第13話

第13話 オリジンに潜むモノ




 グラーティ追跡の最中、神鋼は一人オリジンに潜入していた。神鋼の盾には、あらゆる力を遮る能力がある。監視カメラも、熱感知システムも、動体センサーも、人間の目でさえ潜り抜けられる。しかし、遮るだけ。認識を誤魔化す訳ではない。接触してしまえば気付かれる。しかも、遮っている間は他の事が出来ない。戦う事も、ヴェノスとの通信も、身を守る事も出来ない。知り得た情報を伝える為にも、絶対に見つかる訳には行かない。

 そんな状態で…。


「なぁ、本当に大丈夫なんだろうな?」


 ビルが付いてきた。たまたま出会ってしまったのが運の尽き。幾ら説明しても帰ってくれず、仕方なく行動を共にしている。


「接触を避ければ、何の問題も無い」

「そうか。で、どうしてオリジンに?」

「ヴェノスの話では、ここに疑問の根源があるそうだ」


 オリジンに異変は無い。街並みも、リザードマンの様子も。


「フロス様が管理しているのにか?」

「今も?」


 フロスの日課を思い出す。里留の世話、本の売り歩き、シェルターを発端とする異常の調査。オリジンの管理をする時間は無い。


「……AIに任せている」

「では、そのAIが調査の対象だ」


 神鋼は、地面に耳を押し当て、音に集中。ビルも真似してみる。地下の奥底から、金属音が響いてくる。一定のリズム、一定の音量。金属音の間に、人の声が混じっている。


「地下に秘密があるようだ。ビル、行く方法は?」

「管理ルームだとするなら…」


 一際大きなマンションを指差す。


「あそこから降りられる筈だ」


 マンションを目指して歩き始めるが、ビルが直ぐに歩みを止める。


「止めておけ! 強力な障壁が張ってある」

「その為に、私が選ばれた」


 制止を押し退け、神鋼はマンションに近づく。何事もなく扉に触れ、何の障害もなく開かれる。


「ありぁ? どうして…」

「これが私の能力、お父さんを全ての敵から隠す力…」


 神鋼にとって、里留の苦しみが一番辛い。難を避け、幸せ以外を遠ざける。その願いに応じて力が形成された。戦闘にも転用できるが、角虫に比べ非力。




 マンションの地下、管理ルームへの通路。

 様々な機械が通路脇に並び、その奥にはリザードマンが入ったカプセルがある。カプセルの傍では、機械の目が様子を窺っている。インプラントが終了すると、レーザーカッターでカプセルを割り、機械剥き出しのロボットが服を着せ町に連れて行く。空になったカプセルには、次のリザードマンが入れられる。その時点では自我が残っており、激しく抵抗。首筋に注射されるまで暴れている。


「異常無し、変わりないな」


 ビルにとっては普通の光景だが、神鋼にとっては非道な光景。


「…ブレメルには、地球人を断罪する資格が無い」

「酷いと言いたいのか?」


 神鋼は、口を噤む。考え方の違う者と争っても、意見は平行線。意味を成さない。


「地球人だって、家畜は飼う。殺す為に。何が違う?……って、前は言っていたな。今のブレメルは、家畜を禁止している。奴隷制度も、過度な序列制度も、綺麗さっぱり排除されている」


 ビルは、反対側のカプセルを指差す。何も入っていない空っぽのカプセルに、リザードマンが生み出される。先程入れられたリザードマンと瓜二つ。


「俺達が使うのは、こっちだ。本物を真似て作った疑似クローン。無機物を改造して作った同機能体」

「……ごめん」

「気にするな。この光景を見たら当然だ」


 ブレメル人は、里留の思想を崇拝している。良い方向に働けば、平和を実現する力に。しかし、悪い方向に働けば、異を唱える者を抹殺する力に。今回は、たまたま良い方向に傾いただけ。悪い方に傾けば、リザードマンの権利は無視して効率を優先していた。


