第19話

第19話 復讐の果て




 静寂に包まれた宇宙空間に、奇妙な異音が響く。空間を抉じ開け、巨大な宇宙船が姿を現す。彼の名は、王族旗艦ゼファ。エタニティアと呼ばれる金属で覆われ、無限精製プラントを内蔵した動く惑星。危機の際に使われる予定となっていた救世艦の一隻。しかし此度は、歪んだ支配者によって破壊兵器と化していた。目の前に現れた魔王を倒すべく…。


「気付かれるとは、思いもしなかった…」


 ゼファから放たれるセリアの声は、恐怖に震えている。魔王に植え付けられた感情は、日増しに強くなっている。


「何もせずに引き返せ。言う通りにするなら、恐怖を消してやる」

「……良い提案。乗りたくなる。だが、それは出来ない」

「王族の所為か?」


 ゼファの全砲門が開く。


「貴様の所為だ!」


 無数の光弾が、数多の角度から一斉に襲い掛かる。躱す隙間は無い。里留は漆黒の翼を大きく広げ、繭のように自身を包む。命中する光弾は闇に染まり、翼に吸収される。翼を広げると、闇に染まった光弾を一纏めに。巨大な闇弾をゼファの側部に撃ち込む。激しい爆音と共に大きな穴が開く。しかし、無数の微小ロボットにより直ぐに元通り。両者無傷。

 ゼファの船底に穴が開き、二機のロボットが射出される。片方は、巨大な上腕。片方は、六本の腕が特徴。


「仇の登場だぞ」


 巨大な上腕のロボットには、ガゼットが乗っている。


「あの日の仕返し、させてもらうわよ」


 六本腕のロボットには、グラーティが乗っている。


「……主砲の準備はまだのようだな」

(そのようね。どうする?)

「嫌な予感がする。先に邪魔な二人を排除しよう」


 背部スラスター最大出力。二機のロボットは、ジグザグに移動しながら肩と脇腹の機銃を撃って来る。威力は控えめ、ダメージは全く無い。ただ、早過ぎて回避不可。


「攻撃して来いよ! 仇討ちしたくないのか?」

「殺さないと、緑の星を滅ぼすわよ」


 明らかに攻撃を促している。罠のように見えるが、煽っている姿が裏を勘繰らせる。攻撃すべきか、しないか。迷ってゼファの主砲を撃たれては元も子もない。状況を動かす為に、闇弾で二機を攻撃。呆気なく崩壊し、搭乗してたガゼットとグラーティが宇宙空間に漂う。宇宙空間に投げ出されても、ブレメルの秘薬が使われている体に異常は起きない。


「不老不死の秘薬、ブレメルの奴らは不公平……そう思っていたが、考えてみれば面倒なだけだ」

「早く死んでやり直したいのに、これでは…」


 既に、セリアにも、王族にも見切りをつけている。早く死んで、地球で復活したい。罠ではなかったが、身勝手な考え。これはゲームではない、嫌になったらリセットでは困る。しかし、生かしておいても良い事は無い。


「………後できっと、償わせる」


 里留の指先に、赤い血液の弾丸が形成される。音も無く発射され、グラーティとガゼットの頭を撃ち抜く。撃ち抜かれた場所から徐々に炭化、不老不死の体が滅びていく。清々しさが表情に残っている。生まれ変わって自由になれると、身勝手な思考は変わらない。

 ゼファの主砲を警戒し、闇弾を撃ち込み潰す。補修されても構わず、何度も破壊し続ける。変だ。攻撃を避ける気配も、嫌がる様子もない。ただただ主砲を構え、脅しているだけ。何より、先程から何も喋っていない。無言のまま。


「セリア? セリア!」


 艦橋を覗き込む。セリアの姿があるが、何かがおかしい。無機質で、動かない。


「もっと攻撃しろ。さもないと緑の星を壊す」


 セリアの姿をした機械が、録音された音声を垂れ流していた。恐怖している様子まで再現されている。


(里留……)

「罠に掛かっていたのか」

(今なら、まだ逃げられる)

「いや、ダメだ。これ以上、誰も犠牲にしない」


 強大な光が、遥か彼方から迫って来る。受け止められる大きさではない。勿論、回避すれば助かる。しかしその場合、他の星を犠牲にする。少しでも射線軸がズレれば、何処かの星に命中してしまう。良く見える目が、状況を悟ってしまう。




