第20話

第20話 彼女は今日も尋ねる……




 創生起源歴1125年。地球は再生された。

 地球側から補足されないように、ガガメの宇宙船は月の裏側に退避。特命大使に任じられたフロスとジスレンが、監視役として残る事となった。与えられた権力は絶大で、どんな勢力でも口を差し挟む事は出来ない。仮に里留の物語が永遠に受け入れられなくても、二度と破壊される事は無い。しかし、別の話題が物語の存在を対象にする。それは、星間連合に入れるか否か。加入されるべきとの意見も多いが、やはり争いを好む性格を問題視。結局、里留の物語を受け入れられるようになるまで、加入は避けるべきと議論は纏まった。




 いつもの日常、いつもの喧騒、いつもの平和。地球は平穏に戻っていた。殆どの者が創生起源歴を知らない。何一つ変わらず、連続する『いつも』を何気なく過ごす。何の疑問も無い。だが、知っている者にとっては、特別。すれ違う他人も、普通の会話も、愛おしくて堪らない。そして、遠く離れた争いが許せなくて腹立たしい。彼らは、行動を開始した。各々の出来る範囲で、平穏を大切に出来る世界に変えるべく。その手には、里留の本が握られていた。




 千葉の住宅街、二階建ての一軒家。

 ここは、フロスとジスレンの家。小学5年生の息子と、中学2年生の娘と暮らしている。地球再生までに8人の子宝に恵まれ、既に6人は巣立っている。フロスは有名な出版社勤務、ジスレンは主婦の傍らリザードマンだった者達のリーダーをしている。監視役としての任は、地球側に悟られないようにしている。


「ねぇ貴方、何か手伝える事は無いかしら?」


 ジスレンが見ているのは、紛争地で頑張る日本人と言う記事。気になる内容だが、片隅に小さく記されるのみ。テレビでも扱われない。幾ら頑張っても、平和を謳歌している者達には響かない。


「長く根付いた考えは、簡単に改まらない。根気強く見据えるしかない。それより、子ども達は大丈夫? 明日、遠足って言っていたけど?」

「あっ! 忘れていた! どうしよう、お弁当も材料買ってない……」

「まだ時間があるから、一緒に行こうか?」

「お願いしても良い」


 100年以上連れ添っている仲の良い夫婦。地球人の感覚では老夫婦だが、ブレメルではまだまだ新婚。見た目の若さと乖離しておらず、むしろ自然に周囲と馴染んでいる。


「ただいま~」


 帰ってきたのは、神鋼。セーラー服が似合う高校生。里留と一緒に暮らすつもりだったが、驚かせてしまう為、仕方なくフロス家に居候する事になった。高校では、高身長を生かしバレーボールをしている。かなりの運動センスで、試合に出れば連戦連勝。早くも人気者に。


「ちょっとお父さんの所に…」

「様子は?」


 フロスの問いに、芳しくない表情。


「リヴィアが暴走した所為で、大変な事になっている。確かに乗り越える必要はあるけど……」


 リヴィアは、意気揚々と里留に会いに行った。記憶が無い事は知っている。当たり障りない言葉から始めた。反応は上々、最初は喜んでいた。ところが、数日後、いきなり復讐相手だと明かした。事実を知った里留は激怒、険悪なムードに。


「リヴィアは気付いたんだ。求めている先生ではないと…」

「お父さんじゃない?」

「先生ではある。ただ、厚みが違うんだ。言葉だけ準えて、見せかけだけ同じになっても、象っている背景は薄い…」


 神鋼は、里留の下へ行くのを止めた。溜息を漏らし、二階に上がる。リヴィアが気付けて、自分が気付けない。悔しくて、今日は顔を合わせられない。


「ただいま…」


 今度は、角虫が帰って来る。角虫も同じ理由でフロスの家に居候している。新品のランドセルが煌めく小学生なのだが、漂う雰囲気は哀愁。里留に会いに行った事があるが、父と呼ぶにはまだ抵抗がある。リヴィアとは違う感覚で、同一視出来ない。小学校では、密かな人気を集める存在。運動神経が良く、成績も良好。物静かな様子が女子中心に好まれている。


「角虫、おやつ食べない?」

「……要らない」


 ジスレンの方をチラッと見て、恥ずかしそうに二階に上がった。


「嫌われているのかしら?」

「そうじゃない。母親のように感じて、戸惑っているんだ…」


 里留を父と慕っている。だが、リヴィアを母と慕うほどではない。どちらかと言うと、妹感覚。対して、ジスレンの母親らしさに惹かれている。決して母親にならない相手だけに、戸惑うのは当然。


