第4話 再会

 夫以外の男の人と落ち着いて話したのはいつぶりだろうか。

 そんなことを考えていたら二週間後、近所のスーパーで安永さんに遭遇した。


「あ」


 お互い、同じ牛乳を買おうとしていたらしい。思わず手を引っ込めると、安永さんも伸ばしていた手を元に戻した。


「お近くなんですか?」

「ここからちょっと行ったところにある神社の裏手なんです。ポージィさんもこの辺りにお住まいだったとは」

「ニアミスしていたのかもしれないですよね」

「確かに」


 このまま「それじゃあ」と別れて買い物の続きをすれば良かったのかもしれないが、何となくそれもそっけない気がした。私は買うつもりだった牛乳のパックに視線を移す。


「牛乳、うちはいつもこれなんです」

「そうなんですか」

「これ低温殺菌だから、高温でガッと処理したのに比べるとどことなく優しいというか。私のオススメです。これでプリンを作っても美味しいですよ」


 安永さんは一リットルのパックを手に取り「プリンですか」と呟いた後、私を見た。


「ポージィさんは、プリンをお作りになるんですね」

「そんな頻繁にという訳ではないんですが、時々」

「僕も妻が入院してから何度か作ったことがあるんです。材料も少ないし作り方もシンプルだから僕でも出来るんじゃないかと思って。けど難しいですよね、卵白と卵黄が上手く混ざらなくて生地が黄色と白のまだらになるし、ぷつぷつ穴が開いてしまって。何ていうんですか、あの茶碗蒸しによく出来る……」

「す、ですか」

「それです。食べても何だか舌触りが悪くて」


 安永さんは少し舌を出して笑った。

 その時、店内放送で有名なボクシング映画のテーマ曲が流れ始めた。

 

 午後五時。


 このスーパーでは夕方のラッシュ付近に訪れた客に向け、店員が生鮮食品を中心に直接割引シールをパッケージに貼り、目の前で特価品を作るのだ。闘争心を搔き立てるあの曲は、客の間で我先にと特価品を求めて争いが始まる合図になっている。

 安永さんはにわかに活気づいた店内にあってもその落ち着いた佇まいのまま、引き留めてしまったことを私に詫びた。


「お忙しいのにすみませんでした。じゃあオススメの牛乳、買って帰ります」


 安永さんはレジへ向かおうと数歩進んだところで、何かを思い出したように戻ってきた。


「どうしたんですか?」

「あの日、別れてから気付いたんですが、ポージィというお名前、もしかしたらマザーグースから付けていますか?」

「え」

「『ジョージイ・ポージイ』で始まるのがありましたよね。『プリンにパイ』って続くあの詩、昔読んだ時にちょっと薄情な感じがするのを覚えていて。詩の感じとポージィさんの優しそうな雰囲気がなんだかちぐはぐで、少し引っ掛かってたんです」


 安永さんは「すみません、それだけなんですけど」と申し訳なさそうに言った。


「それじゃあ」

 と背を向けた安永さんを、私は思わず呼び止めた。


「あの」


 振り返る安永さんに、私は言う。


「この後、お時間ありますか」




【参考】『マザー・グース』1~4(谷川俊太郎訳 講談社文庫)

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