第63話

そんな彼の様子をみて、稚沙ちさは今自分が思ってることを、彼にうち明けてみたくなった。


「実は今日の厩戸皇子うまやどのみこをみて、私もそろそろ覚悟を決めなければと思いました」


今日の厩戸皇子とは、恐らく先ほどまで行われていた宴の席での会話のことだろう。


「え、覚悟?」


小野妹子おののいもこは一体何の覚悟だろうと、思わず稚沙の顔を見る。


稚沙はそんな彼の表情を見たのち、一呼吸おいてから話した。


「はい、実は私。厩戸皇子のことをきっぱり諦めることにしました。

このまま思い続けていても辛いだけだし、何より皇子に迷惑をかけてしまう……」


稚沙の脳裏に、以前に厩戸皇子と星を見に行く約束をしたときの記憶が浮かんだ。


(もう彼にあんな迷惑をかけたくない……)


それに相手は大和の皇子で、既に何人もの妃を娶っている。

そんな中にもし自分が入ったとしても、どれ程大事にしてもらえるかも分からない。


それに出来ることなら、自分1人を大切にして貰える人を選びたい。



それを聞いた小野妹子も、彼女の決心はきっと本当なのだろうと感じた。


「なるほど、それがあなたの決心なのですね……」


小野妹子はそういうと、しばらく無言を続ける。彼は頭の中で少し考えを巡らせているようだ。


そして暫くしてからのち、再度彼は話しだした。


「これは、私が個人的に思うことなのですが。あなたと皇子はそういう縁ではきっとなかったのだと思います」


「え、縁ですか?」


小野妹子から突然そんな言葉が出て、稚沙は少し驚いた表情をした。


「はい、そうです。人と人は見えない縁で繋がっているのです。

例えば前世で夫婦や家族、兄弟だった人同士は、今世でも近い存在になる。

そうやって人は、生まれ変わり死に変わりして、またその同じ相手と巡り会うのです」


「そ、そんな話初めて聞きました……」


彼のいう話が本当なら、自分と厩戸皇子はそういう縁同士ではなかったということだ。


「恐らく、あなたが求めている人はきっと他にいるのでしょう。それこそ前世からの記憶を自身の魂に宿して」


「前世からの記憶を自身の魂に宿す?

でも私、生まれる前のことなんて覚えてないです」


もし前世の記憶なんてものがあれば、最初からその相手を探せるはずだ。


「えぇ、私達は前世のことなんて全く覚えてません。でも私達の魂にはその記憶は刻まれているのですよ。

そして前世の縁によって、きっとあなたもいずれ出会うはずです。あなたの運命の相手に……」


稚沙は小野妹子の話しにとても衝撃を受けたものの、何となくしっくりくる感じがした。


(私の相手は別にいる。それも前世からの記憶を巡って、今もきっとその人を探しているんだ)

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