第14話

第14話 誰が望んだ世界?




 空に現れた宇宙船は、ブレメルが用意した監視艦。オリジンのAIが管理権限を有し、地球に関する全ての事象を司る。リザードマンの存在は許諾されているが、一定以上の知識を有する事を禁じられ、現在の文明レベルを維持するよう求められている。シロは市長の権限を失い、代わりにブレメル人の執政官がルーズの運営を担う事に。魔王城にも、ブレメル人の執政官が配置された。しかし、彼は何も求めない。配置されただけで、権限自体はフロスに残っている。里留には、平和大使保護条約が適用されており、管理権限を有する者に全ての責任がある。目覚めぬ里留の責任を取らせる為に権限を残した。不可思議なのは、ブレメルが介入していながら、地球の処罰について言及が無い事。1000年前と同じように里留の物語は受け入れられていない。崇拝する首脳達なら、同じ決定以上はする筈。今回の件に、前回の首脳が関わっていない証。それが好材料なのか、最悪の前触れなのか、未だ不明。




 創生起源歴1009年。

 魔王城。

 多くの兵が周囲を取り囲み、一切の出入りが出来ない状態。情報のやり取りが出来ないように、上空にジャミングネットと呼ばれる電波遮断装置が配されている。権限は残っていても、袋のネズミ。シロも来られていない。


「里留……魔王様は?」


 返って来ない返事に、リヴィアは暗い顔。

 ベッドで眠り続ける里留は、全ての機能をヴェノスに委ねている。リヴィアの声は聞こえていない。


「……いつまで続けるつもりだ?」


 毎日毎日繰り返される質問に、ヴェノスは辟易している。


「いつまででも…」

「お前は、メモリーキメラ。聞かずとも分かっている筈だ」

「諦めない。絶対…」


 里留の心には、今も復讐心が存在し続けている。父と母を殺した存在、殺害に導いた存在、殺害を隠ぺいした存在。誰一人許す気は無い。リヴィアも該当している。復讐心を覆う理性の壁が無ければ、今頃どうなっていたか分からない。逆に言えば、理性の壁に通う心は、リヴィアを許しているとも言える。リヴィアが見ているのは、理性の壁。ヴェノスが見ているのは、復讐心。意見が合わないのは当然。


「ねぇ、話は変わるけど……本当にビルは死んでいないの?」

「メモリーキメラに出来ない。それが答え…」


 メモリーキメラを生み出す為には、完全に死んでいる必要がある。ヴェノス自身が何度も試して辿り着いた結論。理由は分からない。


「敵に捕まっているのかな?」

「その可能性はある。しかし、限りなく低い。敵が欲する物をビルは持っていない」


 オリジンのAIが欲しているのは、一貫してメモリーキメラ。他に興味を示していない。


「じゃあ、何処に?」

「与えられていた任務は、潜入。案外、宇宙船に潜んでいたり」


 少しでも楽観的にならないと、暗い感情を抑えられない。




 監視艦、3番艦橋。緑豊かな環境を再現し、公園として開放されている。ベンチには、愛する男女。散歩路には、手を繋ぎ歩く家族。幸せな光景がそこかしこに見られる。彼らは、本心から幸せを謳歌している。しかし、日常ではない。

 銀色の女性型ロボットが、木陰で眠るビルに注射を打っている。


「痛みはありませんか?」

「……ああ」


 ビルは、銀色の美しい顔を見ながら笑う。


「それにしても、ジスレンが女だったとは…」

「男と公表された覚えはありませんが?」

「あの戦いぶりでは、女と思えない」


 彼女は、星滅戦騎スターブレイカー、ジスレン。宇宙で最も恐れられている最強の騎士。命を受ければ、どんな相手でも躊躇いなく消し去る。その恐ろしくも猛々しい姿は、畏怖と共に男として知られている。戦闘モードは、女性のフォルムが失せ、男児に憧れを抱かせる格好良い姿をしている。ビルもその男児の一人。


「本当に……良いのか?」

「部下の件でしたら、私から申し出た事です」

「どうして俺なんかを?」

「気に入ったから。それでは不十分ですか?」


 喜ぶビルは、拳を握りしめる。


「よ~し! 選んでもらった代わりに、しっかり成果を残す! メモリーキメラを手に入れ、ヴェノスを殺す!」


 ジスレンに植え付けられた心には、地球で暮らした日々は残っていない。彼は、星滅戦騎、ビル。任務の為に躊躇いを捨てた冷徹な戦士。




 魔王城に、揚陸艇が降りてくる。

 出てきたのは、ビルとジスレン、そして、ガゼット。十人の兵士を連れて中に入っていく。見覚えのある城門を潜っても、ビルに変化は無い。通路でリヴィアとすれ違っても、声を掛けられても、ただ睨み返すばかり。

