第29話

 稚沙と古麻こまは翌日、蘇我馬子そがのうまこが宴で使っていた部屋の掃除を外から呆然と眺めていた。


 2人は昨日のことがあったので、今日は特別に仕事を休みにしてもらっていた。


「本当に凄い事件だったわ。私達も無事で何よりね」


 古麻は淡々として答えた。恋人の死があったと言うのに、昨日散々泣いたからか、だいぶ気持ちは落ち着いたようだ。


「私は今思い出しただけでも、恐ろしくて震えがきそう……」


 稚沙もまさか、小墾田宮おはりだのみやでこのような事件に遭遇するとは、思ってもみなかった。



 2人がそれぞれ物思いに浸っている時である、ふと彼女らの前に人が現れる。


 2人はその人物を見た。

 それは、昨日あの凄まじい戦いを繰り広げた蘇我椋毘登そがのくらひとだった。


「2人とも、昨日は色々と迷惑をかけた。とりあえず事件も一段落したので、俺達は蘇我に戻ることにするよ」


 椋毘登は、昨日の戦いなんて別に対したことがないと言った風な感じで、そこに立っていた。


(彼は本当になんて人なの。あれだけの戦いをしておきながら……)


「あ、椋毘登。こちらこそ昨日は助けてくれて有り難う。まさかあなたが馬子様の護衛とは思ってもみなかった」


 それを聞いた椋毘登は、思わずやれやれといった感じで、稚沙の前に来る。


「まぁ、お前達には今回色々と協力してもらった。だから命ぐらいは守ってやるさ。

 とりあえず、余りここに長居するつもりもないので、俺は失礼する」


 そういって彼は、その場を離れることにした。


 すると稚沙は慌てて彼を呼び止める。


「あ、椋毘登。昨日は本当に有り難う!」


 彼は稚沙にそういわれて一度振り向いた。そして少しだけ笑みを見せて「じゃあな」とだけいって、その場を離れていった。


(椋毘登、あなたは本当に一体何者なの?)



 そんな彼の後ろ姿を、稚沙はそのまましばらく眺めていた。


 こうして今回の蘇我馬子の暗殺計画は、椋毘登達の活躍のお陰で、無事に回避されることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る