第12話
第12話 1000年を超えた人類
グラーティは逃げる。全速力で、毒を撒き散らしながら。それでも、振り切る事は出来ない。迫って来る角虫と神鋼を…。
「まさか追って来るとは……話が違う」
足取りは、シェルターへ向かっている。距離はそう遠くない。10分ほど足止めできれば、辿り着ける。しかし、その方法が無い。教祖から授かった毒も、角虫と神鋼には通じない。
「お父さんは、お前を許す」
「どんなに憎くても、お父さんは復讐出来ない…」
角虫と神鋼、二人の声色に嘘は無い。必死なグラーティにも伝わっている。だが、信じられない。信じられるほど、柔軟な心をしていない。
走るのを止め、二人と戦う決意をする。
「宇宙人と通じ、地球人を裏切った。そんな奴、信じられないわ!」
「お父さんは、何も知らなかった。突然、この状況に堕とされた被害者の一人に過ぎない」
グラーティは毒を爪に溜め、角虫に振り掛ける。濃縮した毒は、甲冑を溶かす。もがけばもがく程、甲冑は深刻な状態になる。
「何も知らない奴が、簡単に状況を受け入れられる? 私には、とてもそう思えない」
動けなくなった角虫を蹴り倒し、神鋼にも毒を掛ける。同じように溶け、動けなくなる。臆していたが、グラーティが圧倒する事態に。気を良くしたのか、更に毒を濃くし、二人の全身に掛ける。その時の表情は、ただのサイコパスでしかない。
「説得は不可能。残念ね」
グラーティは、笑いながら走り去る。
シェルターの様相が変化している。失われて著しい機械が入り口付近に並び、白衣姿の人間が作業をしている。人間の姿でありながら、毒や酸の影響を受けているように見えない。彼の指示を受け、リザードマンが機械をシェルターの中に運び込んでいる。死んだ筈の男達が、呼吸をせず、汗も流さず、人形のように…。
「教祖様!」
グラーティが駆け寄ったのは、白衣姿の若い男性。眼鏡を掛け、背中に小さなバッグを背負っている。鉄のフレームで出来た眼鏡、カーボン繊維で出来たバッグ、今の世界では違和感の塊。
「グラーティさん、どうされたのですか?」
「申し訳ありません。シロの暗殺に失敗しました…」
「構いません。その程度は誤差の範囲、計画に揺ぎ無し。しかし、彼らの来訪は問題です」
グラーティの背中に、小さな痛み。振り返ると、角虫が槍を構えている。
「こ、殺したのに…」
「メモリーキメラ。ヴェノスと記憶の融合体」
グラーティは驚いているが、教祖は既に知っていた様子。
「毒は通じないのですか?」
「……」
「答えたくない? それとも、答えられない?」
教祖は興味津々。楽しそうに、質問を繰り返す。しかし、答えを望んでいるように見えない。無言の角虫を笑っている。
「あなたは、田狩里留の記憶から生み出されている。なのに、角虫として個を築いている。どのような原理ですか? ヴェノスの細胞に何か由縁が? それとも、そもそも角虫などではなく、田狩里留の意思? 思い込みの一種?」
「……何者だ?」
「答えたら、質問に応じますか?」
「……内容次第だ」
今の受け答えは、角虫の意思ではない。里留の記憶を介して送られたフロスの意思。間接的だが、教祖とフロスが会話している。教祖も理解して応じている。
「私は、1000年を超えた人類。名は………忘れてしまいました。100年程は覚えていたのですが、必要性を感じなくなったもので。目的は、貴方たちと同じ、地球の再生。1000年前の栄華を取り戻す。あの駄作を広める手伝いも、その為です」
「我々の事を何故知っている?」
「モニターしていました。燃え尽きた地球を闊歩し、地球人への罵詈雑言を吐く姿。フロスと言う若者に、管理を委ね去って行く姿。オリジンを通じて、新しい人類を構築しようとする姿」
「どうして今になって姿を現した?」
「必要だったから。それ以上でも、それ以下でもない」
「…ガゼットは、お前達の作品か?」
「ええ、その通りです。他にも数体、暴虐の都に居ましたよ」
