第37話

 どうやら椋毘登くらひとの方は、まだ不機嫌さが残っているようで、少し折り合いが悪い感じがする。


「まぁ、相手はあの蘇我馬子そがのうまこの息子だからな。この宮にいる娘達なら、皆関心は持つだろうけど」


「確かに、そうね。あの感じだと、若い娘達からも凄い好かれそう」


 稚沙ちさは今まで厩戸皇子うまやどのみこしか見てなかったので、他の男性には全く感心がなかった。

 だがそれを抜きにしてみれば、蝦夷えみしも悪くはないと思う。


「へぇー、お前も蝦夷みたいな男が好きなのか?それは意外だったな」


 椋毘登は少し意地悪そうにしながら、彼女にそういった。彼がこんな事を聞いて来るのも意外に思えたが、まさか自分たちを疑っているのだろうか。


「べ、別にそんなんじゃない!それに私だって。た、他に想う人もいるから……」


 稚沙は言葉の最後だけ小さくしていった。

 別に相手が誰であれ、好きな気持ちは変わらない。


「ふーん、お前でも想う相手がいたのか。でもそのいい方だと、どうせ単なる片思いだろ?」


 それは全くもってその通りなので、彼のその発言に対して、彼女はよういい返すことが出来ない。



 そんな時である、ふと「あ、稚沙ここにいたのか」と誰かが彼女の名前を呼んだ。


 2人が思わずその相手を見ると、そこに現れたのは、厩戸皇子であった。


 そして彼は、2人がどんな会話をしているか全く分からないままで、その場にやってくる。


「厩戸皇子、ご無沙汰しております!どうかされたのですか?」


 稚沙は厩戸皇子が来てくれたことで、やっとこの場から解放される気がした。

 もうこれ以上はこの件で、椋毘登から色々と問いただされるのは面倒だ。


「いや、君が俺を探していると聞いたから、何かあったのかなと」


 それを聞いて稚沙は思わず『しまった!』と思った。


(今日厩戸皇子を捜している時に、何人かに彼の居場所を聞いていた……)


「えぇーと、皇子すみません。今日は皇子が来られると聞いたので、ちょっと会いたいなと思っただけなんです」


 稚沙は申し訳なさそうにしながら、彼にそういう。


 まさか厩戸皇子の方が自分を探してくれていたなんて、まるで夢にも思わなかった。


 本来ならとても嬉しいことではあるが、今はとなりに椋毘登がいる状況である。


(椋毘登がいるから、今は素直に喜べない)


「なんだ、そうだったのか。なら無事に会えて良かったよ。だが今は稚沙達も取り込み中のようだし、俺はこれで失礼するね」


「はい、皇子のお心遣い、本当に感謝します。ではお気を付けて!」


 また椋毘登の方も厩戸皇子に対して、軽く会釈をする。


 それを見た彼は「じゃあ、失礼する」とだけいってその場を離れていってしまった。


(あぁー良かった、何とかなったわ……)



 稚沙はとりあえず安心した。

 厩戸皇子にはまた今度会った時に、ちゃんと説明しておくとしよう。

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