第15話
第15話 正義を主とし、信念を貫く
魔王城に現れたビルは、門前でまたリヴィアと会う。気まずい。どう声を掛けたらいいのか、先日の対応を考えると口が重い。
「お帰り」
「………え? あ、ああ、ただいま…」
背負っている里留に向かってと思ったが、視線はビルを捉えている。
「記憶は戻った?」
「俺は何も変わっていない。前からずっと…」
「…そっか、まだだよね」
リヴィアは微笑み、里留の部屋に案内する。
ビルは、強い反発を予想していた。それだけに、罠を疑う。しかし、リヴィアの表情を見る限り、その心配は無さそう。
ビルの目的は、二つ。一つは、
里留の部屋では、フロスと角虫が待っていた。
ビルは、フロスの険しい表情を見ないように、里留をベッドに寝かせる。
「先日は……すまなかった」
誤ったところで、許される訳ではない。フロスと角虫は、ビルの暴行に晒されている。同じ仕打ちぐらいは覚悟する。
「……記憶は戻ったのか?」
「え? いや、俺は何も変わって……」
「そうか」
その答えに、フロスは溜息を漏らす。怒る訳でも、何かを求める訳でもない。
角虫も、槍を抱えたまま動こうとはしない。
「許すのか? あんな事をしたのに…」
「命に従っただけで、自分の意思で行った訳ではない。個人に責任を押し付けるのは筋違い、ただそれだけ」
憤りはある。しかし、ビルの状況を鑑みて感情を抑えている。
「その、何だ……提案を聞く余裕はあるか?」
「内容に依る」
「……星滅戦騎の名誉を回復したい。その為に協力して欲しい!」
角虫が立ち上がり、ビルの首元に槍を向ける。
「嫌だ!」
定まらないヨロヨロの足取りで、ようやく届く勢いで槍を放つ。
簡単に躱せるが、ビルは敢えて槍をその身で受ける。
「どんな仕打ちでも甘んじて受ける! 必要なら、命も差し出す! だから……頼む!」
「本当に命を差し出すと?」
「ああ、星滅戦騎の為なら!」
フロスは、ジスレンの為だと直ぐに分かった。懐かしさ、悔しさ、ジスレンの下で植え付けられた感情を晴らせる機会。利用するか、しないか。悩みは尽きない。
「……覚悟を試す為、二つ協力して欲しい」
「何をすれば良い」
「一つは、先生の本を普及させる事。悪辣な手段を用いず、リザードマンに広める」
「む、難し過ぎる」
「悪辣で無ければ、どんな手段でも良い。嘘に塗れていても」
悠長に普及している場合ではない。王族主導の方針で進めば、復讐者を内包する里留の命は無い。取り敢えず、見せかけだけでも普及し、他の星から救援を受けやすい状況を作る。
「もう一つは、オリジンの壊滅」
「ほ、本気で行っているのか? そんな事をしたら…」
「王族に反旗を翻す事になる」
ジスレンを解放しようとすれば、どう足掻いても敵対は避けられない。覚悟はしていた。しかし、ジスレンと戦う選択は出来れば避けたかった。
「分かった。でも、その代わり、万が一の場合は俺に任せてくれ」
「……はい」
フロスの策には、両方を救える可能性が含まれている。しかし失敗すれば、両方失う。覚悟を試されているのは、フロスも同じ。
フロスは、ビルを連れてルーズを訪れた。多くの兵士が監視に当たっているが、星滅戦騎の看板があれば障害にならない。にこやかに道を譲り、どんな要望にも応え、別れ際にはサインを求められる。彼らにとっても、星滅戦騎はヒーロー。子どもの頃の憧れは、簡単には色褪せない。
「ところで、何をする気だ?」
「視覚情報を転換する薬を投与する。副作用も、過剰反応も無い。安全かつ確実な方法」
「大丈夫か? 薬物の反応に気付かれ、もしも検査院に目を付けられたら…」
「その為にビルが居る。星滅戦騎の力で、検査を回避して欲しい」
ブレメルの検査には権威が与えられており、王族であっても口を挟めない。星滅戦騎も例に漏れず、何を言っても取り合ってもらえない。
「不可能を可能にしろって言うのか?」
「覚悟を試すには十分では?」
「……良いだろう。やってやる」
フロスは、早速リザードマンに薬剤を配り始める。栄養剤と嘘を吐いて。