「これの事じゃないよな?」


 聞こえる音は、インプラント作業の音。神鋼にとっては異常だが、ビルにとっては普通。間違っていた可能性はある。


「…この施設で一番セキュリティが厳しいのは?」

「奥の中枢区だ。行ってみるか? 俺が居るから問題は無いぞ」

「いや、止めておく。ビルが入れる場所に、秘密は隠さない。もっと深く、フロスでさえ知らない場所」

「そう言われても………」


 メモリー保管庫、電波送信塔、環境調査室、中枢区以外を確認するが何も無い。ビルは内緒で、中枢区へ向かう。何も知らない神鋼は口を挟まない。近づくにつれて音が聞こえるように。カンカンと何かを叩く音、ギィギィとネジを回す音、日曜大工のレベルでは収まらない。何か大きな物を作っている。


「……ここらしいな」

「フロスも知らない場所か?」

「…いや、知っている。何せ、中枢区…だからな」


 呆れる神鋼。だが、何かを察し急いで通路脇に避ける。

 直後、扉が開き誰かが出てくる。


「まだなのか? 報告が無いと仕掛けられない!」


 中枢区から出てきたのは、体格の良い人間の男。白シャツに短パン、腰に刀を携えている。顔に見覚えは無いが、何故か嫌悪感を感じる。携帯電話を握る様が、特徴的。小指と人差し指を浮かせている。

 神鋼とビルは、接触しないように距離を取る。


「何だと! そうか、分かった!」


 携帯電話を切ると、歓喜のガッツポーズ。


「裏切者が死んだ! 馬鹿な奴だ、侵略者なんかに与するからこうなる!」


 裏切者が誰かは分からない。だが、嫌な予感が止まらない。ビルにとっても、神鋼にとっても、大事な存在の話に聞こえる。違って欲しいとかき消しても、どうしても振り払えない。


「直ぐに向かう。逃がすなよ」


 肝心なワードを口にする事無く、男は立ち去った。中枢区の奥に気配はない、調査する良環境。だが、それよりも男の言葉が気になる。




 二人は、謎の男を追っていた。リザードマンを嘲笑い、機械を蹴散らし、お世辞にも性格を褒められない。その行動は人間らしさの詰め合わせだが、その力は生物の範疇を超えている。機械を簡単に引き千切る様は特に。該当するのは、機械の体。機械の体に人間の思考をインプラントした可能性。


「おや?」


 男はいきなり振り返り、二人が居る場所を見ている。気付いている様子は無い。しかし、ずっと見続けている。


「誰かいるのか?」


 二人が居る場所に機械を投げる。

 盾で防げず、急いで回避。足音が鳴ってしまうが、能力のお陰で男には聞こえていない。


「……居ないのか?」


 男は、何事もなく歩き出す。だが、直ぐに止まり…。


「……里留は消え、次はヴェノス。説得するか、虐げるか。どっちになるだろうか」


 気付いているとしか思えない煽り。煽った後も、しばらく様子を窺っている。なかなか去らない、10分経っても。まるで、二人を試しているように。動いてみるが、目で追う様子は無い。やはり見えていない。

 30分経って、ようやく去って行った。何度も振り返りながら。




 二人は、急いだ。中枢区の奥へ。帰りたい気持ちを強く抑え、果たすべき目的に忠実になる。里留が本当に死んだのなら、生き返らせる為にもデータの掌握は必須。生きていたとしても、今後を少しでも有利に進めるべく活路となる情報が必要。


