第44話

古麻こま、心配かけてごめんね」


稚沙ちさは少し申し訳なさそうにして、彼女にそう答える。今回は理由が理由なだけに、中々思いの内を話す訳にはいかなかった。


「まぁ、気にしないで。誰だって人にいいにくいこともあるわ。

もし何か困ったり、話したくなった時はいつでもいってね。私ちゃんと聞くから!」


古麻は稚沙に笑ってそう答えた。彼女自身も前回の恋人との別れから、だいぶ吹っ切れたようである。


「ありがとう、古麻。本当に話したいことが出来たらお願いする」


「えぇ、是非そうしてちょうだい。じゃあ私は仕事に戻るわね」


そういって彼女は、稚沙のもとを離れていった。


(いつか、古麻ともこういった色恋事の話が出来るようになりたい……)


ちなみに稚沙が男性を好きになったのは、実は今回が初めてである。


実家にいた頃も、年の近い男の子達もいるにはいたが、10歳を越えたばかりの彼女には、まだ恋と呼べるような感情を抱くまでには至らなかった。


「とりあえず今は、まず目先の仕事を早く終わらせないと。そうしないと厩戸皇子に合わせる顔がないもの!」


その後彼女は、頑張って気持ちを切り替え、仕事に取りかかることにした。

そもそも告白以前に自分はこの宮の女官である。任された仕事は責任を持って取り組まなければならない。



そして日頃は仕事で失敗も多い彼女だが、いざとなると、凄い勢いで仕事をこなしていく。彼女もやる時はやるようだ。


彼女が忙しく仕事をしていると、何やら誰かの話し声が聞こえてきた。


「なぁ、聞いたか?今日遠方に出ていた厩戸皇子うまやどのみこが、急遽に斑鳩宮いかるがのみやに戻られたそうだ」


「何、そうなのか。まだ斑鳩宮は出来たばかりなのに、何もなければ良いが」


(え、厩戸皇子が斑鳩宮に?)


稚沙は少し動揺した。厩戸皇子は今日出先から、小墾田宮に直接くると聞いている。斑鳩宮で何かあったのだろうか。


「あ、すみません。斑鳩宮で何かあったんですか?」


稚沙は話をしていた男性2人に思わず声をかけた。


「いや、詳しいことは聞いてないね。出先で急に斑鳩宮に向かったので、何か急用でも出来たんじゃないかな?」


「そうですか……分かりました。ありがとうございます」


稚沙はそれを聞いて、その男性達に対して軽く頭を下げてお礼をいった。


(ここ小墾田宮には、何も連絡は来てないし、先程の男の人がいっていたように、何か用事が出来たのかもしれない)


稚沙も少し不安に思ったりもしたが、とりあえず今は厩戸皇子を信じて待つ外ないだろう。


こうして彼女は、皇子との待ち合わせまで、仕事に打ち込むことにした。

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