第12話
意識を手放した後、明日香は病院で目を醒ました。両親は涙を流して喜んでくれた。後から見舞いに来た文乃も心底嬉しそうな表情を見せてくれた。文乃だけではなく、クラスメイトも何人か見舞いに来てくれた。
そして来客はもう一人。
明日香が助けたという少年だ。彼とは面識が無いのは記憶を取り戻しきれていないからではない。
高校二年生になってから一度も登校せず、初夏になったあの日。酷い豪雨だった。明日香はその日もずっと部屋の中に引きこもっていた。両親はどちらも出かけていていなかった。食事をしようと一階に降りた時、玄関に両親の傘がどちらとも残されている事に気が付いた。
何故そうしたのか今でも分からないが、明日香は両親に傘を届けようと思い至ったのだ。久しぶりの外は悪天候。強風に煽られながら、明日香は傘を奪われまいとゆっくりと歩いた。
そんな中、川の側を通りがかった時に溺れている少年を発見した。助けなくちゃ、と身体が勝手に動いていた。自分は運動神経も良くないのに、どちらも助からないかもしれないのに、脳裏に自分を庇って死んだ春斗が過ったのだ。
私も春斗のように誰かを救いたいと。
何とか少年は助けられたが、明日香は流されてしまった。その後意識不明の状態で発見され、明日香は【追憶の宝石】達の泳ぐ不思議な校舎へと舞い降りた。
明日香は、まだこの世界へ戻れる希望があった。そこに留まるか、元の世界へ戻るかで生死が決まったのだろう。明日香は春斗のいない世界で生きる事を選んだ。
春斗の姿を思い浮かべると今でも涙が溢れてしまう。
「あっ何処か痛いですか!?」
少年が見舞いに来てくれたのを忘れて泣きそうになってしまった。少年はオロオロとしてしまっている。明日香は何でもないよと言って涙を拭って笑ってみせた。
この少年は小学五年生だそうでやや短髪で活発そうに見えるが、明日香にはきちんと敬語を使っていた。
「明日香さんに助けてもらったお陰で、僕生きています。本当にありがとうございます。もし明日香さんが死んでしまったら……僕、どうしようって……」
「心配かけてごめんね」
もし明日香が死を選んでいたら、この少年も春斗を失った自分と同じようになってしまったかもしれない。この選択は間違いではなかった、と今は思える。
「僕、今度サッカーの試合があるんです。明日香さん、もし体調が良くなったら見に来てくださいね」
この少年もサッカーをやっているのか、と明日香は微笑みながら一筋の涙を零してしまった。
「あ、明日香さん……!?」
「未来のプロサッカー選手を守れたんだと思ったら何だか感動しちゃって」
明日香がそう言うと少年は頬を赤らめて笑った。
春斗のいない世界など生きたくない、とずっと思っていた。しかし、この世界は明日香が思っていたよりも優しく、暖かい。
少年が帰った後、明日香は病室の窓に近寄る。もう夏を迎えているので中庭に植えられた木は青々としている。
明日香の脳裏に、春斗と二人で見た桜吹雪が浮かぶ。現実世界でなかったが、春斗と見たあの桜は一生忘れる事はないだろう。
病院の中庭をしばらく見つめていると、季節外れの桜の花びらがふわりと舞い、閉まっているはずの窓をすり抜けて入って来た。その花びらは床に落ちると、静かに消えて行った。
その様子を見て、明日香は微笑んだ。
「ありがとう、春斗。私頑張るよ」
【追憶の宝石】達のいたあの不思議な校舎を、春斗と歩いた事を決して忘れない。明日へと歩き出す。
明日香は伸びをすると、外へと一歩足を踏み出した。
追憶の放課後 完
【追憶の宝石】 秋雨薫 @akisame1231
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