵たちを起こして部屋に戻った。


「光里、ずっと起きてたの?」

「うん」

「かなり酒臭いけど大丈夫?」

「大丈夫」


 酔ってはいなかった。けれど心が大丈夫じゃなかった。森田さんは戻ってきたのだろうか。


 出発する時、お隣の韓国人留学生が見送りにきた。私たちはハグをして互いの健康を祈った。


 空港への貸切バスはわざと高宮たちとは違うバスに乗った。気分が悪いということにして、私は黙って窓の外を見ていた。土煙で霞んだ北京の街を見ていると涙が溢れた。留学は本当に楽しかった。それが最後で台無しになったような気がして、告白したことを後悔した。


 飛行機は格安チケットの関係で席がバラバラで、私はほっとした。


 森田さんとのことは忘れよう。留学は楽しかったのだからそれでいいじゃないか。


 ようやく気持ちの整理がついて、飛行機の中で寝ようとしていた時、


「花咲さん」


 と名前を呼ばれて、私は辺りを見回した。周りに知っている顔はいない。空耳かとまた寝ようとすると、


「花咲さん」


 とまた呼ぶ声がした。しかもこの声は。


 私は声のした隣の席を見た。日本人だろうけど、知らない顔だ。森田さんの声がしたと思うなんて、私はどうかしてる。


「花咲さん?」


 いや、間違いない。隣の非常好看的男人(めちゃくちゃかっこいい男性)が森田さんの声で私を呼んでいた。


「も、森田さんなんですか?」

「うん。判らなかった? 席、隣だったんですね」


 髭とサングラスのない森田さんは、澄んだ瞳が印象的な整った顔をしていた。


 ありえない。


 自分を振った人が隣の席。悪夢だ。



「あれから、上手くいきましたか?」

「何がですか?」

「告白したんじゃないんですか?」


 全く話が分からなかった。私が告白したのは森田さんにだ。そして森田さんは消えたではないか。


「告白しましたが振られたじゃないですか」

「そうなの?」


 森田さんて天然なの? 私が告白したの、分かってないとか? それはないはずだ。


「じゃあ、俺と一緒だ」

「え? 森田さん、あの後告白しに消えたんですか?」

「え? いや、告白はしてないけど」



 全く訳が分からない。


 森田さんも、森田さんの行動も。


「ちょっと待ってください。あの、私、森田さんに告白しましたよね?」

「ああ、でも過去形だったでしょ? 高宮のことを好きになったんだろうと席を外したんだけど」

「え?!」



 ま、待って。じゃあ、森田さんがいなくなったのは、私が高宮に告白すると思って気を使ってくれたの?



「いえ、私は高宮のことはなんとも。私が好なのは森田さんですけど」

「え? 今も?」



 森田さんは驚いたように私を見た。



「じゃあ、なんで過去形?」

「それは……。怖かったんです。森田さんに嫌われるのが。だから留学中だけの恋にした方がいいのかなと思って、ズルイ言い方をしました」



 私は正直に答えた。森田さんはしばらく呆然と私を見て、



「俺は失恋したんだと……」



 と言った。


 ん? これはどういう意味? 



「俺も花咲さんが好きです」



 今度は私が呆然とする番だった。



「俺、こういう顔だから、なんか意外にモテるんですよ」



 確かに格好いい顔だ。


「でも、性格と顔が合ってないみたいで、留学する少し前も振られたんです。だから中国に行く前、強面にイメチェンしたんです。外見で判断されたくなくて」

「そうだったんですね」


 顔が良いとそれはそれで大変なようだ。


「でも、振られたと思ったからどうでも良くなって髭もサングラスもやめたんです。まさか花咲さんが髭面の自分を好きになってくれるなんて」


 困惑気味の森田さん。


「髭とサングラスはある意味インパクトありましたよ? でも私は森田さんの顔がどちらであろうと構いません。森田さん自身を好きになったのですから」


 私は恥ずかしいけれどきっぱりと言った。とたんに森田さんの顔が赤く染まった。


「恐縮です。あの、花咲さん、よかったら俺と付き合ってください」

「喜んで」



 私は笑顔で答えた。まさかの逆転勝利。一夏で終わらない恋。ずっと続けばいい。



                  了

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我去北京恋愛的留学 〜北京に恋留学に行きます〜 天音 花香 @hanaka-amane

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