第51話

稚沙ちさが庁の近くまでやってくると、椋毘登くらひとが宮人の男性と話しをしているのが見えた。


彼は蘇我馬子そがのうまこの甥で、彼の護衛でもあるのだが、わりと頭も良く優秀なようで、最近は仕事を色々と頼まれもしているようだ。


そして何といっても、彼の人前での愛想の良さがとても好評なようで、宮の娘達の間でも少し噂にもなりはじめていた。



稚沙がそんな彼に声をかけても良いかと悩んでいたが、どうやら相手の男性との話が終わったようである。


(よし、今なら大丈夫そう!)


すると稚沙はいきなり「椋毘登ー!!」と大きめの声で彼にいった。そしてさらには手をブンブンと振ってみせる。


椋毘登はいきなり稚沙に大声で名前を呼ばれたので、慌てて周りの様子を見渡す。幸い周りに他の人はいないようだ。


稚沙はそんな椋毘登の様子に構うことなく、そのまま彼めがけて走ってやってきた。


「椋毘登が今日きてるって、厩戸皇子に先程聞いたの!」


稚沙はニコニコしながらそう彼にそう話す。前回の件があったせいか、彼に対しての嫌悪感はだいぶなくなっていた。


だが椋毘登の方は、少し恥ずかしそうにしている。それに心なしか顔も少し赤くなっていた。


「稚沙、お願いだから、余り大きな声で名前を呼ばないでくれ。周りの目もあるし、俺もこう見えて、ここの人達には色々と気を遣ってるんだ……」


稚沙から見た彼はとても要領が良く、ここの宮の人達とも良い感じに接してるように見えた。

だがそうはいっても、まだ若干16歳の青年である。彼は彼なりに色々と気を使っているようだ。


「まあ、そうなの。確かに椋毘登って人前では割と愛想良くしてるものね。

私には余りそんな態度示さないけど」


「まぁお前は女官といっても、特に気を使う相手には思えないからな」


椋毘登は少し愉快そうにしてそう稚沙に話す。つまり彼女の前では、彼もわりと素の自分を出しているのだろう。


「そういえば、あなた古麻こまの前でもやたら愛想が良かったわね?」


「古麻?あぁ、以前に会った、お前と一緒にいた女官か。あの時は彼女が倉庫荒らしの犯人と疑っていたからね。それに彼女はお前と違って割と美人だったし……」


椋毘登は少しいいにくそうにしながら、そう答える。


稚沙からしてみれば、彼が他の女性を褒める話を聞いたのは初めてだ。


(何だろう……椋毘登からそういう発言を聞くのは、ちょっと嫌な感じがする)


彼女は彼女で、少し悶々とする思いを感じた。


「とりあえず俺的には、お前は割と素で話しやすい感じかな」


そういって彼は、稚沙の頭をポンポンと叩く。


「そ、そうなんだ……」


結局のところ、彼も厩戸皇子うまやどのみこと同じで自分を女性とは見ていないのだろう。

そう思うと、稚沙はやはり自分が少し虚しく思えてくる。


(私が男性に、女性として見てもらうには、今後どうしたら良いんだろう)

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