第18話

第18話 ブランプト星域、観光ツアー




 地球再生までは時間が掛かる。リザードマンだった者達は、コールドスリープで手が掛からない。長い時間をただ待つのは、精神を擦り減らすぐらい退屈で暇。そこで、ガガメの好意に縋りブランプト星域を旅行する事にした。初めての場所、一生行く事の無い場所、リヴィアは大喜び。山程の懸念はあるが、里留も一緒に来る。彼女にとっては、新婚旅行気分。




 ブランプト星域、外輪第11星。通称、緑の星。海が無く、全部陸地。80%が森林帯で、10%は水場、残り10パーセントは山岳帯。地球以上に多様な陸生成物が居る一方、水様生物は数えるほどしか居ない。人類は存在している。起源は、恐竜に近い生き物。知能は比較的高く、地球人よりも理性的で文化的。誕生して直ぐは争いが存在していたが、知が深まるほど無意味を悟り、今では至って平和な生活を送っている。彼らは、緑の民と呼ばれている。

 既に連絡が回っており、揚陸艇で降りると沢山の緑の民に囲まれる。彼らの特徴は、爬虫類の目と緑色の髪。それ以外は、地球人と大差ない。


「先生、ようこそ我らが星に」


 一番前で出迎えたのは、この星のリーダー、ジオナ。10代の若い女性のようだ。


「歓迎、ありがとう。忙しいのに、すまない」

「お気遣い、恐悦至極です。ご安心下さい。公務は既に終わっています。ガガメ様には、観光と聞いておりますが?」

「まぁ、そんな感じだ」


 ジオナの手招きで、三人の案内役が近づいてくる。高齢の女性、幼さの残る女の子、背の高い青年。


「それぞれ得意な場所が違うので、用途に応じてお連れ下さい」

「ありがとう。ところで、あの話は?」

「手配しております」


 ガガメを通して、秘密の頼み事をしている。フロスも知らないのか、首を傾げている。


「先生、何を頼んだのですか?」

「内緒だ」


 隠し事は気になるが、里留の久々の笑顔を見ると、どうでも良くなる。この先の耐える日々を考えると、この笑顔は貴重。




 ジオナが用意した宿は、高級でも、人気の場所でもない。緑の星の営みが良く分かる大衆的な宿。

 チェックインして直ぐに、里留はロビーの椅子に腰掛ける。


「先生、大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れただけだ。悪いけど、今日は先に休ませてもらう」

「では、我々も…」

「フロスとジスレンは、しっかり観光を楽しんで来い。何なら、帰って来なくても良い。二人だけの時間を、誰にも気兼ねせず」


 フロスとジスレンは、結婚した。正式な儀式はまだだが、ガガメの承認を以って一応の形式は終えている。新しいブレメル人の体を用意できたが、里留を父と思いたいと願った為、メモリーキメラのまま。だがそうは言っても、問題がある。記憶を共有している為、夫婦の時間を勝手に覗き見る事が出来てしまう。ヴェノスに何かあれば、ジスレンも害を受ける。ジスレンも承知しているが、それでも良いとキッパリ。里留側で思考伝達を止めているが、あまり居心地は良くないと思う。


「ビルと神鋼も行ってこい。新婚二人の邪魔はするなよ」

「父さん、それじゃあ行ってくる!」


 ビルは、神鋼の手を引っ張り出て行った。神鋼が女だったと知り、相棒関係から恋人関係になった。神鋼は相棒以上の関係を願っていなかったが、ビルの熱烈なアピールに押し切られる形で成立した。しかし、恋人関係になっても、神鋼は一度も鎧を脱いだ事が無い。ビルとしては、今回の旅行で真の姿を見るのが目標。


「行っちゃったね…」

「リヴィアも行ってこい。ここに居ても、介護に終始するだけだ」

「嫌。角虫だけに辛い思いをさせられない」


 角虫は、何があっても里留から離れようとしない。復讐の為に眠りについた時から、失う恐怖に耐えられなくなってしまった。里留は、角虫の感情を否定できない。もし両親ともう一度会えたら、きっと角虫と同じように離れられなくなる。手を引いてくれる誰かが現れる日を待つしかない。


