第42話

「あ、そうなの、ごめんなさい。ちょっときつめな言い方をしてしまって……」


稚沙ちさは椋毘登からの指摘に対してどうすれば良いか分からず、シュンとして、思わず下を向いてしまった。


「まぁ、別にかまわないが」


彼もこれ以上は特に話すこともないらしく、そうそうに話を切り上げようとする。


「じゃあ、それだけいいたかっただけだから。お前も仕事の方頑張れよ」


彼はそういって彼女の頭を少し撫でてから、その場を離れていった。


稚沙はそんな椋毘登の態度が、少し不思議に思え、しばらくの間彼の後ろ姿を見つめていた。


(あんなに潔いと、何だか逆に調子が狂いそう……)


そして椋毘登くらひとの姿が見えなくなった後、彼女はまた再び歩き出した。






一方椋毘登の方はそのまま、今日一緒に小墾田宮おはりだのみやに来ていた蘇我馬子そがのうまこの元にやってくる。


「叔父上、お待たせしてすみません。用件は丁度今終わったところです」


「おお、そうか。椋毘登ご苦労だったな。お前に護衛だけさせるのは、本当に勿体ない。

まぁいずれは、それなりの位を授かるようにはしてやるさ」


蘇我馬子は椋毘登の肩を叩きながら、嬉しそうに笑ってそういった。


「はい、ただ位にはそこまで関心はありません。蘇我一族の為に生きることが、俺の唯一の願いですから」


彼は馬子にそういって、軽く微笑んだ。


「まぁわし的には、そこまで追い詰めなくても良いと思うがな。お前の変に真面目な所は父親そっくりだ」


「いえ、父上の方が、俺よりも全然真面目な人です。まぁ、昔からそういう人ですから……」


それを聞いた馬子も、椋毘登の父親の性格は十分に理解していた。


「小祚は人は良いのだが、余りに欲が無さすぎる。それがあいつの唯一の欠点だな。

とりあえず臣の姓を持ち、大仁の位にはいるが」


馬子は椋毘登の父親であり、自身の弟である小祚が少し残念に思えて仕方ない。本来ならそれ相応の地位が得られるだろうに。


「まぁ、父上はそういう人ですからね……では叔父上、そろそろ蘇我に戻った方が良いのではないですか?今日は余り長居出来ないですから」


「あぁ、そうだな。では蘇我に戻るとしよう!」



こうして2人は厩に行き、馬に乗るとそのまま蘇我へと帰っていく。


椋毘登はその帰りの道中、先程の馬子との会話を思い出していた。


自分にとっては蘇我の繁栄こそが全てだった。それは今後も変わることはないだろう。


そうやって自身は今まで生きてきたのだから。



(その為なら、位だろうが、自身の幸せだろうがどうでも良い。

一族の繁栄以外に望むものなんて、今の俺には何もないのだから……)

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