第17話

第17話 地球再生への道筋




 地球での一件が響き、ブレメル王族は窮地に立っていた。首脳会議で公然と批判が上がり、星々の民は王族排斥のデモ行進。民意を盾に、議会のルールを王族無しに改定。星滅戦騎スターブレイカーの運用権を剥奪、懲罰回避特権の永久停止。自らが冒涜し続けてきた星滅戦騎に、大罪人として追及される事態に陥った。もはや、王宮に留まり権力を振り翳す事は出来ない。

 今なら、ヴェノスの復讐は成立させやすい。




 地球には、まだ王族転落の状況は伝わっていない。兵士による制圧は続いている。しかし、シロを含む全てのリザードマンを密かにシェルターに移動し、ルーズはもぬけの殻。視覚を操られていると知らず、誰も居ない町を見張っている。




 シェルター奥、封印室。

 オリジンが用意していたヴェノスを閉じ込める為の部屋。思考を伝達する機能を封じ、細胞活性化の作用を反転させる。ヴェノスの力を行使すれば、細胞が死滅し、最悪の場合死に至る。オリジンが勝利した際に使う予定だった。そんな場所を、里留は私室にしている。


「先生、大丈夫ですか?」

「そんなに心配するな。全てが終わるまでの辛抱、それに、退屈以外辛い事は無い」

「ですが…」


 心の闇を解き放った代償は大きく、僅かでも気を緩めれば復讐心が体を乗っ取ってしまう状態に。体を休める為には、封印室を利用するしかなかった。ヴェノスの復讐さえ終われば、今の体を放棄し、新しい体に移ればいい。だがその復讐は、地球再生後。このままでは何年掛かるか分からない。


「既に策は施しでいるんだろ?」

「成功するか分からなくて…」

「いつからそんなに心配症になった? もう良いから、帰ってジスレンに癒してもらえ」


 復讐の為に、里留の体は限界を迎える。行く末は幾つか考えられる。肉体が崩壊し、死を迎える。復讐心に乗っ取られて、対象者を全員殺す。復讐だけに留まらず、破壊者に成り果てる。他にも色々。許容できるのは、最初の一つだけ。残りは、全部最悪。フロスが心配するのも当然。出来る事なら、復讐を止めて欲しい。




 シェルターの外は、大騒ぎになっていた。監視艦とは比べ物にならない巨大戦艦が空を覆っている。リザードマンは、宇宙人の攻撃を想像し七転八倒の大慌て。シェルターの近くに集まり、ガタガタ震えている。彼らの恐怖を知ってか知らずか、巨大戦艦の艦底に大きな穴が開く。そして、サイズに見合う巨大なロボットが降下してくる。落下時の衝撃は、巨大地震に相当。そこかしこに地割れ発生、シェルターも若干沈む。

 震動に驚き、シロがシェルターから飛び出してくる。


「な、何事だ!」


 目の前に鎮座する巨大ロボに言葉を失う。


「一つ尋ねる。先生は、此処か?」


 巨大ロボの問いに、固まっていたシロは片言で応じる。


「さ、里留……こ、此処、居る」

「そうか!」


 巨体を屈め、シェルターに向かって声を掛ける。


「先生! 只今推参致しました!」


 大音量に、外に居たリザードマン全員失神。シェルターにヒビが入る。

 中まで響いていたのか、耳を押さえてフロスが出てくる。


「ガガメ首長、まさかお越し下さるとは」

「光栄な機会を譲れるものか! そうだろ? フロス」

「相変わらずですね。安心しました」


 仲の良い様子に安心したシロは、思い切ってガガメに尋ねる。


「何の為に、此処に来た?」

「……貴様は、何者だ?」

「お、俺は、ここのリーダーだ」


 リーダーの言葉に激しく反応。


「先生も入っているのか?」

「里留は、友人だ」


 こめかみ辺りのボタンを押すと、顔面の装甲が開き、巨大な老齢男性の顔が出てくる。どうやら、巨大なロボではなく、巨大な体を収めるスーツだった。膝を折り、体を曲げ、シロの目の前まで顔を近づける。3m以上ある顔面、穏やかな表情でも怖い。