「仕方ないか…」

「そうそう、諦めて」


 復讐心を抑える為には邪魔。傍に居れば要る程、復讐心が強くなってしまう。負担を避ける為には、一人にしてあげるべき。しかし、それが出来ない。一度でも一人にしてしまったら、もう二度と会えない気がする。何度払拭しようとしても、根深く残り続ける。




 フロスとジスレンは、景色をメインに据えた観光。担当になったのは、高齢の女性。若い頃から観光業を営んでおり、緑の星の事なら何でも知っている。地元の人でも知らない場所へ案内してくれる。新婚旅行に相応しい場所も心得ている。ムードの良い風光明媚な観光地を次々案内する。場所は良い、二人の仲は深くなる。しかし、里留の事を考えるとフロスは真から楽しめない。


「フロス、楽しくないですか?」

「楽しいよ。ただ、先生が心配で…」

「そうですね。かなり無理をしているようですし…」

「やっぱり…」


 思考伝達を止めている所為で、里留の様子をジスレンは知らない。だが、他のメモリーキメラは別。直接知る事は出来なくても、角虫や神鋼、リヴィア、ビル。聞き出せる相手は存在する。ところが、彼らも詳しく知らない。復讐心が濃すぎて、記憶の閲覧が難しい。この状況で分かるのは、里留が復讐心に苦しんでいる事ぐらい。


「それでも、戻ってはいけない。私達の役割は、幸せな姿を沢山見せる事」


 封印室を抜け出し、ヴェノスも復讐に囚われ制御を放棄している。最悪な状態で、たった一人耐えながら旅行に同行した。ジスレンは薄々その理由に気付いていた。穏やかな日常への憧れ。自分では叶えられなくても、大切な誰かが叶えてくれれば、それで良い。




 ビルは、神鋼を連れてレストランを回っていた。担当になったのは、背の高い青年。大食漢でグルメ、緑の星のレストランは大体網羅している。どんな志向にも合わせ、必ず満足できる所へ案内できる。ビルがこのプランを選んだのは、食事中なら仮面を外し、素顔を見られると思った。しかし、神鋼は力を使い、直接口の中に食べ物を運ぶ。どんなに厄介な食事でも、外す必要が生まれない。目論見は呆気なく崩れた。


「どうして見せてくれない?」


 ビルは、美味しそうなサラダを貪りながら尋ねる。


「必要ではないから」

「そんな事ないだろ? 恋人同士だぞ、顔も知らないのは変だろ?」

「執拗だから、仕方なくなっただけ…」


 神鋼も本質的には、角虫と同じ。里留を父と慕い、誰よりも愛している。ビルの事は嫌いではないが、里留の事を考えるとどうしても霞んでしまう。娘離れできない話の逆。


「ふぅ、敵は強し……だな」


 報われる日を夢見て、ビルは次の店へ神鋼を引っ張っていく。




 翌日。

 今日は里留も外出する。選んだのは、幼さの残る女の子。リヴィアと角虫を連れて、案内に従う。都会から離れ、移動機関を幾つも乗り継ぎ、辿り着いたのは森と密接な関係を築く村。子どものはしゃぐ声、石臼を挽きながら笑う母親。村の至る所で楽しげな声が聞こえる。

 女の子は、戸惑った顔で尋ねる。


「本当に、良かったの?」

「ああ、最高の場所だ」


 家族の幸せを見たかった。復讐心が静まり、懐かしさが胸を熱くする。


「君の家にお邪魔しても良いかな? 出来れば、泊めてもらいたい」

「お母さんに聞かないと…」

「よし! じゃあ、一緒に行こう」


 女の子と一緒に家族の下に。里留の名声は田舎の小さな村にも轟いており、姿を見た途端、神を崇めんばかりに手を合わせる。里留が望んだ光景ではない。泊っている間は、ただの居候だと思うように念を押した。それでも、急に態度は変わらない。そこで、ヴェノスの姿を借りる事にした。見ず知らずの女性なら、里留との認識は薄れる。思惑通り、彼らの反応は素に近くなった。ようやく望んだ体験が出来る。




