第16話
第16話 真なる者
里留の物語には、『真なる者』と言う言葉が存在する。真なる者とは、誰かを自然に愛する事が出来る者を指す。家族、友達、同僚、先輩、誰が対象でも構わない。その代わり、対価を求めず、誇張しない。些細な事でも大切に感じるようになり、誰かの為ならどんな苦境も乗り越えられる。永遠に色褪せず、どんなに離れても忘れる事は無い。真なる者には平和を齎す力があるとされ、物語の中で『世界にとって何より重要』と記している。
里留を信奉する者達にとって、真なる者は特別。星滅戦機よりも、遥かに優れた存在として…。
ジスレンとビル&神鋼の激しい戦いが続く。実力はジスレンが圧倒的だが、コンビネーションで互角。予知と完全防御、どちらが欠けても敗北濃厚。
「私は、命に逆らえません。一切の手加減なく、確実に敵を葬る」
「分かっている。だが、それも今日までだ!」
合図も無く、ビルの動きに合わせて神鋼の盾が障壁を張る。障壁は光を消し去り、ビルに攻撃の隙を与える。そのタイミングで、神鋼の補助。武装の先に拳を届かせる。確かなダメージ。ジスレンは、片膝をつく。だが、それでも光は治まらない。完全に沈黙させる以外に止める術がない。
戦いの最中、隠れていたリヴィアが里留に近づく。
「里留、本当に良いの? 一人の復讐の為に、大切なモノを犠牲にするの?」
返事は無い。ヴェノスも黙って聞いている。
「そもそも…セリアは、本当に復讐者なの? 1000年を強いたのは、フロス。里留の本を広めたいのも、フロス。ただ作者ってだけで、どうして復讐の対象になるの? 普通なら、フロスが対象でしょ? 私には、わがままにしか思えない。あの時の私と同じ、真実から目を背ける為に里留を利用しただけ」
僅かに、里留の心が動く。目覚める兆候。しかし、ヴェノスが遮る。
「止めろ! 今はダメだ、これ以上は……」
「……セリアを助ける行動は、私を許す行動。良いの? 復讐すべき相手を許しても?」
里留にとって、リヴィアは両親に死を招いた元凶。心の奥底に封じ込めておいても、蠢く復讐心は決して消えない。普段は、里留の自我が抑え込んでいる。だが今は、復讐を叶える為に眠っている。扉の鍵が外れている状態。心の奥底に刺激を与えたら、扉は開かれる…。
「……許せない」
里留が飛び起き、リヴィアの首を絞める。怒りに満ちた表情で、殺さんばかりに力を籠めている。
「私は……」
「お前の所為で、お父さんとお母さん……死んだ。何で? 大門次郎をあげなかったから? 他所から来たから? 教えてよ、どうして殺させたのか?」
幼い頃の感覚で言葉が紡がれる。だからと言って、精神が子どもとは限らない。復讐心は常に成長している。ヴェノスの抑制を破壊し、邪魔できないように封印の中に閉じ込める。外部に発信できないように、思考を麻痺させる。
「死んじゃえよ!」
リヴィアの目から、涙が零れる。
「絶対……償う………好き、だから……」
表情に怒りが張り付いているが、力は緩む。
「ずっと傍に居る。一緒にご飯食べて、他愛のない話で盛り上がって、週末には何処かに遊びに行く」
リヴィアを押し倒し、右腕を刃に変える。
「何もしなくて良い。ただ、死んでくれれば!」
「誰も身代わりでもない。たった一人、唯一の貴方……」
無情にも刃が振り下ろされる。
だが、リヴィアの頬を触れる頃には素手に戻っていた。優しく頬を撫で、静かな声で問いかける。そこには、里留が居た。
「…俺の中に居る復讐心は、何があっても絶対消えない。どんなに抑え込んでも、いつか衝動に負けてしまうかも。それでも、傍に居られるのか?」