 翌朝。

 賑やかなまま日の出を迎え、無事に結婚式は終わった。会場から外に出てきたフロスは、明るさに気を惹かれ空を見上げる。光の道が空に掛かっていた。近くに居た緑の民も、驚いた様子で空を見上げている。住んでいる者でも珍しい光景。フロスは縁起が良いと笑うが、ジスレンは大粒の涙を流していた。角虫も、神鋼も、ビルも、そして…リヴィアも。




 旅行を切り上げ、地球圏へ帰ってきた。

 帰って早々、メモリーキメラ全員の検査が行われた。その結果、ジスレンとビルは、ブレメル人。角虫、神鋼、リヴィアは、地球人になっていた。角虫と神鋼は、鎧が消え、隠れていた真の姿が露わに。ヴェノスの細胞が力を失った影響。嫌な予感が付き纏う。あの日、光の道を見た時から…。




 フロスは、ガガメの私室に呼び出された。足取りは重く、扉の前で足を止める。

 ガガメが扉を開け、声を掛ける。


「そこに居ても、何も解決しないぞ」


 それでも動かないフロスを、強引に部屋に引っ張り込む。


「これを受け取れ」

「……先生の本?」

「受け取った時は、原稿用紙のままだった」


 本を受け取り、丁寧に1ページずつ大切に読んでいく。最初は里留らしさに目頭を熱くしていたが、直ぐに隠れた意図に気付き表情が強張る。





 角虫は、人間に戻った事を期にコールドフリーズに身を委ねた。里留の時と違い、難なくコールドスリープ成功。蘇った地球で里留を待つ。角虫の真の姿は、黒い短髪の幼い男児。容姿を見る限り、里留に似ている。角虫がそう願った結果。

 神鋼も角虫と同じ結論に至った。選択を聞いたビルは、胸を押さえ唇を噛みしめる。


「本気なのか?」

「…ええ」


 神鋼は、長い黒髪の背の高い美女。

 ようやく見られた素顔だが、素直に見られない。


「俺と一緒にブレメルに来ないか? 秘薬を使えば、地球人でも…」

「断る。お父さんが目覚めた時、傍に居たい」

「……そうか。分かった」


 ビルは、目を閉じて手を差し出す。


「だが、諦めない。地球が再生したら、また会いに来る。その時、もう一度……」

「好きにすれば良い」


 手を握り、再会を約束する。同じ気持ちで誓った約束ではなくとも、ビルは縋りたかった。一縷の可能性に。




 リヴィアは何も決められず、宇宙船の窓から外を見つめ続けていた。もしかしたら、里留が帰ってくるかもしれない。帰ってきたらいつもの言葉で出迎えたい。現実から目を背け、微かな希望だけしか見えない。

 フロスがそっと近づく。


「リヴィア、話さないか?」

「………何を?」

「先生の事を」

「嫌!」


 激しい拒絶反応、耳を塞ぎ、目を閉じる。

 フロスは、本の角でリヴィアの肘を突っつく。微かに力が緩む。


「先生は死なない。物語を知る者の中で生き続ける」

「……思い出だけなんて、嫌」

「地球と共に蘇った先生は、全てを忘れている。それでも、先生である事に違いは無い。同じ経験をすれば、間違いなく同じ存在に至る。逆に、全く違う経験をすれば、リヴィアの知らない先生になってしまう。思い出こそ、今を創る重要なピース」

「でも……」

「それじゃあ、先生を他の誰かに譲るんだね? 先生を想う者は多い、黙ってこの機会を逃さないだろうな…」


 リヴィアは、里留の本を受け取り、何も言わず去って行った。覚悟と言える感情はまだ生まれていない。失いたくない、ただその一点で前に進んだ。


「酷い言い方ですね」


 隠れていたジスレンは、悲し気に姿を現す。


「頑なな心を動かす為には必要だった……」

「それにしても、虚しいですね。お父さんは結局、復讐を成し遂げられなかった…」

「リヴィアに渡した本は、「ヴェノスの復讐が終わるまで、誰にも内容を知られるな」、そう言われていた物だ」

「……それは、もしかして⁉」




 数日前。

 旧ブレメル星、王宮区。豪華な王宮にて、王族達のパーティが開かれていた。祝っていたのは、邪魔な平和大使の死。そして、過去の遺恨の除去。誰一人として、悼む者は居ない。ただ只管に酒を煽り、里留やヴェノスを貶める。