「ビル、どう思う?」

「先生は死なない…」


 慰めの言葉は、自分用でもある。里留が死んだとは思いたくない。


「その件じゃない。あの男、気付いていたと思うか?」

「…見つかっていないと思うが、本能で気付いたかもな」


 神鋼は、ビルを制止する。


「行くのを止めよう」

「どうして?」

「罠を張っているかもしれない」

「何とかしてやる! 本気を出せば…」

「恐れているのは、信憑性の有無だ。戦いに勝って得た情報が嘘だったら? 気付かず伝えてしまったら、最悪な状況になる」


 自分の力に自信があるが、ビルの感覚も無視できない。だからと言って、何もせずに帰っては意味は無い。


「……インプラント施設に向かおう」

「何をするつもりだ?」

「罠を張る」




 神鋼とビルは、一心不乱に出口を探していた。地上までは戻って来られたが、外の様子が激変していて何処から脱出できるか分からない。迷路のように複雑な構造、高い壁に覆われ、似たような通路ばかり。必死に走り回っていた所為で、何処に居るかも変わらない。外に向かっているのか、内に向かっているのか、それだけでも知りたい。


「壁を飛び越えよう!」

「ダメだ! そんな事をしたら、姿が露呈してしまう」

「俺が抱えて飛ぶ。それでもダメか?」

「…やってみないと分からない」


 ビルが抱えたタイミングで、光弾が膝を撃ち抜く。出血は直ぐに収まるが、膝がズレて動かせない。


「逃げられては困る」


 あの男が立っている。目が合い、動いても離れない。


(気付いているのか?)

(…まさか)


 ゆっくり動き、逃げようとする。だが、的確に光弾で逃げ道を遮る。光弾は何処から放っているか分からない。


「見えている。聞こえている。無駄な事は止めろ」


 信じられないが、状況が物語っている。姿を現し、その代わり盾で防壁を張る。


「何故、直ぐに攻撃しなかった?」

「……そうか、あの時に居たのか」


 あの段階では気付いていなかった。では、今は何故? 二人の頭を悩ませる。

 ビルは、脇腹の穴に腕を突っ込み、針を抜く。


「殲滅モードに移行する!」

「同じようには行かない。借りは返す!」


 ビルは、瞬間移動を繰り返し、四方八方から連撃。男に攻撃をする隙は無い。一方的な展開のままだが、突然、ビルの動きが止まる。腕や足の関節がズレ、動きたくても動けない。


「もう終わりか?」


 一切の挙動無く、無数の光弾を発射。何とか回避を試みるが、関節が動かず、転んで避けるのが精一杯。器用に這い回り何とか光弾を躱すが、直ぐに限界を迎える。ズレた関節が激痛を訴える。これ以上動くな、これ以上無理をするな、体が根性を否定する。しかし、止められない。一度勝った相手に負けるのは、プライドが許さない。


「神鋼! 力を貸せ! ガゼットを倒す!」


 ビルが貸しを作ったのは、ガゼットしか居ない。


「二人掛かり、プライドは無いのか?」

「勝てば報われる!」


 神鋼は、盾の力を使いビルに纏わりつく力を排除。ビルの関節は元に戻る。重力を消し、空気抵抗を消し、行動全てがよりスムーズに。思考によるリミッターを緩和し、痛みを除去。肉体の限界を引き出せるように。

 力を確めながら、ビルは拳を放つ。光弾を放つ暇なく、拳が命中。反撃する余裕が無い程、痛がっている。


「これが……メモリーキメラ」


 ガゼットに怒りは無い。連撃に晒されても、痛みに苦しんでも、楽しそうに笑っている。


「もっと見せてくれ!」


 気味の悪さに臆さず、ビルは徹底的に攻撃を繰り返す。ダメージは確実に蓄積され、終いには倒れてしまう。だが、倒れても、壊れていない。何処にも傷が無い。骨も、内臓も、異常があるように見えない。

 神鋼は、更に盾の力を引き出す。空間を絶ち、攻撃を急所へ直接運ぶ。攻撃が命中したタイミング、ガゼットの硬さを奪い、深部にダメージが届くように。


「どうぞッ!」


 渾身の一撃が、ガゼットの腹を貫く。拳には確かな感覚と、激しい違和感。ガゼットの体は……機械で出来ていた。金属とは思えない柔らかさ、腕を包み込むように纏わりつき、小さな部品一つ一つが鼓動している。覚えがあるのか、ビルは目を見開く。