 翌朝。

 女の子と一緒に、父親が経営する農園を手伝う事になった。非常に広大だが、高性能なトラクターのお陰で快適。タブレット一つで管理するだけで良い。家の様子とは乖離した文明レベル。手伝えるのは、収穫物の選別。想像と違っていたが、頑張る父の姿はやっぱり格好良い。


「大使様、本当にありがとうございます」

「こちらこそ、良い体験が出来たよ」


 家畜禁止法が制定され、消費可能量以上に肉や魚を獲る事が出来なくなった。食べたければ、猟師(漁師)になるか、近くに住むか。肉や魚からしか摂れない栄養はある。肉や魚でしか得られない幸福感もある。だからと言って、誰もが職業や居住地を変えられる訳ではない。限度がある。そこで注目されたのが、野菜の品種改良。必要な栄養を摂れて、肉や魚を想起させる味に出来れば問題は解決する。ブレメルの技術力を賭せば、実現は遠くない。数年後、苦心の末、ようやく理想の野菜が完成した。この農園で作られているのは、その一つ。


「この牛芋うしいも、最高♪ 地球でも食べたいね」

「僕も……」


 リヴィアと角虫にも好評な、牛芋。ジャガイモの見た目で、牛肉の味がする。薄く切り、軽く茹でると、ローストビーフの味。厚切りし、焼き目が付くまで焼くと、ステーキの味がする。味だけではない。栄養素と食感も同じ。調理の仕方や味付けの仕方を工夫すると、他の牛肉料理も完全再現できる。しかも、ジャガイモとだけあってヘルシー。多少食べ過ぎても、体重を気にする必要はない。


「全部、大使様のお陰です」

「流石に品種改良はしていないぞ?」

「いえ、そうではなくて……大使様が居なかったら、人として生きられる日は来ませんでした」

「……どんな扱いを受けていたんだ?」

「繁殖力が強く、肉質が良いと、ブレメルの民は我々を家畜にしました。尊厳無く、命は軽んじられ、殺しておきながら食べずに捨てる事も…」


 怒りを覚える話だが、地球人は否定出来ない。同じように牛や豚を扱っているからだ。人間の理屈では、必要だから仕方がない。でもそこには、殺され食われる家畜の意思は無い。それでも、止める事は出来ない。食べたいから…。


「そんな日々を終わらせたのが、大使様の本です。平和の認識が広まり、家畜への態度が改められ、禁止法が制定された。あの時の感動は、子々孫々語り継がれています」


 里留は、胸の中に沸いた疑問をぶつける。


「…憎まなかったのか?」

「ええ、勿論。一日たりとも、忘れた事はありません」

「だったら…」

「憎しみでは、お腹は膨れませんから…」


 日々の糧を得る為に、憎しみを捨てた。彼らは、自分の憎しみよりも大切な人の未来を選んだ。里留には選べなかった。選びたくなかった。自分を否定するつもりは無いが、彼らの生き方は尊敬に値する。




 一週間後。

 里留達が止まる宿に、沢山の花が届けられる。送り主は、ジオナ。フロスとジスレンの部屋の外に並べられ、二人が出て来れないように鍵を掛けた。

 目を覚ましたフロスが外に出ようとすると、ようやく鍵の存在に気付く。


「あれ? どうして…」


 ジスレンも目を覚まし、扉に近づく。


「鍵が掛かっているんだ」

「何かの間違い?」

「分からない。でも、普通ではない」


 異常と察したフロスは、部屋の通信機を改造し、宇宙で待機するガガメに繋ぐ。だが、何故か通じない。確かに周波数は合っている筈だが、ノイズ音しか聞こえない。

 窓ガラスを割るべく、椅子を持ち上げる。


「フロス様、大事なお話があるのですが…」


 無反応だった扉の先から、客室係の声。椅子をゆっくり下ろし、脇腹から小剣を取り出しながら近づく。


「どのような御用で?」

「大使様を誘拐したと、脅迫状が届いています」

「……せ、先生が!」




 脅迫状には、隣にある高級ホテルまで来るように書かれていた。脅迫状に手掛かりとなるような痕跡は無く、罠となるような仕掛けも無い。探り当てるには、指定された場所に行くしかない。だが、隣のホテルに辿り着いても何ら異変は無い。受付で尋ねても、支配人を呼んでも、要領を得ない。