「これで、我らも安泰。時間は掛かるが、王権は必ず復活する!」


 王冠を被った愚者の言葉は、酒浸りの場でしか盛り上がらない。


「王よ、今のこそお命じ下さい。平和を打ち砕けと」


 王に跪くのは、ヴェノスの憎き仇。将軍、デセル。


「そう慌てるな。今動けば、議会の奴らが五月蠅い」

「警戒する程でもないかと。我らには、ゼファがあります。しかも、この星には脱出用に使われた救世艦も。どんな勢力も敵ではありません」

「確かにその通りだ」


 セリアに譲渡されていたのは、偽物だった。僅かなエネルギーしか積んでおらず、主砲はそもそも撃てなかった。


「王様、約束を守っては頂けませんか?」


 体を震わせながら、セリアが近づく。


「恐怖を消してほしい。だったか?」

「はい」

「それは無理だ。解析すら出来ていない力にどうやって対処しろと?」

「治せると仰ったではないですか!」

「将軍よ、そんな事言ったか?」

「いいえ、聞いていませんが」


 嘘に塗り固められた彼らに、真実など存在しない。セリアも薄々気づいていた。だが、縋るしかなかった。

 下卑た笑いが響く中、大きな地響き。直ぐに、王宮全体にアラート。


「た、大変です! 巨大なエネルギーが!」


 衝撃波が地表を薙ぎ払う。頑強な造りの王宮は無傷だが、大地は滅茶苦茶。巨大なひび割れが無数奔っている。


「何事だ!」

「宇宙からの攻撃です!」


 報告の最中、踏ん張っていた王宮が押しつぶされるように崩壊する。

 不死身かつ強靭な体、全ての王族、兵士は、傷を負いながらも瓦礫から這い出てくる。


「な、何だ……これは!」


 空が真っ黒に染まっている。星すら見えない。


「ようやく会えた。憎き者達よ」


 空に大きな二つの目が現れる。ギョロギョロと動き、王とデセルを見つめる。


「な、何者!」

「この声を忘れた? 偽りの愛を注いだ娘の声を」

「ヴぇ、ヴェノス!」


 空が口のように割れ、その中から全身真っ黒に染まったヴェノスが現れる。


「デセル、私を裏切って得た家族は元気?」


 デセルは、ヴェノスの言葉に応じず、王宮に向かって走る。瓦礫を退かし、隠されたハッチを開き地下へ。旗艦ゼファと古びた宇宙船が主砲を上に向けて保管されている。直ぐに乗り込み、全てのエネルギーを主砲に集中。ヴェノスに向かって放つ。膨大なエネルギーはヴェノスを直撃。勝利を確信したデセルは、大声で笑う。


「随分前に去ったよ! 平和に憑りつかれ、この私を愚かと罵った!」


 しかし、デセルの喜びは束の間、全てのエネルギーは闇に吸い込まれる。


「仮に裏切られなくても、末路は暗かった。これで安心して、復讐を遂げられる! 良い家庭を築いていたら目覚めが悪い!」


 吸収したエネルギーを星に向かって放つ。超高温の衝撃波が星を包み込み、王族は焼き尽くされる。しかし、彼らは完全なる不老不死。炎に包まれながらも生き延びる。

 ハッチを抉じ開け、再生したばかりのデセルを引っ張り出す。


「た、助けて! 謝る、何でもする、だから…」

「あの日味わった苦痛は、謝罪程度で許されはしない」


 デセルは、指先から赤い血液を流し込まれる。中和剤の効果が消え、毒が再び姿を現す。尋常ではない痛み、狂いそうになる苦しみ、急いで脇腹の穴から毒を排除しようとする。しかし、穴が塞がっている。爪で引っ掻き強引に穴を作るが、毒が排出される様子は無い。機能そのものが塞がっている。


