第11話
第11話 仮初のカリスマ
完成した新作を母星に送ると、絶賛の嵐。フロスが恐縮する高官から、次々と感謝のコメントが寄せられる。中には、「地球に赴き、先生の執筆活動に報いるべき」と声を張り上げる者も。理由を付けて断ってはいるが、いつ地球訪問の打診があるか分からない。ヴェノスの復讐の為なら受け入れるべきだが、地球の状況を考えると不可。復讐は、里留の物語を地球人にも布教した後。そうしないと、地球に二度目の崩壊が訪れる。
里留の部屋には、沢山のリザードマンが押し寄せていた。彼らは、人間時代に出版社に勤めていた者。
「こんなものを広めたいと? 馬鹿げている!」
「つまらない! 俺が書いた方がずっと良い」
「根底から書き直すしかない!」
多くの作品に携わってきたプライドが駄作を認めさせない。彼らが言っている事は、真っ当で、普通で、何回も聞いている。その程度なら、呼んだ意味は無い。不可能を可能にする知恵を欲している。
リザードマン達を帰すと、里留は机に突っ伏しグッタリ。淀んだ空気を全身から放つ。
「久しぶりに……心が痛い…」
角虫と神鋼が、里留の背中を摩っている。
リザードマンを見送ったフロスは、溜息を漏らす。
「彼らには、地球人としての観点しかありません。地球人とブレメル人、両方の観点に立って指摘できる者でないと…」
「そんな人……居ないよな?」
「…はい」
その条件だと、フロスしかいない。
「そんな観点、関係ない人居るんじゃない?」
リヴィアが、腕一杯にサンドイッチを持ってくる。里留に近づくと、「魔王様は?」といつもの様子で囁く。メモリーキメラは、ヴェノスの細胞に里留の記憶を融合させる事で生まれる。里留の記憶が基となっているので、里留が経験した全てを知っている。フロスの正体も、地球に何が起きたのかも、当然、魔王が居ない事も。リヴィア曰く、魔王は概念。里留が拒絶する限り、留守。里留が受けいれると、帰って来る。要は、付き合うハードルを魔王と例えている。
「例えば、カリスマとか」
フロスの頭には、ある人物が浮かぶ。
フロスは、オリジンを訪れる。基幹コンピューターにアクセスし、AIの選定に介入。意図的にある人物を選び、リザードマンへのインプラントを実行する。
ルーズの町に、ピンク色の変わったリザードマンが流れ着く。オスの特徴がありながら、メスのような動きをする変わり者。人間の思考だけなら多様性の一言で躱せたが、リザードマンの本能が上手く受け入れられない。
「ここは? どうして、私は……」
彼女(?)は、オリジンから放出されたばかり。右も左も分からない内に、ルーズにやって来た。
「確か、変なアナウンスがあって……無視して、編集の続きを…」
自分がリザードマンになっている事に気付いていない。周りに居るリザードマンを見ても、コスプレ程度の認識。何かのフェスかイベントに巻き込まれたと思っている。
「お久しぶりです」
彼女(?)の前に、フロスが現れる。
「フロスちゃん? 貴方もイベントに?」
人間の姿で見えている。
「グラーティ、これはイベントではない。その目に映る全てが、紛れもない現実」
彼は、フロスと親交のある出版社の副編集長。業界に名を馳せるカリスマ。
魔王城に呼んでも、グラーティは現実とは思ってくれない。異世界、宇宙人、実験、どんなワードに対しても嘘だと決め付けている。シロと同じように制御するのは難しい。回りくどい話は一旦諦め、里留と会ってもらう事に…。
「貴方が、例の?」
「まぁ…」
「ふぅ………辞めたら?」
手厳しい言葉に心が揺さぶられる。だが、つい今し方まで聞いていたセリフ、少しは耐性が付いた。
「グラーティ、僕が欲しいのはその程度の意見ではない。不可能だと宣うなら、帰ってくれないか。これ以上付き合ってもらわなくて結構」
「フロスちゃん、無理に決まっているでしょ。こんな駄作、どうやったら売れるのよ!」
他の者と同レベル。期待していた分、落胆が大きい。
「ルーズまで送る」
「ちょっと待ってよ。どうしてそんなに辛く当たるの?」
「こちらには時間が無い。仮初のカリスマに頼ってはいられない」
グラーティは、この発言に激怒。フロスに掴み掛る。
「この俺が仮初だと!」
怒っている時は、男の口調。かなりの迫力で、扉の裏に控えていたリヴィアが思わず声を上げる。