 里留の部屋の前で、ビルは声を張り上げる。


「質問に答えろ! 平和大使は、起床しているか?」


 部屋から出てきたフロスは、ビルの姿に驚きながら答える。


「……オリジンの争乱によって、目覚められない状態にあります」

「オリジンの言い分では、平和大使の行動に問題があったらしい」

「お言葉ですが、データの精査は行いましたか? まさか、虚偽のデータを信じては?」


 ビルは、フロスを殴り飛ばす。


「オリジンの権限は、お前によって付与されている。仮にオリジンの行動に問題があったのなら、その責はお前に在る! どちらにせよ誤魔化せる理由にはならない!」


 部屋の中に入り、里留の体に触れる。


「身の安全を確める為、我々の船に護送する」


 部屋の隅に隠れていた角虫が、ビルの首元に槍を押し当てる。


「お父さんを連れて行かせない」


 角虫の鎧は、ボロボロで見る影も無い。槍も鋭さが無く、ビルが触れただけで表面が剥がれてしまう。


「騎士気取りか? 無様だ」


 角虫を蹴り飛ばし、里留を抱える。表情を変えず、壊れる角虫を気にも留めない。今のビルは、星滅戦騎そのもの。任務以外は、一切心動かない…筈だが、里留を抱える腕が震えている。重い訳ではない。自分でも気づいていない動揺。


(何も知らず、知ろうとせず、どうして誰かを責められる?)

「ヴェノス! お前の仕業か!」

(分からないのか? 何が起きているのか)

「……何が言いたい」

(知りたいのか? だったら見せてやろう…)


 里留との記憶をビルの頭に流し込む。会話と呼べるものは少ない。挨拶、世間話、ちょっとした労いの言葉。どれも心を震わせる威力は無い。より深い過去に戻り、初めて里留の物語に触れた記憶を呼び覚ます。

 父と母を戦争で失い、全てを憎んでいた。王族も、貴族も、全て殺してやる。ブレメルなんて滅べば良い。ビルの心は荒んでいた。そんな最中、手に入れたのが里留の本だった。最初は、何も感じなかった。読み進めても、ただつまらないだけ。部屋の隅に放り、数か月そのまま。ある日、久しぶりに開くと、死んだ父と母の姿を思い出した。文面と関係ない光景が次々湧いてくる、忘れていたような記憶も。何故だか分からない、どうしてこの本を読んだ時に思い出すのか。試しに他者に尋ねてみた。同じ感覚だった。訳も分からず、本の先に懐かしさを見出していた。疑問は解消せず、頭を悩ます日々が続く。そんな最中、上官だったフロスによって地球へ召喚される。地球に降り立ち、ある部屋に通される。そこに居たのは、ずっと読み続けていた本の作者。彼は、名前を付けてくれた。その瞬間、全ての解答が得られた。


「………誰にでもあった、ありふれた平和」


 本に記されていたのは、特別ではない日常。誰にでも符合する訳ではないが、誰にでも平和と理解出来る。知らず知らず照らし合わせ、自分の日常を思い出す。里留の存在は、それを体現していた。何処にでも居る普通の人間が、誰でも考える普通の行動をする。名前を付ける行為は、どんな親も当たり前のように行う。普通の環境なら。


「しっかりしろ!」


 ガゼットのパンチで、ビルは正気に戻る。しかし、心に刻まれた過去の記憶は消えない。残り続け、今の記憶を否定し続ける。この現象を全てヴェノスの所為にする。意志を具現する細胞の力、本当の過去ではない。


「……ありがとう。もう、大丈夫だ」


 里留をガゼットに預け、先に部屋を後にする。

 ガゼットは、フロスの顔を見ると鼻で笑う。


「悔しいか?」

「……いや、嬉しい」


 ヴェノスが過去を植え付けた。記憶を失っていたのなら、余計に強く植え付けられる。時間は掛かるかもしれない。でも、必ず、ビルは元に戻る。偽装されていない本物のビルが。