「頼む……」

「私が助けを求めた時、貴方はどんな反応をした? 嘲笑い、見捨て、妻の手を引いた去って行った」


 差し出した手を踏み潰し、変異中和剤を飲ませた。作用するのは生存に必要な範囲。逆に、腕と足等では毒の効果が増す。直ぐに機能を失い、二度と自力で動けない状態に。


「私と同じ時間を、苦痛と共に生きてもらう」

「そ、それだけは……」

「末路を決めたのは、自分。諦めるしかない」


 デセルを懲らしめている間に、他の王族はゼファに乗り退避を試みる。しかし、空に広がっている闇を通り抜けられない。主砲を撃って活路を開こうとするが、全く通じず、巨大な口が開きゼファを噛み砕かれる。王族達は成す術無く、地面に叩きつけられる。


「誰も逃げられない。復讐が終わるまで…」


 空から赤い血液の雨が降ってくる。中和剤によって得られた王族の栄華は、今、終わりを迎える。

 王は、毒に苦しみもがきながら、終焉を受け入れる。


「ヴェノス、これで復讐は終わるのか?」

「はい、お父様」

「……そうか、一つぐらいは……役に、立てたか?」

「はい…」


 王が話しているのは、幻影。本物の娘は、デセルの絶望を眺めている。後悔の念か、父としての目覚めか、何にせよ遅すぎる。もっと早く芽生えていれば、ヴェノスは王を殺しはしなかった。どんなに憎くても、父である事に違いは無い。ただただ憎いデセルとは違う。

 幻影の笑顔に見送られ、王は去った。




「ヴェノス、復讐は終わったか?」


 ヴェノスは、絶望の赤に染まった世界で佇む。里留の問い掛けに、小さく頷く。


「ええ…」

「俺の悲願も叶ったって事か…」

「今度は貴方の番よ」

「ありがとう。でも、それより……これから、どうする?」

「何も考えていない。復讐までが長すぎた…」


 話の最中、ヴェノスは人の姿に戻っていく。復讐の余韻に浸り、本人は気付いていない。


「だったら、ブレメルの女王にならないか?」

「何を突然! なれる訳ない!」

「悪習の継承と思われるからか?」

「それもあるけど、何より嫌なのは……孤独になる事。折角復讐を成し遂げたのに、一人は……」


 里留の存在が薄くなっていく。肉体の所有者が書き換えられ、ヴェノスの物に。里留の領域は、ヴェノスの細胞だった場所。それも、徐々に縮んでいる。


「里留が一緒なら、なっても良い…」

「…分かった。ずっと一緒に居てやる」

「本当に良いの! リヴィアは、どうする?」

「地球が復活すれば、何も知らなかった頃の俺がそこに居る。膨れ上がった復讐心も、拗れた感情も無い。全てを知っているリヴィアなら、今の俺よりずっと相応しい存在に出来る」


 意外な好反応に、ヴェノスは嬉しくて堪らない。1000年以上ずっと傍に居た。好意と呼べるか疑問だが、傍に居る事が普通になっている。居ないと寂しい。


「もう直ぐ、ガガメが此処に来る。手続きを終える為に……」

「手続き……?」


 今の言葉で、ようやく違和感に気付く。もう殆ど里留が残っていない。


「さ、里留……どうして…?」

「魔王が覚醒した時から、崩壊が始まっていた」

「何故もっと早く…」

「言っていたら、復讐を止めたか?」

「……」


 復讐に囚われ、他が見えなくなっていた。ヴェノスは、初めて復讐に嫌悪した。愚かさに後悔した。しかし、里留と同じで、復讐を終えるまでは止まる事は出来なかった。幸せを求めなかった。


「もう気にするな。約束通り、俺はずっと傍に居る。話せなくても、触れ合えなくても、ヴェノスの事を見ている」

「こんなの、求めていない……私が欲しい物じゃない…」

「……俺の事を…想ってくれていたのか………」


 もう涙を拭ってあげられない。もう悲しみに寄り添ってあげられない。こんなに辛い思いをさせるとは、想像すらしていなかった。しかし今更、引き返せない。だからせめて、祈る事にした。ヴェノスが幸せな未来へ向かえるように、二度と悲しみに苦しめられないように…。



 里留は、世界から消えた。

 復讐の枷は外れ、想う者の中で穏やかな平穏に包まれる。

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