第6話 収束、そして新たな戦い

「いやぁ! ケンくん! ケンくーん!」


 二年A組の教室で、綾香が泣き叫んでいる。

 スマホの映像は途切れ、今は暗闇に閉ざされていた。


「無駄だよ。彼は死んだ」


 淡白にそう言ったのは上野だ。

 綾香はきっ、と振り返ってにらみつける。


「誰のせいで……」

「僕は取引を持ちかけただけだ。ちゃんと彼にも考える余地は与えたつもりだよ。選んだのは彼だ」

「そんな屁理屈……!」


 綾香は詰め寄ろうとしたんだろう。

 が、胸を押しつぶす悲しみに、うずくまってしまった。


「ケンくん……」

「彼も強情だった。僕もまさか自ら命を絶つことまでは予想していなかった……」


 しみじみと上野は首を振るが。

 隠れているのにも飽きて、その背後から俺は言ってやった。


「俺もまさか死なないとまでは予想してなかったよ」

「なっ……!?」


 思い切り殴り飛ばす。

 思いのほか軽い上野の体は、教室の机や椅子を巻き込んで派手に転がった。

 他のクラスメイトたちから動揺の声が漏れる。


「ぐ……な、なぜ」

「後ろに跳んで爆発の衝撃を殺した。ただそれだけのことだ」

「……ふっ、なるほど。君ならやりかねないね。そうやって姿をくらまして不意打ちにつなげたわけだ」


 敵もさるものだ。

 無茶苦茶な理屈も飲み込んでくれる。

 マジで楽。助かる助かる。


「ケンくん!」

「心配させてすまない綾香。地獄から舞い戻ったぞ」

「心配なんて!」

「まあ確かに行ってないからな。地獄」


 ひとしきり抱き合い、それから改めて上野に向き直る。


「観念しろ上野。もう逃げ場はないぞ」

「逃げ場? 逃げ場だって? これ以上ない有利な位置取りにいるのに逃げるはないだろう!?」


 そして上野はさっと手を上げ宣言する。


「これより多数決を採る! 板橋健太郎の追放に同意する者は手を!」


 俺はゆっくりと見回す。

 手を上げるものは……一人もいない。


「な……なぜ……」

「崩れた牙城にすがる奴はいないということだ」


 冷たく告げて、今度は俺が手を上げる。


「多数決! 上野吾郎への制裁に同意する者は手を!」


 上野以外のすべての手が上がった。

 俺は無言で前に出た。

 上野の怯えた顔を、多少哀れには思った。










「厳しい戦いだったわね」


 砕けた屋上から朝焼けの空を眺めながら委員長が言った。

 フェンスも吹き飛び完全に吹きさらしになったために冷たい風がよく通る。


「学校は並々ならぬ被害を受け、復旧には数日かかるでしょう。怪我をした人も多い」

「ええ」


 俺はその隣で静かにうなずいた。


「ですが傷はいつかは癒えます。今は静養の時です」

「癒えない傷もあるわ」

「……そうですね」


 沈痛な思いにうつむく。

 上野の策略で陥れられた委員長は、その間パシリに走らされていた。

 方々を走り回っても焼きそばパンがなかなか見つからなかったらしい。

 屈辱によるその心の傷が癒えることはない。


「わたしたちの超民主主義が試される場でもあったわ」

「はい」


 俺は校長室で告げられたA組の真実を思い出しながらうなずく。


「多数決を遵守し厳守し、その先にあるのは本当に正義か。それを問われた気がする……」

「委員長はどう思われます?」

「…………」


 それは短くない沈黙ではあったが。

 それでも委員長はきっぱりと答えた。


「どこかにあります正義は。焼きそばパンだってありました」


 なるほど。そうかもしれない。

 超民主主義は歪みもすれば狂いもする。

 それでも確かにそこに正義はあるのだ。根性出せば。


 俺はそれだけをしっかりと心に刻みつけて、空を見上げた。


「そろそろ中に入りましょう、委員長。傷に障ります」

「そうね……」


 痛そうに肩を押さえる委員長(怪我はない)を支えながら俺は歩き出した。

 一日が始まる。

 新しい日が。

 超民主主義な今日が。

 どんな日になるだろう。そんな期待に胸を膨らませながら。


 と。


 ずずん……とただならぬ地響きがとどろき足元が揺れた。

 さらに空を飛翔体がいくつもいくつも横切った。


「ケンくーん!」


 声に振り向くと、屋上の入り口から綾香が姿を現したところだった。


「どうした」


 尋常でない様子に声をかけると彼女は血相を変えてスマホを差し出してきた。


「大変! これ!」


 その画面にはネットニュースが表示されている。

 そこには。


「日本沈没!? 第三次世界大戦!? 馬鹿な!」


 思わず叫ぶ俺の肩を今度は委員長が揺さぶる。


「あれを見て!」


 その指が差す空には何もない。先ほどの飛翔体ももう影も形もない。

 と思ったが、空の彼方から何かがすさまじい速度でこちらに飛来する。

 光る円盤……いくつも。


「なんだ……?」


 訝しむ俺たちの上で、円盤が停止する。

 そして、唐突に声が響いた。


「ワレワレハ宇宙人デアル」

「なにい!?」


 あるか、そんなこと。

 あらゆる意味で愕然とする俺たちの目の先で、さらに声は続けた。


「コノ星ニ超民主主義ナル概念ガアルト聞イタ。ヨコセ」

「…………」


 俺たちは顔を見合わせた。

 そして深くうなずき合う。

 ポケットからスマホを取り出して画面にタッチ。

 議案が放り込まれ、多数決が開始される。


 俺たちは二年A組。超民主主義の教室。たとえ日本沈没が始まって、かつ第三次世界大戦が起こって、かつ宇宙人が襲来したとしても、それでも多数決が最優先なのだ。



「うっし、やるか!」


 俺たちはさっそく対処に乗り出した。



(終わり)

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ようこそ超民主主義の教室へ! 左内 @sake117

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