「うん」
心が通じ合ったタイミング。今ならと、あの言葉を口遊む。
「里留、魔王様は?」
「……まだ帰って来ないな」
「えーーーーー!」
頬を膨らませるリヴィアを見て、里留は大笑い。釣られて、リヴィアも笑ってしまう。切羽詰まった戦場に、笑いの花が咲く。
里留を笑顔を確認したフロスは、微笑みながら神鋼に向かって叫ぶ。
「全てを取り戻せ!」
言葉を受け取った神鋼は、盾の力を消す。加護を失ったビルは、ジスレンの光に呑まれて消え去る。跡形も無く。
しかし、その心は里留の中に。
ビルは、真っ暗な世界に居た。何も見えない、聞こえない。それでも、怖くない。ここが何処だか心が理解している。
「ビル、遅くなってごめん」
里留の声が、周囲一帯から聞こえてくる。
「3年も待たせてしまった」
「先生の所為じゃありません! 復讐心を利用したセリアの所為です!」
「知っていたのか?」
「あんな無茶苦茶な理由、誰でも可笑しいと思いますよ」
目の前に里留の姿が現れる。しかし声は、相変わらず周りから聞こえる。
「これから、メモリーキメラとして蘇らせる。悪いけど、3年分の記憶を教えてくれ」
記憶を失っていた3年間を、里留は吸収する。ジスレンと歩み戦ってきた星滅戦機としての記憶。たった3年でも、ビルにとっては大事なモノ。憧れ慕った最高の師との日々。父と母を殺した存在でも、子どもの頃の想いは消えない。
里留の体が銀色に輝き、ビルが出てくる。白銀の衣を纏ったメモリーキメラとして。
「お帰り、ビル」
「ただいま………お父さん」
メモリーキメラとして生まれ変わり、星滅戦騎の枷が剥がれ、使命を純粋に果たせるようになった。この機会に、呼び方を変える事にした。角虫や神鋼と同じように。
「さぁて、初めての親孝行を始めるぞ!」
星滅戦騎だった頃と能力は変わらない。未来予知を駆使し、ジスレンの行動を先回り。光を放つ前に拳を叩き込む。生まれ変わった拳には、純粋な思いが込められている。武装を貫通し、強力なダメージを与える。
しかし、意識が残っている限り光は反撃してくる。瞬く間にビルの体は光に包まれる。
「一人で突っ走るな!」
神鋼の盾が光から守る。
「悪いな」
「次からは気を付けろ」
神鋼は、ビルの頭を殴る。
自分でもよく分からないが、嬉しい。笑いながら、殴られた場所を摩る。
「一片も残すな。裏で控えるセリアに利用される」
盾をビルに委ねる。
「ありがとう、兄貴!」
「兄貴は止めて。これでも、女」
「……き、聞いていないぞ」
「今言ったから良いでしょ」
光を盾で防ぎながら、女性の要素を確認する。仮面が邪魔で顔は見えない。体の線も鎧の所為で隠れている。今のところ、言葉以外に確証を得られない。だからと言って、神鋼には晒す気配はない。
「…その話は後だな」
盾の力を駆使し、光を掻い潜り、拳を叩き込む。ジスレンに蓄積されたダメージは大きくなっていく。苦しくて堪らない筈だが、ジスレンは笑っている。余裕の表れではない。凍り付いた感情が動き始めた。ようやく、鎖に縛られた日々が終わる。
ジスレンが倒れた瞬間、隠れていたセリアが姿を現す。
「自我を確認。王命により、人工人格を発動!」
「な、何故……貴方が、それを……?」
「王としても不安だったのです。ジスレンに裏切られた時の代償の大きさが」
セリアは、何としてでもジスレンの力が欲しかった。その為に、王を不安にさせ、人工人格の発動権を一任される状況を作っておいた。
「お、そ……かった。bi、ビル……fro、ス…ご、メン……な、sa,い」
