第22話

「大人気ねーな。で、響ちゃん怒ったの?」

「帰るって……響、怒ると無表情になって冷たくなるって初めて知りました……泊まりは中止になって、響を車で送ってからはライン送っても電話かけてもフルシカトです」

「そら、百パーお前が悪いわ。推しを貶されたら誰だって怒る」


 川端は嘆息すると、冷えたグラスに注がれたジンジャーエールを一口飲んだ。


「考えなしでした。俺だって響を貶されたらキレる」


(水面下でデタラメな悪評を流してるお前が言うな)


 悠は響を手に入れ、依存させる為に水面下で執念深く陥れ続けていた。響は未だにその事実に気が付いていない。


(お前にとって響ちゃんはアイドルかなにかか?)


 本来、アイドルは偶像、崇拝される者という意味がある。悠の異常な愛情表現を思えばあながち間違ってはないと川端は思った。


「……お前さぁ、彼女が俳優に夢中になるくらい許せよ」

「え、無理です。同じ次元ですよ。せめて瑞穂みたいに二次元のキャラが好きなら我慢出来たのに」


 悠の従姉妹である瑞穂は、乙女ゲーマーの筋金入りのオタク女子だ。既婚者になった今も健在だと聞く。


(しょうもな……)


「握手会の時にあの俳優が響を好きになったらって思うと、夜も寝れなくて……ああ、しんどい、死ねる……」


 悠はタチの悪い酔っ払いの如くクダを巻いていた。なお、酒は一滴も飲んでいない。


「でも、響ちゃんにフルシカトされても、監禁に走らないんだな」

「今回はしないです。俺に非があるので」

「今回に限らず死ぬまでするなよ」

「……」


(おい、そこは黙るな)


 響と付き合ってすぐに手枷を入手したと聞かされて、川端は悠の行動力に戦慄した。冗談か比喩の類いと思いたかったが、本気のようだった。

 三年前の秋、悠が月見里都という女に刺されて昏睡している時だった。

 響から悠に別れを告げたと聞かされた時はゾッとしたものだ。

 どうにか思い直せと響を説き伏せて、バッドエンド監禁ライフを回避させた当時の自分を褒めてやりたい。


 川端は悠以外の客がいないのをいいことに、スマートフォンを取りだし、響宛にメッセージを作成した。


《あいつ、めちゃくちゃ反省してるから、許してあげて》


 既読は付いたが返事は来なかった。


 しかし、メッセージを送ってからは十数分後、テーブルに置いてある悠のスマートフォンに着信が来た。画面には響の名が表示されている。


「おい、電話。響ちゃ――――」


 響の名を出した途端、突っ伏してクダを巻いていた悠は尋常ではない速さでスマートフォンを手に取り電話に出た。

 高校時代喧嘩に明け暮れて、動体視力に自信のある川端でも捉えることが出来ない速さだった。


(気持ち悪)


 悠は響に関わると火事場の馬鹿力が出るようだ。

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