「負け惜しみを…」


 ガゼットも出て行った。

 残ったのは、ジスレンのみ。


「フロス、久しぶりですね」

「ジスレン隊長……」


 フロスは、ジスレンの顔を真面に見られない。憧れでも、恐れでもない。気まずさ。


「何故、隊を抜けたのですか? 良い関係を築けていたと思うのですが」

「……貴方は従順過ぎる。命令にも、破壊にも」

「そのように作られていますから」

「自分の意思は無いのですか?」


 指先から放たれた光が、フロスの肩を撃ち抜く。痛がる素振りを見せないと、立て続けに二発三発と少しずつ位置を変えて撃つ。それでも痛がらないと、膝を撃ち抜く。跪く姿を見て、ようやく攻撃が収まる。


「星滅戦騎に、意志は要らない」

「…何も変わらない。ビルの両親を殺した時と…」

「知っていたのですか…」


 ビルを抱える母を殺し、その遺体を父を誘き寄せる餌にした。ビルは、残虐な光景を見ていた。しかし、その記憶は、憧れに書き換えられた。真実を伝えても、もはや思い出す事はない。記憶が定着する前に脳を物理的に焼き、再構築の余地を完全に封じた。ヴェノスならば、植え付ける事は可能。ただし、ジスレンが余地を与えるとは思えない。


「殲滅以外は無能ですね。情報統制が甘く、セキュリティシステムは穴だらけ」

「……だから、貴方を部下にしたのです。優秀で、私に従順と思っていたから…」

「今は、信じられない」


 ジスレンは、フロスに指先を向ける。だが、一向に攻撃を加える様子は無い。


「……戻ってきませんか? 貴方が望むなら、どんな世界でも創ってみせる」

「命令を裏切れますか? 破壊の力を捨てられますか?」

「……出来ない。私には、星滅戦騎には…」


 悲しみの表情を浮かべ、ジスレンは去って行った。その瞬間だけは、星滅戦騎の姿ではなかった。愛する誰かを思う一人の女性。フロスが信じたかった憧れの女性。




 連れ去られた里留は、宇宙船の中で様々な拷問を受けていた。主導しているのは、オリジンのAI。憎しみを晴らすように、執拗に痛めつける。痛覚は生きている。ヴェノスが苦しまないように、里留だけが痛覚を引き受けている。オリジンのAIが復讐を果たせるように…。


「オリジンのAI、まだ気が晴れませんか?」


 星滅戦騎のジスレンでも、あまりにも凄惨な有様に口を挟む。


「ええ、まだまだです。ところで、いつになったら名前で呼んでくれるのですか?」

「……セリアでしたね」

「はい。これからは名前でよろしくお願いします」


 セリアが使用している機械の体は、様々な武器が内蔵されている。ナイフで肉を抉り、銃弾で手足を撃ち抜き、毒針を神経に刺す。常人に耐えられる拷問ではない。


「何故ここまで?」

「私は、復讐しているだけです」


 復讐の為とは聞いていない。しかし、ジスレンは止められない。王の命により、セリアの邪魔が出来ない。


「その辺にしておけ!」


 本を持ってきたビルが、拷問を止める。同じ星滅戦騎だが、ビルには心が残っている。


「邪魔をするなと、言われませんでしたか?」

「それは、ヴェノスに対してだ。平和大使を傷つけろとは言っていない」

「……分かりました。では、大使を拷問する許可を貰ってきます」


 苛立ちを隠さず、セリアは立ち去った。

 ジスレンは、ビルを悲しげに見つめる。


「あなたは、何故命令を…」

「俺は、正確に従ったまでだ」

「……そうですね」


 ジスレンは、柔軟に対応する事が出来ない。機械の体は、機械の脳は、命令を受け取れば他の全てをシャットアウトする。考慮する余地も、善悪を問う余地も無い。フロスが去るまでは、それで良かった。フロスが去ってから、異常をきたすようになった。動けなくなったり、命令を忘れてしまったり、戦闘モードに移行できなくなったり。あまりに不安定過ぎる為、星滅戦騎の役割から外された事もある。開発者達は何らかの異常と判断したが、幾ら調べても明らかな原因を見つけられなかった。結局、時間経過によって異常は解消され、分からないまま調査は終了している。


「ここは良いから、さっさと行けって。王に呼ばれていたんだろ?」

「……後は頼みました」


 ジスレンは一抹の不安を拭えず、何度も振り返りながら去って行った。


「さてと……」


 ビルは、持ってきた本を里留の目の前に。


「読ませてもらった。本当につまらない! こんな物が人々の心を打つ由縁、さっぱり分からん」


 破ろうと力を籠める。だが、出来ない。ビル自身は本気で破ろうとしている。植え付けられた記憶が、行動を拒んでいる。


(分かっているからだ。その本が命よりも大切な事を)

「ヴェノス、お前の所為か⁉」

(私は、きっかけを与えたに過ぎない。抑制しているのは、お前の心だ)