自我が壊れ、人工人格が形成される。王族が組み込んだのは、残忍な殺戮者の人格。扱いずらい人格だが、任務が終われば消去される。空っぽになった最強の器を、セリアが使おうと考えている。
「ジスレン!」
フロスの叫びに、人工人格は攻撃で返事。狂気の意思に、分別は無い。全ての制限を気にしない為か、ジスレンだった頃よりも何倍も強い。目に映る物全てを破壊していく。魔王城も消え去り、ヴェノスが地下に空間を作っていなければ、全員死んでいた。
地上に残ったのは、たった一人。光を物ともせず立っていた。
「セリア。愚策を弄しても、何も得られない」
荒野に佇んでいたのは、禍々しい漆黒の鎧を纏った角虫。光は闇に変わり、鎧の周りに集まっていく。その様相は、魔王と評するに値する。ヴェノスが里留の復讐心を力に変え、角虫に纏わせている。里留が制御して初めて使えるリスキーな力。角虫は体を貸し、ヴェノスが制御する。
「顕現した魔王に、恐怖しろ」
一瞬の出来事。ジスレンの体は機能停止、指先から一気に白い灰になって霧散。微小のロボットが修復を試みるが、再生できる物が残っていない。最強の星滅戦騎が手も足も出なかった。
危機を察し、セリア達は逃走を図る。しかし、魔王を相手に代償無しはあり得ない。ガゼットは、微小ロボットの機能が停止し、溶けたような醜い姿に。グラーティは、骨格が固定され、雄々しい歩き方しか出来ないように。セリアは、恐怖心を人格の奥深くに刷り込まれる。どれも効果は永続。肉体を捨てて逃れられる二人はマシだが、セリアは永遠に苦しみ続ける事になる。
戦いの傷跡は深く、帰る場所は完全に壊れてしまった。雨露を凌ぐ為にルーズに向かうが、既に状況が知らされていたのか、兵士達の妨害で中に入る事すら出来ない。セリア達は、王族の配下となっていた。攻撃した事実は、謀反と捉えられる。王族に従っているだけの兵士を責められない。仕方なく、シェルターを一時の宿にする。
状況は芳しくないが、悲壮感はない。
「フロス、覚悟は良いか?」
里留の問いに、フロスはかなり緊張している。
「せ、先生……だ、大丈夫です」
「何でそんなに緊張しているんだ?」
「関係性が、ち、違うので……」
覚悟は整っていないが、里留はヴェノスの力を使う。体が金色に輝き、美しい女性を生み出す。脇腹に穴が開いた一般的なブレメル人の女性。里留の計らいで、純白のドレスを纏わせる。
「……私は、どうして?」
「ジスレン……」
見た目は全く違う。誰の記憶にも無い姿。それでもフロスには、ジスレンに見えている。
「もしかして…」
「記憶に欠損は無いか? 願望に依存した姿にしたが、不満は?」
メモリーキメラは、記憶を共有している。ビルの記憶に残っていたジスレンを元に創造した。ジスレンは、ビルに色々な話をしていた。感情が無い故に具体的な話はしていなかったが、どんな事を考えていたのか想像は容易い。
「ありがとうございます。こんな私に…」
「ここに居るのは、ただの一人の女性。何の柵がある? 少なくとも、俺は知らないな」
「ですが……」
「女性と話すのは慣れていない。悪いけど、後は頼んだ」
里留は、フロスにこの場を委ね、野次馬たちを連れて奥に引っ込む。
「フロス……」
「ジスレン…そ、その……」
ジスレンは感情を堪えず、笑みを涙で濡らし思いっきり抱きしめる。
「あの日、選んだ時から……ずっと愛していました!」
「……僕も、ずっと」
もう二人を邪魔出来る者など居ない。
忌々しい鎖は砕け散り、最も美しい絆で結ばれた。
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