 途方に暮れていると、怪しいローブ姿の影がフロスに気付き去って行った。手掛かりだと思い、動きを予想して先回り。ジスレンと一緒に暗い部屋に隠れる。


「一体誰が? セリア? ガゼット? グラーティ? まさか、王族?」


 敵を想像すると、勝てるか不安になる。体が震え、冷や汗が滲む。

 いきなり、部屋に明かりが灯る。


「………これは」


 そこは、結婚式場だった。綺麗に準備が整い、料理まで並べられている。


「どうだ? フロス」


 誘拐された筈の里留が、笑顔で現れる。


「せ、先生……これは?」

「所謂、サプライズって奴だ。驚いたか?」

「はい。心臓が縮みました」

「ついでに、もっと驚かないか!」


 扉が開かれ、沢山の女性が入って来る。ジスレンを取り囲み、外へ連れ去る。今度は男性が入って来て、フロスを連れて行く。入れ替わるように、ビル、神鋼、リヴィア、角虫。フロスやジスレンと所縁のあるブレメルの者達。最後に、サニーが席に着いて全席埋まる。




 一時間後、タキシード姿のフロスと純白ドレスのジスレンが戻って来る。ここまで来ると、意図は十分伝わっている。二人共緊張で硬くなっている。

 里留は、二人の手を握る。


「フロス、ジスレン、結婚おめでとう。本当はもっとゆっくり準備して、待ち遠しい思いをさせてあげたかった。わがままに付き合わせて、ごめん…」

「先生……」

「ありがとう……お父さん」


 父になった自覚も、感覚も薄い。それでも、父と呼ばれ慕われるのは嬉しい。

 フロスに向かって、深々と頭を下げる。


「娘を宜しくお願いします」

「はい!」


 結婚式は滞りなく進んでいく。一つ一つ儀式を終える度、夫婦として認められていく。里留は、見つめ合い照れる二人の姿を、微笑ましく見守る。大切なモノが増えていく光景は、復讐心への慰めになる。だがそれ以上に、二度と得られない幸せな光景を見られて感謝が絶えない。




 結婚式が終わり、新郎新婦含め別の会場に移った。これから朝まで賑やかな宴会。賑やかなまま日を跨ぐと、幸せが長続きすると言われている。里留も参加して欲しいと誘われていたが、体調不良を理由に断った。賑やかな時間を奪いたくない、と。

 誰も居なくなった式場で、里留は一人佇んでいた。


「……そろそろ、準備は出来たか?」

(…十分馴染んだ。いつでも良い)


 里留に全てを任せていたのは、復讐心を細胞に深く馴染ませる為。これで、より多くの力を使う事が出来る。


「田狩先生、お時間宜しいですか?」


 サニーが、皿に盛られた牛芋ステーキを持ってくる。悲し気な表情で。


「二次会に行かなかったのか?」

「その前に、どうしても伝えたい事が…」


 跪き、泣き出す。


「死んで残る物より、生きて残す物の方がずっと多い…」


 里留も跪き、笑顔を見せる。


「俺は死なない。これから先も、永遠に」


 サニーを抱え起こし、指先で涙を拭う。


「これから流す涙は、嬉しい時にしてくれ。そうじゃないと、フロスが心配で独り立ちできないぞ」

「…………はい」


 何度も振り返りながら、サニーは去って行った。

 その姿を見つめながら、里留は小声で呟く。


「まるで、お母さんのようだった。あんな気の利いた言葉は、使わなかったけど…」

(……恋しくなった?)

「そうかもしれない。でも、戻るつもりはない」


 里留は頭上を凝視する。視線は天井を透過し、屋根を突き抜け、遥か上空を超え宇宙を見つめる。

 空間を破り、巨大な宇宙船が顔を出す様子が窺える。


「今が一番、大切を実感出来る!」


 漆黒の翼を広げ、空間を飛び越え宇宙へ。

 誰にも気付かせず、迫り来る敵と対峙する。

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