第41話

翌日稚沙ちさは、とても嬉しそうにしながら、宮の中を歩いていた。


(まさか、あの厩戸皇子うまやどのみこと一緒に外に出られるなんて……)


昨日の思いがけない厩戸皇子の提案のお陰で、彼女の今の喜びは最高潮に達していた。


厩戸皇子と一緒に出掛けられるなら、その後は自分の人生が終わっても構わない。それくらいの心地である。


そんな今の稚沙の幸せに釘をさすようにして、誰かが彼女の名前を呼んだ。


「おい、稚沙!」


彼女は誰だろうと後ろを振り返る。するとそこにいたのは蘇我椋毘登そがのくらひとだった。彼を見るのは、前回の言い合い以来である。


(また、椋毘登なの……前回のこともあるから、今彼の顔を見るのはちょっと嫌だな)


とはいえ、もう振り向いてしまったので、このまま逃げる訳にもいかない。


「あら、椋毘登。何かよう?」


「お前のそのいい方、何か少し棘があるな」


彼は稚沙にぞんざいに扱われても尚、特に気にする風でもなく、そのまま彼女の元にやってきた。


(そんな風にしたのは、どこの誰よ!)


稚沙は椋毘登が側までやってくるも、愛想のない表情のままで彼にいう。


「それで椋毘登、どうかしたの?」


稚沙はまだ椋毘登のことを許してはいない。

なのでどうしても自然といい方がきつくなってしまうようだ。


「いや、別に用はないんだが、お前また何かあったのか……」


「え、何かって?」


彼は何故そんなことを自分に聞いて来るのだろう。今はただ宮の中を歩いていただけである。


「お前がさっきから、えらくニヤニヤして歩いていたから、何かよっぽど嬉しいことでもあったのかと思ったんだよ」


どうやら、昨日の厩戸皇子との約束で喜んでいたことが、顔にそのまま現れていたようだ。


「え、うそ、そんなに分かるものなの?」


「あぁ、誰が見ても、間違いなく気が付くくらいにな」


彼がそこまでいうのであれば、恐らく本当なのであろう。


(あぁ、どうしてこうも顔に出てしまうのよー!!)


稚沙はそれを聞いて、恥ずかしさの余り思わず自身の顔を覆ってしまう。

これでは自分の行動がそのうち周りにもバレてしまいそうだ。


「まぁ、お前がそこまで喜ぶ事なんて、仕事で良いことがあったか、厩戸皇子絡みぐらいだろ?」


(やっぱり椋毘登って、凄く勘が良い……)


「べ、別にそんなのあなたに関係ないでしょう?悪いことがあった訳でもないんだから」


こんないい方をすれば、また彼に恨みごとの1つでも突きつけられると思い、彼女は思わず身構える。


だが今回の彼は少し様子が違っていた。


「悪い、別に無理に理由を聞きたかった訳じゃないんだ。ただ余りにお前の顔がにやけていたから、一言いっておいた方が良いかと思って」


彼は前回と違って、稚沙に割と普通に話をしてくる。そんな彼からは、少しも嫌な感じがしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る