「リヴィアが変わらないと、角虫は救われないのね」


 フロスとジスレンを両親に選べば、幸せは直ぐに手に入る。しかし、その選択肢は遠い。




 ガガメの宇宙船は、様々な星を繋ぐ関所になっている。様々な星からやって来た宇宙人が、地球用の身分証を手に入れ、地球人に偽装して地上に降り立つ。地球が再生してもうすぐ一か月、今のところバレる様子は無い。取り仕切っているのは、地球観光管理所。ビルが所長を務めている。

 所長室で、部下と打ち合わせ。


「ビル所長、今日は112人の観光申請があります」

「日増しに増えるな。滞りは無いか?」

「はい。今の人員なら、一日1000人までは対応できます」


 地球観光はかなり重視されており、申請した人員の数倍をブレメルは用意した。100人程度では、むしろ暇。

 暇になると、ビルはついつい考えてしまう。


「神鋼……」


 神鋼にとっては僅かな時間だったが、ビルにとっては100年以上。待っていた時間が違い過ぎる。本当は直ぐにでも会いに行きたい。だけど、怖い。素っ気ない態度に耐えられるか不安、里留に勝てるか不安、不安だらけ。美しい姿を妄想するのが精一杯。


「所長、どうしたのですか?」

「……い、いや、何でもない」

「そう言えば、先程ガガメ様が探していましたが…」

「何だろう……」


 ガガメは、ビルの上司に相当。嫌な感覚は無いが、妙に緊張する。




 ガガメは私室で頭を抱えている。ビルが入室しても気付いている様子が無い。


「ガガメ様、何か御用ですか?」

「……」

「ガガメ!」

「お、おおッ!………ビルか、驚かせるな。っと、それどころではない。女王が地球に来る事になった!」


 他の者と同じように、身分証を作り、姿を偽装すれば問題無い。女王だから出来ない、なんて事も無い。ビルは、混乱する訳が分からず首を傾げる。


「観光ではないぞ! 外交としてだ!」


 地球側の首脳達と正式な会談を設けた事は無い。これがファーストコンタクトになる。国によっては友好を結ぼうとするが、国によっては敵対する可能性もある。人間とは、知らないモノに対して残酷になる。宗教の違い、文化の違い、肌の色、言葉、挙げればキリがない。多くの者が否定する必要は無い。魔女裁判のように、嘘を吐くたった一人が混沌を蔓延させる場合もある。


「な、何故、急に……」

「星間連合への加入を厳しく見ていたのは、他ならぬ女王だ。訳が分からない…」


 頭を悩ませても時間は過ぎる。兎に角、出来る事をするしかない。




 外交の為に、地球側の政府にコンタクトをとる事に。しかし、宇宙人からの会談申し入れ、何処の国も受け入れない。挙句の果ては、悪戯の類と思われる有様。女王に外交中止を打診するが、意見を曲げず、一週間後の来訪を告げる。残された手段は宇宙人の存在を明かすしかないが、生じる混乱は計り知れない。それこそ、戦争状態に発展する可能性も…。




 何も対策出来ないまま、女王来訪前日。困り果てるビルの代わりに、フロスが各国への交渉を行う。直接的な宇宙人をアピールせず、宇宙人としか思えない技術や文化を披露する間接的な作戦。用意したのは、牛芋。様々な問題を解決出来るアイテムに、首脳達は興味を示す。特に貧困層を抱える国は大きく反応し、牛芋を持ち帰り国民の意見を仰ぐ事に。


