第50話 君の笑い貌を見たい

 火中の杜の丘にはかつてのように、青空の下、色とりどりの花畑が咲きほこっていた。

 丘を呑む桜の大樹の前には、六火の錫杖が幾重もの蔦に絡まれて、大地に深く根付くように突き立っている。

 錫杖のそばに、葉桜丸は倒れていた。どうやら、全ての怨霊を封じた反動でしばらく、気を失っていたらしい。


 そんなことを考えながら、葉桜丸はゆるゆると目を開けると、目の前に固く目を閉じた結人の顔と、そのそばで寝息を立てる鎌鼬を見つけた。そこで葉桜丸ははっきりと意識が覚醒し、その場で跳び起きて、すぐ隣に倒れている結人の肩に触れる。


 よく見れば、結人の亜麻色の髪は、灰のような白色へと変容していた。

 まさか、何か異常があるのではないかと葉桜丸は恐る恐る結人のか細い手首に触れて、脈を確認する。

 すると、「とく、とく、とく」と確かに脈打つ音を感じて、葉桜丸はほっと安堵して詰めていた息を深く吐き出した。


(生きている……)


 結人があまりにも死んだように静かに眠っているので、思いがけず慌ててしまった。


(いつだったか。後輩が言っていたことが、些か解った気もする……く、笑ったかおを見せろ。結人)


 葉桜丸は内心でそう小さくぼやいて、また花畑の中へと寝転ぶ。


(嗚呼、そうか。これが、お前たちの言っていたものか? なればこの感情を、私はよく知っている──花を咲かせる時と、同じものゆえ)


 そうして葉桜丸は、結人の方を向いてその小さな手を握ると再び目を閉じ、もうしばらくの眠りにつくのであった。


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