「小さな観点に囚われて、本質を見失っている。これまでの何十人と何ら変わらない。それでよくカリスマと名乗れたな。僕だったら恥ずかしくて外を出歩けない」
「貴様よくも!」
フロスは、幾つか本を差し出す。
グラーティの経験上、これほどの物語は存在していない。
「その本をどう思う?」
「最高! 何よ、この面白さ!」
「その本、ブレメルの子どもが書いた物だ。紙とペンさえあれば、誰だって書ける」
どの本を読んでも、心が揺さぶられる。どの本を読んでも、斬新さを感じる。直ぐにでも世に広めたい。しかし、読めば読むほど、虚しくなる。これは自分が思っているよりも数多く広まっている。しかも、その世界では名作と思われる事は無い。永遠に。
「氾濫している。地球における名作は。だから、求められている。究極の平穏が」
グラーティは、ようやく悟った。この世界が真実であると。異世界も、宇宙人も、実験も、全部本当。変わってしまった世界を変えるべく、フロスが努力を重ねていると。
「…分かったわ。間違っていたと認識を改める。確かに、名作しかない世界なら、駄作は神作になる」
グラーティは、里留の本を取り、もう一度しっかり読む。
「何の変化も起きない……これを欲する環境。平穏の反対、過酷。過酷な状況に身を置いているなら、欲するかも? 昔を懐かしむように…」
本を読み、普及への策を練る。
ルーズを散策し、グラーティは一つの策を思いつく。しかしそれは、かなり過激。シロも容易に許せない。何度も説得し、意義を説き、それでもシロは頷かない。
2週間後。グラーティは、ルーズの広場で辺りを見渡している。いつにも増して人が多い。しかも、女性ばかり。表情は暗く、足取りが重い。思いつめたように溜息を漏らし、中には涙を流す者も居る。その様子を確認し、グラーティは何度も頷く。
原稿用紙に向き合う里留は、心の中でヴェノスの愚痴を聞いていた。
(あの頃は、誠実で優しい男と思っていた。紳士的で、困った事があると直ぐに駆けつけて、「大丈夫、僕に任せて」と。お前だって、もし女で、同じ状況に居たら…)
「心だけか?」
(…勿論、見た目も最高! 長く生きてきたが、彼ほどのレベルは居ない)
「もしかして、今でも好きなのか?」
(違う! 好きだった分、憎しみが深くなった! 何が何でも殺す!)
愚痴の大半が、裏切った彼に対するもの。そして、エピソードの大半が、彼の良い所。裏切られた瞬間の記憶は語ってくれない。
「現国王への恨みは?」
(もっと深い。深過ぎて、語るのも憚る)
怒りを表しているのか、腹の奥が熱くなる。だが、裏切った彼よりも熱量が低い。別の感情が緩衝材になっているようだ。
ふと、ヴェノスは愚痴を止め、話題を変える。
(それより、グラーティには気を付けろ)
「本を広める希望だぞ?」
(あいつは、希望なんかじゃない。むしろ、その逆)
「何か知っているのか?」
(似ている。あの時の彼と……)
実感の籠った忠告に、嫌な予感が止まらない。
ルーズに異変が起きていた。老いも、若きも、前触れもなく突然、男達が死んだ。直ぐに調査が行われたが、原因は不明。AIによって記憶のバックアップが取得され、その気になれば違う体を用意出来る。だが、原因を特定しないと同じ事の繰り返し。女達には申し訳ないが、今しばらく男に頼らない生活をしてもらうしかない。
魔王城を訪れたシロは、門前で出会ったフロスに詰め寄る。恐怖に手を震わせながら。
「何が起きた! どうしてあんな病が?」
「原因を探っている最中です。今しばらく待って下さい」
シロも男、いつ死んでもおかしくない。しかし、これと言って異変は見当たらない。自覚症状も本人曰く存在しない。
「俺の体を調べてくれ。何かわかるかもしれん」
「異変が起きているならまだしも、今は……」
黒い斑点が現れ、全身が麻痺、呼吸困難に陥り、死亡。黒い斑点が現れてから死ぬまで、僅か1時間。いざ異変が起きても、調査が間に合わない。だからと言って、異変が起きる前は一切変化が無い。母星の支援を受けない限り、早々の解決は難しい。
「あら、来ていたの?」
グラーティが、楽しそうに門扉を潜る。
「あの本、かなり売れているわよ。もう1000冊は売れているわ」
陽気な態度に、シロは激怒。