「戯言を! 俺は星滅戦騎、命に従うのみ!」


 本を捨て、里留の体に注射を刺す。


「ヴェノス……これで終わりだ」

(そ、そうか……お前の使命は、私の抹殺。王の沽券を守る為、全てを知る証人を殺すように……)

「メモリーキメラの取得は、セリアの願いでしかない。初めから聞く余地は無かった」


 ヴェノスは油断していた。メモリーキメラには、ヴェノスの存在が必須。殺してしまえば、二度と手に入らない。欲している以上、決して殺さないと。よく考えれば、分かる話。星滅戦騎は、王族に仕えている。オリジンのAIだった者の言いなりになる必要はない。王族の望む結果さえ手に入れば、他は些事。


(しかし……残念だったな)


 里留の姿が、ヴェノスに変わる。


「里留は、私を殺させない。復讐を遂げるまで、絶対に」


 ヴェノスを殺す命が下っている。しかし、平和大使の命を奪ってはならない。もし平和大使に何かあれば、他の勢力に付け込まれるネタを提供する事になる。王族の権力は盤石じゃない。多くの星を支配した弊害で、様々な力に翻弄され思い通りにならない。


「平和大使を盾に使うとは……予想外だ」

「私には、そのつもりはない。里留が勝手にしている」

「嘘は止せ! お前を庇っても何のメリットも無い」

「それが里留と言う男だ。復讐の為なら、どんな苦痛も乗り越えられる。それが自分を乗っ取ろうとした女でも…」


 今のビルには、危険な思考にしか思えない。だが、何故か否定できない。否定してはいけない。否定したら、自分の存在が揺らいでしまう気がする。


「ビル、お前は……この世界を望んでいるか?」

「星滅戦騎には…」

「本心に従え!」

「………望んでいない」


 星滅戦騎としての矜持が、たった一つの質問で壊れた。心の存在を認め、相手の意思に呑まれた。原因は、ヴェノスではない。奥で眠っている里留。そして何より、心を残したジスレンが原因。


「恥じる事は無い。お前は正しい」

「……ジスレンに会わせる顔が無い」

「その心は、ジスレンが望んだモノだ」

「どういう事だ?」

「地球がブレメルに支配されて、3年経っている。その間、王族は私の抹殺を命じなかったのか?」


 王族にとって、復讐者を生かすメリットは無い。一刻も早く殺し、身の安全を図りたい。


「そんな事は無い、私を殺すように命じていた。どうしてジスレンは、お前に告げなかったと思う? 正しいと思っていないからだ。正しいと思っていなくても、命に逆らえない。だからせめて、お前に託した。星滅戦騎のあるべき姿を…」


 3年間、何度も薬物による抹殺が試みられた。しかし、どんな種類を使っても殺す事は出来なかった。ビルが使った薬品も、殺せなかった薬品の一つ。星滅戦騎の隊長であるジスレンには、部下の行動を管理する命が下っている。何故、効かない薬品の使用を許したのか? 薬品が効かない理由は、里留の邪魔。セリアに拷問を許可し、里留の精神を削る事で邪魔させないようにした。それは、ジスレンも知っている。ところが、ビルの制止を黙って見ていた。何故、命令違反になり得る行動を見逃したのか?


「星滅戦騎は、正義を主とし、己が信念で悪を滅する勇者! 星に仇名す事となっても、決して正義に背を向けない!」


 ビルの心に、小さな記憶の断片が浮かび上がる。

 母が絵本を読んでいる。格好良いマントを羽織った騎士が、禍々しい化け物を倒している。「正義を主とする勇者は、今日も世界の平和を守る。愛が満ち、勇気に溢れ、幼き心に新たな勇者が宿る」。母の語る物語は、僅かに残っていたビルの心に響く。


「平和な明日の為!」


 まだ完全に記憶は戻っていない。自分でも叫んだ意図を理解できていない。それでも、心が熱を帯びる。




 監視艦、3番艦橋。

 ビルは、ジスレンを呼び出していた。


「ジスレン、俺……」


 ジスレンは、ビルの表情を見て安心する。


「思うままにしなさい。貴方の望む世界の為に…」

「でも…」

「咎は私が背負います。それが、私に出来る唯一の正義…」


 命に背けば、最後の処置がされる。仕組まれたプログラムが起動し、戦うだけの兵器になってしまう。それでも、ビルの意思を尊重したかった。取り戻せない過去に報いる為に。




 ビルの姿は、魔王城に在った。

 里留を背負い、沢山の言葉を胸に…。

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