「フロス様、ありがとう」


 ビルは、玄関先でフロスに感謝を告げる。帰ってきたばかりのタイミング、如何に有難かったか窺える。


「昔の上司だから、これぐらいは。それに、まだ答えは出ていない。女王が来るまでに間に合えば良いが…」

「大丈夫、大丈夫。フロス様に掛かれば、どんな問題もイチコロさ!」


 心配事が無くなると、急に気になる愛しい女。


「あの、神鋼は……?」

「部活に行っている時間だ。帰りは19時辺りだったと」

「最近、どうですか? 俺の事、何か話しています?」

「いや、先生の事ばかりだけど…」


 居なくなっても、敵の存在は大きい。それは自分自身が良く分かっている。でも、やっぱり諦められない。100年以上待たせていた想いを遂げずには終われない。


「フロス様、俺ちょっと行ってきます!」

「まさか、神鋼に告白でもするつもりか?」

「はい!」


 ジスレンが耐えかねて口を挟む。


「止めた方が良いわ。少なくとも、自分の気持ちを押し付けなくなるまで」

「そんな事を言っていたら…」

「神鋼が慕うお父さんは、もうこの世には居ない。心を引き寄せる機会は幾らでもある」


 ジスレンの話は一理ある。確かに、ビルの感情が優先されていた。付き合うきっかけですら、神鋼が自ら望んだ訳ではない。しかし、オリジンでの戦いも、記憶を失った後の3年間も、神鋼は確実にビルの為に行動している。気にはなっている。愛情に近しい感情はある。問題は、里留の存在とビルの立ち回り。


「分かった。もう少し、我慢する」


 100年以上待った。あと数年ぐらいは、我慢出来る。




 いよいよブレメル女王の来訪日。フロスの心配が実現し、何処の国も外交に応じなかった。牛芋に興味を持ったものの、日本人が作った新品種程度にしか考えず、宇宙人は大いに否定。こんな状況で女王を迎え入れる事となったガガメとビルは、生きた心地がしない。観光にシフト出来ないか打診したが、女王は拒否。外交予定を覆せない。苦肉の策で、偽の空を作り宇宙船の存在を隠す奇策に出た。

 しかし…。


「皆さん! 大変な事態が発生しました!」


 テレビに映し出される大興奮のリポーター。


「ヤバいのが空に浮いている」

「地球の最後か」


 SNS、動画サイト、あらゆる場所で大混乱する者達。

 彼らの視線の先には、空を覆い尽くす超巨大な宇宙船。偽の空は、接近時に破壊された。




 実際に宇宙人が現れると、各国首脳は大慌て。友好的に応じるべきか、戦闘を念頭に応じるべきか、全く答えが出ない。民意も割れ、学者も纏まらず、宇宙より現れた未知に混迷を極める。唯一会談に応じたのは、アメリカ。しかし、諸手を挙げて大歓迎…とは言い難い。一部の意見であり、大半は撃退すべきと好戦的。

 封鎖された荒野に小型の揚陸艇が降りて来る。国防省と銘打った軍隊が待ち構える中…。

 しかし、女王が姿を現すと、引き金から指が遠退く。


「会談に応じて頂き、感謝致します」


 宇宙人として思い浮かぶ姿全てを裏切り、途方も無く美しい美女が現れた。白銀の長髪は共通しているが、それ以外は見る者によって違う。誰にとっても最高の美女。戦意喪失も仕方ない。

 アメリカとの会談は滞りなく進む。終始笑顔で、棘のある言葉は使われず、女王接待の雰囲気。女王の口から語られたのは、星間連合への加入条件。地球における全ての闘争の終結、あらゆる差別の撲滅、地球を代表する人物を選定、の三つ。アメリカが会談の舞台だが、発信内容は全世界全国民が対象。これらは、人類が叶えられない願いと言っても過言ではない。しかし、対価は魅力的。自由に往来可能な宇宙船の設計図。これがあれば、宇宙進出は自由自在。何なら、宇宙船そのものを星のように扱う事すら可能。




 女王の美しさは、各国の敷居を下げ、会談に応じる国を増やした。話す内容は一貫していたが、返ってくる対応は千差万別。技術に興味を示し、条件をクリアする努力を約束する国。敵対する国を引き合いに出し、条件を拒絶する国。条件に触れず、女王との会話を楽しむ国。このままでは、星間連合への加入がいつになるか見当もつかない。




 一か月後、日本にも女王は訪れる。総理を含む閣僚が出迎え、他の国同様会談が開かれる。条件への反応は悪くないが、やはり努力の枠を超える事は無い。

 会談を終えると、女王は行きたい場所があると千葉に向かった。


「久しぶり」


 訪れたのは、フロスの家。

 来るのを知っていたのか、フロスとジスレンが出迎える。二階では、角虫と神鋼が聞き耳を立てている。


「驚いた。まさか君が女王になっていたとは…」

「里留と共に死んだと?」

「一心同体だったから…」


 ヴェノスを姿を正しく認識出来るのは、ブレメルの者とメモリーキメラだった者だけ。白銀の長髪、白く透き通った肌、青く静かに輝く瞳。脇腹の穴が無く、代わりに、腰に巻きつく白い片翼の翼。


