第23話


「もしもし、響」

「俺こそごめんね。意地悪なこと言って大人気なかったよ……ちょっと寂しくなって」

「明日泊まりに来る? なるべく定時に上がれるようにするから」


 今この場にいない響に向けているだろう甘ったるい微笑を浮かべている悠は、先程の生ける屍と同一人物に思えない。

 響と無事に仲直り出来た今、精神的に生き返った悠は水を得た魚そのものである。


「うん、一杯だけ飲んで帰るよ……おやすみ」


 通話が切れて、悠は少し長い嘆息をした。


「……やっぱり、盗聴だけじゃあ物足りない」


 ホーム画面に切り替わったスマートフォンを見つめながら呟いた独り言は不穏な匂いがぷんぷんしていた。


「まだやってたのかよ」

「辞める理由がないので。むしろ響を常に把握しなきゃいけないから辞められませんよ」


 悠のストーカー気質は未だ健在であった。

 響と会わない日は監視と称して遠くから見つめていたり、盗聴をして録音、盗撮に飽き足らず、響に近付く男(まれに女も)の排除にも手を染めていた。


 そんな悠に好かれてしまった響が不憫である。しかし、彼から逃げて離れようとすれば監禁ライフが待ち構えている。袋の鼠となった響の人生はある意味詰んでいた。

 響が悠の異常性に気付かず、好意を抱いているのは、不幸中の幸いかもしれない。


(何はともあれ、お前ら末永く爆散してろ)


 お互い愛し合っていちゃいちゃしている内が華だ。悠が監禁に至らない限りは平和なのだ。

 お互い二人にとっても、悠の異常性を知る川端自身にとっても。






 しかし、一安心した川端に、悠は突如爆弾を投下した。


「川端さん」

「なんだよ」

「催淫剤って使ったことあります?」


 突拍子もないことを切り出した悠に、川端は訝しむ表情を隠さなかった。


「はぁ? ねえよ」


(今度はなんだよ!)


「以前同期の奴に貰ったものがあって、使わず放置していたんですけど、明日、響に使ってみようかなあって」


 悠は響が一時無視したことを根に持っているようだ。男なら許してやる度量を持ってくれ……と川端は切実な思いを抱いていた。


(あ……響ちゃん体力を根こそぎ奪われるわこれ)


「流石に使ったら、響ちゃんまた怒るんじゃね?」


 川端は早まるなと祈るような気持ちで、悠を見据えていたが。


「大丈夫ですよ。ご無沙汰だったからそうなるものだって吹き込めば信じてくれるはず……」


 “人間関係を排除して、そういう事情に疎くなるように仕込んでいますから”


 そう述べた時の悠の笑顔は、響と通話していた時と異なった典型的な悪人の笑い方だった。

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marionette SS 水生凜/椎名きさ @shinak103

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