「先生の御友人とは知らず、ご無礼、申し訳ない。我々は、先生の願いを聞くために来たのだ」


 聞いていた話との乖離を感じてしまう。宇宙人は、実験の為に異世界に地球人を送り込んだ。その筈だが、目の前に居る宇宙人は、里留を先生と呼び、ただの友人にも敬意を示す。実験場に送り込まれるような存在には思えない。仮に一部の凶行だったとしても、今まで何の手も打たず黙認していたのはおかしい。根底から食い違っている印象を受ける。ただ、フロスにも、里留にも、悪意は感じない。シロなりに事情を察し、今は黙る事にした。




 ガガメの巨大戦艦に話の場を移す。フロスと共に里留も同席するが、復讐心を抑え込む為、行動をヴェノスに頼む事にした。美しい女性の姿で現れた事に、乗組員達は動揺を隠せない。先生は、女だった? 噂は広がるが、それはそれで楽しんでいる様子。

 通されたのは、ガガメの私室。巨人の部屋らしく、何もかもが巨大。テーブルに取り付けられた梯子を上らないと、ガガメの顔が見える位置に辿り着けない。テーブルの上には、地球人サイズの小さなイスとテーブルが用意されている。意外にも、巨人達はかなり器用。


「先生。この程度のもてなし、申し訳ない…」

「気にするな」


 輝く黒髪が靡き、膨大な力が周囲に常に放たれ続ける。里留が気を抜けば、力は具現化し、巨大戦艦は一瞬で沈む。星滅戦騎を滅ぼす力は、宇宙でも屈指の力。恐れるべきだが、ガガメは里留を信用している。その様子は無い。


「ところで、願いとは?」

「地球再生を手伝って頂きたい。僕の力でも可能ですが、先生には時間が……」


 フロスの悲痛な顔に、ガガメは直ぐに頷く。


「勿論だ。直ぐにでも取り掛かろう」

「ありがとうございます!」


 これで重要な話は終わった。後は自由に会話を楽しむ時間。その筈だったが、里留の声を借り、ヴェノスはガガメに質問する。


「ブランプト星域の主、ガガメよ。最近、ブレメル王族が旗艦を使った事は?」

「……100年は使っていない。ヴェノス、それにどんな意味がある?」

「旗艦ゼファには、エネルギーを自動生成するプラントが内蔵されている。未使用期間が長くなれば、蓄積量が増え、脅威度が跳ね上がる。100年分もあれば、地球ぐらいなら簡単に消し去れる」

「王族が地球を狙うのか?」

「そのつもりだろうが、まだその時ではない。あの時と同じように、英雄になれる機会を待っている」


 ヴェノスを裏切った彼らは、中和剤を得て王になった。今回裏切るのは? 手に入れるのは? ヴェノスには答えが見えていた。


「恐らく、セリアに旗艦ゼファを渡すつもりだ。罪を着せ、邪魔な平和大使を葬れる」

「王族旗艦だ。責任追及は免れない!」

「セリアは、王族の配下として知られている。「奪われて困っていた」とでも言い訳すれば何とかなる。証拠を幾つか偽装すれば、より効果的。かつての権威は取り戻せずとも、王族として居座る事は出来る」


 復讐の機会が迫り、その目は憑りつかれていた。里留の状態も、考えも、復讐の前に霞んで見えない。




 ヴェノスを指摘を受け、ガガメは他の首脳に連絡を取り、王族の格納庫を調べさせた。懸念の通り、格納庫に旗艦ゼファは無かった。王族に問い合わせても、「盗まれた」と、ヴェノスの予想に近い答え。王族を監視下に置き、船速を頼りに周辺宙域、地球への航路を捜査。航行した痕跡は見つかったが、肝心の旗艦ゼファは見つからなかった。