「憎たらしい事に、初めから計画していた。復讐が終わったら、自分の体を差し出すと…」

「先生らしい…」

「残された者の気持ちを考えていない。独り善がり過ぎる…」


 玄関が開き、誰かが入って来る。


「そっちこそ!」


 怒りを誇示したリヴィアだった。ヴェノスに掴み掛り、その瞳の奥を見つめる。


「里留はどこ?」

「……消えて無くなった」

「嘘! 此処に居る、居る筈!」


 ヴェノスの胸を叩き、腕を強く握りしめ、何度も「里留」と叫び続ける。

 フロスが止めようとするが、ヴェノスは制止する。


「この体は、里留に譲り受けた物だ。確かに此処に居る。今も鼓動し、今も私に勇気をくれる。でも、二度と言葉を話せない。二度と触れ合う事は出来ない」

「違う……そんな、絶対……」

「里留は願っていた。大切な人が、復讐に煩わされない日常を送れる事を…」


 リヴィアの瞳から涙が零れる。しかし、俯かない。真っ直ぐにヴェノスの瞳を見つめ続ける。


「この地球には、里留が居る。復讐心が増大する前の、私が憑りつく前の。全てのわだかまりを解き放てる可能性、無駄にするな」

「望んでいない。私は、殺されても良かった。里留が復讐から解き放たれるなら…」


 涙を拭い、リヴィアは走り去った。

 激情を露わにする姿を目の当たりにして、ヴェノスは深く溜息を漏らす。


「自分だけ復讐を成し遂げた私には…」


 後悔しなかった事は無い。何度も自分を責め、愚かさを恥じた。それでも、歩みを止めなかった。里留のような存在が生まれない世界を創る為に…。




 一か月後。

 地球の滞在を終え、ヴェノスが母星に帰る日を迎える。ビルとガガメが見守る中、地球の友との別れを惜しむ。ビルは、女王が揚陸艇に乗り込んだら神鋼に思いを告げるつもり。


「体を大事に」

「ありがとう。リヴィアの事、よろしく頼む」


 フロスは、表情を曇らせる。


「出来る事はする。でも、彼女の心は…」

「そうか…」


 神鋼は、大きな荷物を背負い近づく。


「ヴェノス、私も連れて行って」


 角虫は、荷物を持たずジスレンの傍に居る。


「角虫は良いのか?」

「あの子は、ジスレンを母親のように思っている…」


 父を忘れられないのは、どちらも同じ。違うのは、他に大事な存在が出来たかどうか。神鋼と角虫は、互いの考えを尊重している。別れる事となっても受け入れる覚悟はある。

 ビルは、嬉しそうに笑う。告白の機会が増えた。


「分かった、ついて来い。だが、思い詰めるな。気が変わったら、いつでも…」


 別れの挨拶にそぐわない顔で、リヴィアが現れる。怒りでも、悲しみでもない。ただただ、ヴェノスの瞳を見つめ無心。


「リヴィア、来ないかと思った…」

「………」


 ヴェノスの胸に手を当てて、しばらく瞼を閉じる。心音を聞き、温もりを感じ…。

 彼女は、尋ねる。


「…魔王様は?」


 沈黙。リヴィアの事を想って、誰も言葉を口にしない。

 ヴェノスは、リヴィアの顔を覗き込む。何も言わず、様子を見る。しばらくすると、何も言わず背を向け去ろうとする。だが、直ぐに止まり、困った顔に…。


「……………今日も留守だ」


 帰って来る筈の無い言葉、口にしてはいけない禁句。誰もが、諦めさせる為の方便と思った。フロス以外は…。


「全く馬鹿な奴だ。折角の機会だったのに…」


 声はヴェノスのまま、姿にも変化は無い。しかし、リヴィアには違う姿が見えている。いつも見ていた、いつも傍に感じていた、大切で、替えが効かない、たった一人…。


「里留!」


 リヴィア以外には、ヴェノスが微笑んでいるだけにしか見えない。それでも、疑う者は居ない。


「やっぱり生きてた…」

「肉体を失い、精神だけの存在。永遠にヴェノスと一体、離れる事は出来ない。それでも良かったか?」


 強く頷き、思いっきり抱きしめる。


「うん、里留に違いないから。お願い、これからはずっと一緒にいて…」

「それはダメだ」

「…どうして?」

「復讐心は、消えていない……」


 ヴェノスは、里留を諦めきれなかった。直ぐにガガメの宇宙船で母星に帰り、かつて使っていた研究所で自身の肉体を調べた。里留の痕跡は全て失われ残っていない。残っていたのは、消えかかった復讐心。復讐心には、里留の情報は保持されていない。ただ、父と母を殺した相手を憎み、殺したいと願うばかり。しかし、その復讐心が里留より生じたのは間違いない。一か八か、祈る気持ちで復讐心を培養。すると、里留の精神が僅かに復活。100年を掛けてようやく自我を形成する事に成功した。地球に来る決断をしたのも、里留が望んだから。