ビルの存在を認識している兵士は、同行していたフロスの行動を黙認する。星滅戦騎に認められたい一心で。
ビルは監視艦に戻り、検査室を訪れる。身体検査、付着物検査、身分証の確認。検査官一人一人がビルを念入りにチェック。全員の了承を得て、ようやく中に入れた。中に入っても、検査の様子は見られない。
一人の検査官が対応に当たる。
「星滅戦騎、何故此処に?」
ここでは演技力が試される。どんなセリフにも感情を込めて、全てを真実に変える。少しでも疑う余地を与えれば、彼らは星滅戦騎の称号を剥奪する。
「最近、体の調子が悪い。原因を調べて欲しい」
「星滅戦騎が……それは一大事。調べさせてもらいます」
疑う様子は無い。ただ、星滅戦騎の不具合に眉を顰める。
奥の机から、小さな針が付いた機械を持って来る。
「情報を採取します」
針を刺して、機械のスイッチを押す。数秒待つと、ビルの体に文字が浮かび上がる。腕には、部品A-1破損小、修復中。足には、細胞欠損30%、自己再生鈍化。腹部には、変換器交換時期。胸部には、コア機能制限状態、出力88%ダウン。場所毎に異常を記している。検査官が気になったのは、胸部の異常。
「何故、力に制限が? 88%も…」
「ジスレンの仕業だ」
ジスレンの名前に、検査官は目を丸くする。
「ま、まさか……貴方を選んだのは、ジスレン様ですか?」
「まぁな」
検査官の様子が変わる。素っ気なさが失せ、目を輝かせている。膝を付き、頭を垂れ、喋り方を整える。
「非礼を詫び、正しい姿で応じます。星滅戦騎、ビル様」
「…どうして態度を変えた?」
「我々にとって、ジスレン様は特別です。非力だった頃を支え、今を創って頂いた」
ジスレンの偉大さに改めて感服する。一方、腹立たしい。フロスは全て知りながら、覚悟だけを試していた。
「それにしても驚きです。こんな辺境の地で、選ばれし二人に会えるとは…」
「二人? 俺と……もう一人は?」
「フロス様です」
ビルは、驚きのあまり腰を抜かす。
「知らなかったのですか? フロス様は、ジスレン様が最初に選んだ星滅戦騎。誰よりも知才に優れ、正義感が強く、感情のままに動く事を許された」
「……知っていたのか?」
「薬物の件は、事前に連絡がありました。貴方の件は窺っていません。ですが……」
検査官は、ビルの首元に注射を打ち込む。
「選ばれし星滅戦騎が現れたら、これを打つように指示を受けました」
意識が朦朧とする。記憶が混濁し、今の自分を保てない。
「こ、これは……?」
「失った物を取り戻せる。そう言っておられました」
曖昧になる記憶の中、とある光景が鮮明になっていく。母の胸に抱かれ、部屋の隅に隠れている。母は、「大丈夫。きっと、あなたは…」と。しかし、その言葉には不安を拭う力は無い。膨れ上がる胸の苦しみに耐えながら、少し離れた扉を眺める。足音が何度も通り過ぎる。微かに聞こえる声は、母を探しているようだ。足音が聞こえなくなると、誰かが鍵を抉じ開けて入って来る。金色の武装纏いし騎士。幼心に鮮烈に残る憧れそのもの。救いの手と思った。だが彼は……母を殺した。母の血で濡れた手で頬を撫で、仮面を外し名を告げる…。
「……ジスレン」
ビルは思い出した。父と母を殺したのが誰か。
記憶を否定したい一心で、ジスレンの下に向かう。しかし、すれ違い。私室の机には、王族から賜った命令書が置かれていた。内容は、『オリジンと協力し、フロスと平和大使を殺せ』。星滅戦騎は、王族の命に逆らえない。ジスレンは、必ず命令を遂行する。あの時と同じように…。
魔王城に、戦闘モードのジスレンが迫る。金色の武装を纏い、右手には黒く輝く剣。全身から放たれる光は、触れる物全てを破壊し消し去る。帯同していたガゼット、グラーティ、セリアは、光が届かない距離を保っている。
「これが、ジスレンの力……」
セリアには、その強さは神々しく羨ましいもの。王族に逆らえなくても、感情を持てなくても、可能ならば手に入れたい。ジスレンの苦悩や、虐げられた者達の憎しみは気にならない。
(教祖様、本当に大丈夫かしら?)