 ガガメの協力により、地球の再生は本格的にスタート。邪魔な監視艦をブレメルに帰し、リザードマンを一旦ガガメの宇宙船に退避。誰も居なくなった地表を、中和剤と解毒剤で洗い、超巨大重機で土壌改善。テラフォーミング用の宇宙船を用意し、元の環境を完全に再現。人工物以外は、破壊以前の地球に戻った。後は、人工物の再現と生物環境の再現。オリジンより回収したデータを元に緻密に実行する。ここからが長い。地球環境は、人間の為だけに在る訳ではない。様々な生物、各々の環境、文化的背景、環境的背景など、勘案する事項はとんでもなく多い。最低でも数十年、場合によっては100年以上掛かる。




 地球再生に伴い、リザードマン達には大事な選択がある。

 里留は、ガガメの部屋にリザードマン全員を集めた。


「宇宙人の実験は終わり、地球へ戻る許可が下りた。皆、待たせてすまなかった。苦労はここまでだ」


 喜ぶかと思いきや、静かに何かを考えている様子。


「地球に戻るに際し、皆には大事な選択がある。一つは、リザードマンとして過ごした記憶を残す。もう一つはその逆、全ての記憶を消して何も知らなかった頃に戻る」


 里留は、後者を選ぶと思っていた。人間にとっては、屈辱的な日々。毒水を啜り、酸を浴び、虫を喰い。人間だった頃の感覚が残っていただけに、この経験は苦痛でしかなった。文明が構築されても、独特な求愛行動、鱗洗い、爪とぎ。例を挙げればキリがない。

 しかし…。


「残してほしい!」

「嫌な事もあったけど、大事な経験だ!」

「何なら、このままでも良いぞ~」


 彼らは、里留が思っているより遥かに強くなっていた。苦痛は経験に昇華し、かけがえのない記憶に。挫けぬ心、諦めない心、分かち合う心。普通の日常では得られない物を手に入れた。望んだ世界ではないが意義はあった。




 リザードマン達は、地球帰還を夢見てコールドスリープに入る。肉体を放棄し、それまでの全てが保存される。次に目覚める時には、いつもの日常風景が待っている。放棄されたリザードマンの体は、現在の地球生物と同じように、生存可能な別の星に移住させる。

 残りは、一人。


「里留、本当の事を教えてくれ」


 ガガメの私室の横、特別に用意された封印室。

 シロは、真実を知る為に勝手に抜け出して来た。


「中に入ったらどうだ? じっくり話そう」


 鍵は開いている。恐る恐る扉を開け、暗い部屋に入る。入った瞬間から、何かに睨まれている感覚が付き纏う。


「シロ、久しぶりだな」

「さ、里留……これは?」


 里留の様子に言葉を失う。体の至る所から血が溢れ、落ちた血溜まりから真っ黒い獣が生まれる。角虫が生まれて直ぐに倒しているが、一人では追い付かず、部屋中に蔓延っている。そんな殺伐として空間で、里留は原稿用紙に向き合っていた。シロの方を見ず、ずっと書き続けている。


「危害を加える事は無いから、安心してくれ」

「そうは言っても……」


 黒い獣は、シロを凝視している。角虫に倒されても、決して目を離さない。


「ガゼットと似た雰囲気の所為だ。違うと分かれば、興味を失う。それより、真実を聞きに来たんだろ?」

「教えてくれるのか?」

「知る権利がある」


 里留は、地球に起きた全てを教えた。シロは驚き、戸惑い、憎しみの感情を抱く。


「身勝手の所為で、地球人は滅ぼされたのか!」

「そうだ。俺が物語を書かなければ、地球には今も平穏が続いていた」


 シロは、里留を引き倒し、顔面を殴りつける。


「ふざけるな! お前ごときの所為で!」


 里留の所為ではない。それは、シロにも分かっている。分かっていても、リザードマンの特性が心のブレーキを壊している。血が飛び散っても、無抵抗の姿を見ても、殴る事を止められない。