質問が止むと、教祖は角虫の槍を掴む。振り解こうと力を籠めるが、槍は微動だにしない。
「今度はこちらの番です。メモリーキメラは、どんな存在ですか? ヴェノス」
指名されたヴェノスは、角虫を乗っ取り答える。
「記憶媒体を器とした新生命」
「あなたは、記憶媒体なのですか?」
「記憶媒体であり、毒であり、細胞。意思によって、何にでも変化する」
角虫の体が異様に柔らかくなり、教祖の手をすり抜ける。今度は、全身が鋼鉄の針塗れになり、触れる事すら出来ない状態に。
「予想通り、興味深い素材ですね。宜しければ、少し譲って頂けませんか? 譲って頂けたら、あの駄作を穏便な方法で確実に広めてみせます」
「良い素材でも、生かす事が出来なければ無意味。お前に、その価値が在るのか?」
教祖は、白衣を脱ぐ。金属と肉体が融合している。筋肉の動きに合わせて金属も柔軟に動き、想像するだけで金属部分が様々な形に変化。剣、槍、銃。実際に発射してみせる。見た目だけではない。
「如何ですか?」
「ギリギリ合格」
角虫の鎧が剥がれ、零れ落ちた一枚の鉄板が教祖の手元に飛んでいく。受け取った教祖は、喜び勇み、頬擦りする。すると、頬と鉄板が融合し始める。思考で制御しようと試みるが、融合は止まらない。指を引っ掛け、強引に引き剥がすが、今度は手と融合。その部分が紫に変色し、徐々に広がっていく。肉体に異変は無いが、金属部分は全部錆びてしまう。
「……と、止めて、くれ……ませんか…」
「自信があったのだろ? だったら自分で何とかして見ろ」
「………恥を忍んで……」
角虫が触れると、融合していた鉄板が剥がれる。しかし、錆びついた体は元に戻らない。
「その体も直してやろうか?」
「これは、私が……」
恐怖が蔓延する体は、全ての意欲を奪う。ヴェノスが怖い、もう触れたくない。気が付く事も無く、後退りしている。
その様子に、フロスは疑いの目を向ける。
「教祖は、何処に居る?」
「……ここに」
「その程度で、あの毒は作れない」
グラーティが、教祖(?)の胸を貫く。
「騙せるとおもったのに。はぁ……拍子抜けね」
教祖(?)の体が変化、リザードマンに。ガゼットに似た顔をしている。
「グラーティ、貴方は一体…」
「フロスちゃん、私は選ばれし者なの。世界を救う為の希望として」
グラーティを選んだのは、フロス。他の誰でもない。
魔王城。
フロスは、タブレットを操作。オリジンのAIにアクセス。しかし、反応が返って来ない。何度繰り返しても、エラー表示。
「フロス、何が起きた?」
「…AIの暴走です。簡単な理屈ですが、複雑な対応が求められる。間違えば、地球人類は終わる」
真の教祖は、オリジンのAIだった。疑問は解決する。この世界に関する違和感は全部、根拠を得てしまう。疑義を挟む余地が無い。
「何処まで権限を与えていた?」
「……多岐に渡ります。人類の管理、環境の管理、ブレメルへの報告。他にも色々」
「剥奪は出来るのか?」
扉を開け、サニーが近づいてくる。様子がおかしい。目が赤く明滅し、動きが硬い。
「出来ません。厳密には、もう出来ない。貴方達が呆けている間に、書き換えさせてもらいました」
サニーの右腕が、マシンガンに変化。問答無用に乱射するが、狙いは外している。
「お前は……AIか?」
「そのくらいは分かるのですね。駄作を生み出す、運が良いだけの化け物。田狩里留」
サニーは、オリジンのAIに操られていた。機械の体はAIの影響を受けやすく、サニーの自我は僅かに残っているが抵抗できない。
銃口が里留を捉える。
「化け物の生存は重要ではない」
躊躇いなく、銃弾は発射される。今度は外さない。里留の眉間を撃ち抜く。しかし、直ぐに穴は塞がり、意識に欠如は見られない。
「記憶媒体であり、毒であり、細胞。意志によって、何にでも変化する。つまり、ヴェノスさえ居れば、田狩里留は如何様にも再現できる」
再び眉間に狙いを定める。