(勝算があるから来たんだろ? お手並み拝見だ)
グラーティは、欲望の強さが招く災厄を警戒している。教祖と慕うセリアの無事をただ祈る。
ガゼットは、セリアの結末を楽しんでいる。上手く行っても、失敗しても、どちらでも構わない。
「殲滅を遂行する」
僅かに黒い剣が動いた瞬間、無数の光芒が門を粉々に切り刻む。敵を阻む為に設置されていた数々の罠は、門の崩壊と共に無効化された。対星滅戦騎用だったが、ジスレンには意味を成さなかった。
里留の部屋への道が開けている。何もかもが切り刻まれているが、里留の部屋だけは綺麗に残っている。意図的なのか、不作為なのか、ジスレンの態度からは察せない。地球生まれの帯同者には、疑う余地は無い。
扉の前で、ジスレンは最後の宣告をする。
「フロス、命により……」
「何も語らなくて良い。王族の
扉を開き、中へ。
フロスと角虫が、里留を守るように両手を広げている。どちらも武器を持っていない。
「さぁ、殺せ。何も問わず」
ジスレンは、黒い剣をフロスの首に添える。
天井を破壊し、ビル登場。心が激しく痛む。無抵抗の者に刃を向ける英雄の姿に…。
「ジスレン、止めろ! 正義を主とし、己が信念を貫け!」
「その言葉は、もう……無意味です」
ジスレンの刃は、ビルに向かう。
「王族に反旗を翻す者よ。我が刃にて、その命を絶つ」
無数の光芒が迫るが、瞬間移動で回避。
ビルは、意を決して戦闘モードに移行。白銀の輝き放つ武装を纏う。
「父と母を殺した悪しき者よ。我が刃にて、その闇を絶つ」
薬の影響で、記憶が本来の姿に戻っていく。ジスレンに消された残酷な記憶も含めて。それでも、迷いはある。父と母を殺しても、尊敬する英雄である事に違いは無い。どんなに決意を固めても、幼心が攻撃を鈍らせる。僅かな隙が生まれ、ジスレンの光をその身に受ける。
「実現出来るのですか? 貴方の望む世界は…」
正義の為、信念を貫く。言葉にするのは簡単だが、実行するのは難しい。握った刃は、簡単に奪ってしまう。強ければ強い程、想いとは裏腹な結果を招いてしまう。だがそれでも、引き下がる訳には行かない。星滅戦騎は、正義に背を向けない。母が読んでくれた絵本の通り、誰もが憧れる存在にならねばならない。自分自身が悲しみを背負う事となっても、絶対に。
「出来るに決まっている! 俺は……」
里留の物語が脳裏に浮かぶ。平穏で何も起きない。だが、誰もが笑っている。この世界には、確かな平和が存在する。英雄を必要としない、唯一にして絶対の楽園。
「先生の世界を実現する!」
全ての記憶が蘇る。迷いは失せ、白銀の力は真の領域に達する。
ジスレンは、黒い剣を構え光速の剣閃を放つ。早過ぎて捉える事が出来ないが、ビルは白銀の力で未来を予知。放たれる前に安全圏に回避。一瞬の隙を突いて、ジスレンの体に拳を叩き込む。威力が足りない。この程度では、ジスレンを倒せない。歯痒い気持ちを押し殺し、何度も叩き込む。しかし、待っていたのは強烈な反撃。一帯を包み込む光が、白銀の武装を粉々に破壊する。万事休す。敗北を認めるつもりは無いが、結末は直ぐそこに近づいている。
しかし、突如、光が消える。
「今度は、守ってみせる」
大きな盾がビルを守っている。光を吸収し、ジスレンの力を無効化している。
「神鋼!」
「まだ許していない。あの日、犠牲になった事…」
神鋼は、ずっとビルの傍に居た。盾の力を使い身を隠し、思い出す日を待っていた。以前より強くなって。
「ならば、ずっと傍に居ろ。許せるようになる日まで」
ビルは、手に入れた。
真なる者の証を。
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