 何も知らず、いつもの様子でリヴィアが入って来る。


「里留、魔王様は………お爺ちゃん! 止めて!」


 リヴィアが止めに入ったお陰で、シロはようやく止まった。

 人間の姿で現れたリヴィアに戸惑っている。


「リヴィア……その姿、どうして人間に?」

「違うよ。今の私は、メモリーキメラ。お父さんに殺された私を、里留が生き返らせてくれた」

「ガゼットが……そんな…」


 孫娘を助けた男。しかし、世界を破壊した原因。まだ許せない。察したリヴィアは、もう一つ真実を伝える。


「……私と、お父さんは、里留の仇なの。大事な家族を殺した犯人。それなのに、私を許し、生き返らせてくれた。里留の本は面白くない、ブレメルの行動も間違いだらけ、嘘を吐いていたのも嫌。だけど、私には怒る気になれない」

「そ、それは…」

「もうそろそろ、止めよう。誰かを悪人して、責任を押し付けるのは…」


 孫娘の言葉は、伝える真実は、感情を治めるのに十分だった。シロは、平静を取り戻し、里留に向かって頭を下げる。


「すまない。感情的になり過ぎた」

「尤もな感情だ。気に病む事は無い」


 シロの目を気にせず、リヴィアは里留を思いっきり抱きしめる。

 その様子に、シロは柔軟性を失った心を恥じた。


「責任を押し付ける……やっぱり、それが…」


 父として犯した過ちを自身に問う。成績が落ちれば、人格を否定するほど叱責。遊ぶ事を禁じ、得る物を制限。自分と同じ道に進ませる為に、可能な限り枷を押し付けた。あの頃のシロは、我が子を愛していなかった。政治地盤を引き継ぐ後継者、ただそれだけの認識。ガゼットが限界を迎え家を出ると、感情的に責任を押し付けた。「期待に応えられないお前が悪い」と…。


「……地球が元に戻ったら、必ず息子に会いに行く。会って、過ちを正す。罪を償わせる。だから、復讐は思い止まって欲しい! 父として向き合いたい!」


 シロの申し出を復讐心は許さない。大人しかった黒い獣が、リヴィアの下に集まって来る。復讐対象の一人を殺そうとしている。

 里留は右手を翳し、黒い獣を一掃。復讐心を強引に抑え込む。


「分かった。その代わり、理解してくれ。許した訳ではない」


 地球が再生されれば、全てが元に戻る。シロは、もう一度息子と対話出来る。しかし里留は、地球が再生しても何も戻って来ない。復讐相手を見逃し、永遠の苦しみに耐えなければならない。本当は嫌だ。何が何でも、受け入れたくない。だが、その気持ちは心の奥に封じ込めた。今は何もかもが邪魔になる。ヴェノスの復讐が終わるまでは、心の制御に注力する。




 シロのコールドスリープを見届け、里留は、ガガメの私室を訪れた。


「先生、よくぞ御出でに! 何か御用ですか?」

「渡したい物があるんだ」


 里留が差し出したのは、クリップで束ねられた原稿用紙。


「これは、まさか!」

「新作だ」

「よ、宜しいのですか? 受け取っても? 読んでも?」

「ああ、じっくり読んでくれ。ただ、一つだけ約束してくれ。ヴェノスの復讐が終わるまで、誰にも内容を知られるな」


 ガガメは、軽く読んでみる。いつも通りの内容に、笑みが零れる。嬉しくなって、流れで数ページ読み進める。すると、隠されたメッセージに気付く。巨体を震わせ、超大粒の涙を流す。


「せ、先生……確かに、賜りました…」

「ありがとう、大切な友」


 里留は、ガガメの頬に手を添える。

 背負わせてしまった重荷を申し訳なく思い、背負ってくれた優しさに精一杯の感謝を込める。

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