「より純度を増し、耐えるのも難しい」

「だったら、復讐を遂げれば良いよ」

「何を言っているんだ! 俺は、リヴィアを殺したくない!」

「殺すのは、リヴィアじゃない。田里利羽」




 センセーショナルな事件が報じられた。比比山村にて、父親が娘を殺した。娘は、田里利羽。過去の殺人事件を明らかにすると迫った末の事件。激高した父親が逃げる娘を追い、落石によって車ごと娘を殺した。過去の事件の証拠は、既に警察とマスコミに渡されており、今回の事件と共に再度捜査が行われた。証拠は非常に正確で、写真や映像も添えられていた。そこには、村人による陰湿な虐めや、駐在による隠蔽も含まれており、彼らへの追求も本格化。隠されていた罪が、最悪な形で表に出た。




 シロは、一連の事態を黙認した。孫娘と、息子と、自分の為に。地球再生以降、シロは毎日のように息子に会いに行った。親子の関係を取り戻す為、罪を償わせる為。しかし、拗れた関係は簡単には修復できず、罵られ、馬鹿にされ、会えずに帰る日も多々。それでも諦めなかったが、息子は村人を使い強硬手段に。八方塞がりで、頭を抱える。そんな中、リヴィアの提案があった。チャンスだと思った。大きな危機に苛まれれば、必ず協力を申し出る。罪を逃れる為に。案の定、息子は協力を願った。罪は重く、長い戦いになる。息子の苦境を喜ぶのは愚かしいが、得られた対話の時間を無駄にするつもりはない。




 田里利羽がこの世から消え、その父が罪を問われ、里留の無念は完全ではないが解消された。ただこれは、復讐心への償いではない。田里利羽を捨て、リヴィアとして里留と寄り添う為の手段。

 地球を離れる宇宙船の中で、リヴィアはヴェノスに寄り添う。


「離れて…」

「私は、里留と一緒に居るの。ヴェノスは気にしないで」


 机に向き合い、原稿用紙に筆を走らせる。ヴェノスとしては異様。里留としては、ある意味正しい。平和大使の看板の裏には、作家としての役割がある。平穏で凹凸の無い物語、やはり宇宙では大人気。何年経っても新作を望まれている。その所為で書かされているが、ヴェノスにも旨味がある。里留の存在は交渉を行う上で有利に働き、星間連合の加入国はかなり増えた。新作が発表されれば、その傾向はより強くなる。ブレメルの地位は更に高まり、女王の名声は天井知らず。


「リヴィア、改めて聞くけど……本当に良かったの?」

「お爺ちゃんに会えなくなるのは悲しいけど、嫌な過去を忘れられるし、色々な不思議に出会える。それに、里留とずっと一緒に居られる」


 リヴィアの新しい体は、ブレメル人。完全なる不老不死、尋常ならざる力。周りも同じ境遇、孤独に苦しむ事も無い。地球に未練さえなければ、良い事尽くし。


「その里留は、一日の大半休んでいる。起きていたとしても、不安定過ぎて、会話出来るのはほんの僅か。研究の成果は芳しくなく、状況が好転する兆しも無い」

「傍に居て、温もりを感じられる。それで十分。それに、諦めていないよ。ヴェノスなら、きっと里留を元に戻すって」

「…プレッシャーを感じる」


 そう言いながらも、ヴェノスは心強い。一人では挫けそうな心を奮い立たせてくれる。「負けられない、この戦いだけは」と。


「さぁ、そろそろワームホールに入る。地球に別れを告げて…」


 宇宙から見ると、地球は本当に美しい。しかし、その中身はその美しさとは大きく乖離している。他の星から来た者達は、口々に嘆く。「美しいのは見た目だけ」と。リヴィアは、願う。いつか地球の素晴らしさを自慢出来る日を…。

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