「今はそれどころじゃないだろ!」
「そうかしら。宇宙人に認められれば、何もかもが解決する筈だけど」
突如湧いてきた話に、フロスも虚を突かれる。
「誰からその話を?」
「ゼイム教の新しい教祖様よ。色々な事を知っているわよ。異世界の仕組み、宇宙人の正体、それから……」
シロは、グラーティに掴み掛る。
「あんなインチキ教を信じたのか? 馬鹿げている! あいつらの所為で、何人が死んだと思っている!」
「それは、前の教祖がインチキだっただけ。今の教祖は、全てにおいて正しい。フロスちゃんが彼の本を広めようとしているのも、教祖の話を聞いたお陰で腑に落ちた。だから、今回の作戦に応じたわ」
嫌悪塗れの違和感。フロスの顔が、悲しみに染まる。
「作戦? もしかして……あなたが、この病を?」
「私ったら、本当に馬鹿ね。ボロを出しちゃった。そうよ、私がこの病を広めたの」
グラーティの爪の先から黒い液体が滴っている。リザードマンにそんな機能は無い。
「これが、教祖様に頂いた力。選んだ者に毒を与える力…」
ゼイム教の範疇を超えている。それどころか、地球の範疇も超えている。新しい教祖は、この世界の在り方に反している。一体誰が、そんな力を与えられた? 思い当たる節はある。ただ、その人物と何処で知り合い、どうやって力を貰ったのか、監視下で接触した様子は無い。
「グラーティ、僕は期待していた。希望になってくれると…」
「仮初のカリスマには、荷が重いのよ。本当の私には、胸を張れる実力は無い。ただ運が良かっただけの無能。フロスちゃんが現れなかったら、あの場所には居られなかった…」
タイミングが良かった。カリスマの肩書に疑念を抱かれ始めた頃、フロスが持ち込んだ作家が大当たり。やっぱりカリスマは凄いと、人気復活。その後も、フロスの持ち込んだ企画や作家に頼りっきり。何一つ実力を介在せず、カリスマの地位を維持出来ていた。最初は良かった。カリスマの響きに酔えた。しかし、しばらく経つと負担に。実力に見合わない肩書が、心を踏み躙り始めた。
「教祖の言う通り。本当の自分に従うべきだったわ」
黒い液体を、シロに飛ばす。
上手く躱したが、何故か黒い斑点が出現。シロは倒れる。
「無能なら、無能なりの方法を使う。力で脅し、本を買わせる。それが一番。必要性を訴えるより、状況を整えるより、遥かに速くて確実。ねぇ、そうでしょ?」
麻痺が発生。このままでは、シロが死んでしまう。フロスが対処を試みるが、毒の種類が判明していない段階では無理。
「治療法は?」
「無いわよ。その方が脅迫に実感があるでしょ?」
「殺戮を行ってまで広めたいか!」
「一時的な器に意味は無い。さっさと死んだ方が楽よ」
呼吸困難。死は目前。グラーティの言う通り、大事なのは記憶。リザードマンの体は、地球人再生に関係ない。だが、それでも助けたい。地球人の為に犠牲になっているリザードマン。決して、蔑ろにしてはならない。
城の方から、足音が近づいてくる。
「身勝手だ」
里留が現れて直ぐ、黒い斑点が消える。シロの体調が落ち着く。
「ど、どうして? 教祖様の力が……」
「毒については、誰よりも精通している」
里留の体がヴェノスに変わる。
その瞬間から、グラーティの体に黒い斑点が広がっていく。だが、麻痺も、呼吸困難も発生しない。
「これは忠告だ。死にたくなかったら、二度と我々に関わるな。復讐の邪魔だ!」
カリスマの仮面を外したグラーティは、恐怖に抗うつもりはない。誰にどう思われても構わない。必要とあらば逃げる。教祖の目的に反する事になっても、自分の事が大事。
去って行く後ろ姿を見送り、フロスは深く落胆する。
「僕も、馬鹿でした。自分の見る目を信じ過ぎていた。グラーティが、あんな事を考えていたなんて…」
「ナーバスに付き合うつもりはない」
ヴェノスから里留に戻る。
「じゃあ、代わりに俺が付き合う」
「先生……」
「だが、その前に…」
角虫と神鋼が、グラーティの後を追う。
「教祖とやらの正体を暴こうか」
軽く笑って見せるが、里留の内側は混沌としていた。理不尽を憎み、身勝手を恨み、非力を嘆く。どんどん増幅していく、ヴェノスさえ慄く勢いで。
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