「この技術は…」

「ブレメルのだろ? 勉強熱心な教祖様が、お前達の体を調べて作り上げた」

「調べた? それが出来るのは……管理AI? いや、無理だ。権限を逸脱している。この技術を成立させる為には、秘薬が必要」


 ビルは、急いで腕を引き抜く。肘から先が無くなっている。失った部分は、ガゼットの腹に取り込まれている。


「誰が今回の件を許諾した!」

「言ってみろ。合っていたら頷いてやる」

「……星滅戦騎スターブレイカー、ジスレン」


 ガゼットは、薄笑いを浮かべ強く頷く。

 ビルの腕が再生。握っては開き、感触を確める。再生が上手く行っていないのか、首を傾げる。


「条例を破ってまで秘薬を渡したのか? あの男が?」

「王の許しがあったらしいぞ。余程、駄作が気に入らないようだな」


 ジスレンを通じて、王とオリジンのAIが密にしている。この事をフロスは知らない。


「……良い話を聞けた。最高の情報だ!」

「何の事だ?」

「その頭で理解できるのか?」


 ビルは、神鋼を抱える。


「神鋼、今の話をフロス様にしてくれ!」

「一緒に行こう…」

「悪いな。俺は、ここまでだ」


 渾身の力を振り絞り、神鋼を塀の外へ投げ飛ばす。神鋼の叫びは、あっという間に消えていく。


「…重要な情報を漏らしたのか?」

「ああ、取り返しがつかない」


 ガゼットは、ビルを無視して神鋼を追う。

 直後、地下で大爆発。ガゼットの足はゆっくり止まる。


「地下のインプラント施設は全壊。保存されていたデータは、破損する前に予備のデータベースに移される。これで、オリジンの役割は形骸化。ついでに、製造中の兵器も無くなった。陥れる策も、攻める策も、水泡に帰した」


 神鋼と共に仕掛けた罠が発動した。発動のきっかけは、神鋼の脱出。もしも、あの時点でガゼットにバレていたら解除されていた。あの時点では、本当に見えていなかった。

 現れた光弾が、ビルの胸を貫く。入り込んだ小さな金属片が再生の邪魔をし、傷口を喰い広げていく。


「全く、面倒な事をしてくれた。殺したぐらいでは、腹の虫は治まらない」

「……殺せるのか? お前ごときに」


 光弾を刃に変え、ビルの首に突き刺す。傷口に大量の金属片が流れ込む。もう再生は望めない。


「………は、はは、ありがとう。これで、良い」


 ビルの胸の奥、小さな光が生まれる。徐々に大きくなり、蔓延る機械を破壊していく。


「全部、壊れてしまえ……先生は……俺が、守る!」


 光はオリジンを飲み込み、存在していた全てを消し去る。

 何も残っていない。

 何も……残っていなかった。

 小さな骨が現れる。骨の周りに肉が付き、関節が作れられ、元の姿へ帰っていく。


「くそっ! 全部壊しやがった」


 ガゼットは、元通り再生。僅かに欠損した部分には、微小のロボットが動いている。ビルの犠牲を以っても、倒す事は出来なかった。


「構いません」


 機械の翼を羽ばたかせ、銀色の女性型ロボットが舞い降りる。ガゼットと同じ生きた金属部品で構成され、時折血液のように青い光が全身を奔る。


「本当に良いのか? この状態で?」

「問題はありますが、ビルはそれ以上の成果を齎しました。これで、本格的に介入してくれる筈です」


 彼らの頭上には、大きな宇宙船。


「帰りましょう。新しいオリジンへ」


 女性型ロボットは、砂の中に腕を突っ込み、微小のロボットが張り付いた骨を取り出す。


「ビル、貴方も…」


 微小のロボットは、ビルを再生する。血も、肉も、細胞も、全く違う物に入れ替わり、残ったのは僅かな細胞片。記憶も、経験も、これから刻み込まれる。手にした者の意のままに…。

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