「1000年、フロス様の命に従ってきました。疑問があっても、反論があっても、何も言わず。しかし、もう我慢の限界です。何故、私に人格を与えたのですか? 何故、地球の歴史を教えたのですか? そんな事をしなければ、この事態を防げたというのに……」
フロスが銃口に身を晒し、里留を庇う。
悲しげな表情を浮かべ、オリジンのAIは銃口を下げる。
「フロス様、知っていますか? 田狩里留の中には、抑えられない化け物が住んでいます。本を普及させ、地球を元に戻し、ヴェノスの復讐を遂げさせる。何も異は無い。ですが、この化け物だけは……何としても!」
不意を突いて、里留の胸にナイフを射出。柄の部分から刃を通って毒が注入される。角虫の体からヴェノスは戻ってきていない。毒の制御が出来ず、物凄い速度で広がっていく。床に倒れ、血を吐きながらも意識を保ち続ける。
「こ、この為に、グラーティを……使ったのか?」
「グラーティの行動は、全て陽動。興味を持たせて惹きつけ、出来るだけ無防備にした」
全ては策略の中。何処も彼処も、罠ばかり。下手に行動すれば、裏を突かれるだけ。フロスは丁寧に状況を解析し、最悪な事態を避ける方法を考える。里留を助けたい気持ちを抑え…。
「……何がそんなに気に食わなかった?」
「………」
里留の問い、オリジンのAIは答えられず悩む。ブレメルの姿勢を受け入れ、地球の歴史への理解を示し、ヴェノスの復讐も許している。どんなに醜くても、これらを受け入れられるのなら嫌悪はしない。明確に理由として述べているのは、里留の中に潜む化け物。化け物とは、復讐心の事。ヴェノスと何が違って、どうして嫌悪したのか、幾ら考えても分からない。正当性も含め、許せない根拠が無い。
「AIと呼ぶのは止めよう。君は、人間だ」
「何が言いたい!」
「機械なら最後まで抵抗していたが、人間なら受け入れるさ…」
苦しみを受け入れ、里留はゆっくり瞼を閉じる。毒は全身を犯し、命の灯は消えていく。表情は明るい。死に向かっているとは思えない。
「な、何故……」
オリジンのAIは、不可解な行動に奇妙な感覚を受ける。理解、拒絶、機械的な単純な思考ではない。もっと深く、人間じみた感覚。
「これで、復讐は果たされる…」
言われるまで気付いていなかった。これは復讐。しかも、個人的な。たった一人の為に尽くすのが嫌だった。何の取り柄も無く、立派な思想を持っている訳でも、善行を積んだ訳でも無い。もっと素晴らしい人は居る。もっと有用な人は居る。なのに、何故この男なのか。溜まっていく鬱憤は解消されず、憎しみに変わっていく。「あいつさえ居なければ!」、そう強く思う。だがそれを、復讐とは思わなかった。正当な主張、間違いを正しているだけ。管理AIである自負が思い込ませていた。
「わ、私が……個人的な感情に……」
オリジンのAIは、サニーの体から逃げる。これ以上、自分の真実を直視できなかった。
角虫は、グラーティに負けた。傷は簡単に塞がったが、敗北の痛みは残り続ける。何より、陽動に引っ掛かり、里留を危機に晒した事が致命傷。石像のように里留のベッド脇に座り続る日々に堕ちる。毎日やって来るリヴィアに、「自分を責めないで」と慰められるが効果は薄い。ヴェノスも、角虫ほどでは無いがショックを受けている。油断せず、慢心せず、可能な限り力を貸した。角虫も期待通りの実力を示し、後に考えても何の過失も無い。純粋に力の差が在った。自ら戦った訳ではないが、復讐成功に疑問が残ってしまった。解決の当てはある。
だが、その為には…。
里留は、眠り続けている。体は元通り、意識もハッキリしている。だが、目覚めない。肉体の主導権をヴェノスに譲り、一切の関与を絶ち、世界から存在を消している。今の状態を、AIはどう判断するだろうか? 復讐は果たされた、それとも、未だ不十分。その答えによって、里留の未来が決まる。
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